「お姉ちゃん、ユウがどこにいるか知ってるの?」

迷うことなくどこかへ歩を進める莎夜を、少女が不思議な表情で見上げる。

「うん…さっき見た気がするんだ。…ここ、」

莎夜が足を止める。
二人は古いお寺の前に辿り着いた。

手前にあるブランコらしき遊具が錆び付き、ギシギシ揺れているところを見て、もう随分と放置されているのだと推測される。

何十年と人が踏み込んでなさそうなこの場所は、どこか怪しく、懐かしい空気が漂っていた。

「ほんとに、ここなの?」

独特の雰囲気に気圧されてか、少女の握る手に力がこもる。

「うん、ここだよ」

莎夜が肯くと、

「…ユウーっ…」

囁くように叫びながら、一歩ずつ敷地に入っていく。

莎夜も後ろに続く。

「ユウーっ」

少女が再び呼ぶと、近くで草が互いにこすれる、乾いた音がした。

「ユウっ!」

ひょっこりと丈の高い雑草の間から顔を出す子犬に、少女は無我夢中で駆け寄る。

泥や砂埃で薄汚れてしまっている子犬を、少女は抱き上げると、首輪から垂れ下がったリードをしっかりと握りしめた。

「もう勝手にいっちゃダメだよっ」

それから、本当に嬉しそうに莎夜のところまで駆け寄った。

「ありがと…きゃっ」

突然子犬が少女の腕の中で暴れ出し、その反動で犬は地面に落ちる。

見事に着地を決めた子犬はそのまま莎夜に対して警戒の体制を見せた。

歯ぐきが見えるくらい歯を剥き出しにして、喉からしきりに唸り声を発する。

その表情は愛らしい子犬からは想像もつかないほど、獣じみていた。

「ユ、ユウ!だめ!」

少女が抱き上げようとするのを子犬は嫌がり、敵意を露わにした真っ黒な瞳で睨みつけながら、ひたすらに吠えだした。

「お姉ちゃん、ごめんね…っ。こら、ユウ!吠えちゃダメ!!」

酷く泣きそうな顔で子犬を叱る少女に、莎夜は優しく笑いかけた。

「気にしないで。動物にはいつも好かれないから」

それから、もうすぐ暗くなるよ、と帰るように促す。

「……うん、」

何か言いたげな様子だったが、言われるままに少女は帰り始めた。

だいぶ離れ、子犬が吠えなくなると、ふいに少女は振り向き、

「お姉ちゃん、ありがとーっ!」

と、純粋な笑顔を振りまいた。

「…どういたしまして」

穏やかに莎夜が応える。

走り去るその後ろ姿を、莎夜は少女が見えなくなっても、見送った。
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