俺だけ見てればいいんだよ



つい今しがた聞いた話を思い出しながら、先程まで恒が座っていた今は空の席をぼんやりと見つめた。




『渉君、写真に興味があるんだって』

そう話し始めた恒は少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

『成也の撮影見てて思ったらしいぜ、もっといろんな成也を見たいって。』

そこでいったん言葉を区切り、俺の目を覗きこむ。

『俺が写真始めた理由と同じで驚いたけど。』

『ーーー。』

そこで俺は初めて恒が写真を始めた理由を知った。

今まで何回聞いても毎回うまく誤魔化されていたから。

『最初はな、俺と同じ理由だった渉君に腹を立ててたんだよ。写真の世界はそんなに甘くないっていうのも教えてやりたかった。だから親切に写真を教えてやる振りしていろいろこき使ってやろうって思ってた。…それでお前等の仲が拗れたらラッキーとも思ってたし。』

『は…?』

最後の意外な一言に恒を見つめると、彼は気まずそうにそっと左斜め下へと視線を反らした。

『俺が今回帰国したのはもちろん仕事ってのもあったけど、お前に本気の相手ができたって聞いたからだよ。』

『ーーー。』

『今まで取っ替え引っ換えだったお前が本気で惚れた奴を見てみたかった。どんな美人な女の子かと思えば相手は男だし、しかも普通だし…お前への気持ち隠す為に渡米した俺は何だったんだよってなんか腹立った。』

『ひ…さし……』

思いがけない恒の告白に、俺は心底驚き言葉を失った。

『……でも渉君といるうちにわかったよ。お前があの子に惚れた理由が。』

『………。』

『渉君、本当にお前のこと好きだよな。あの子と話してるとそれがひしひし伝わってきて、俺なんか負けたと思った。俺はお前へ気持ちを伝えられなくて隠す方を選んじまったけど、あの子は違うもんな。だから渉君のこと認めるってのも変だけど、今は心から彼の夢を応援してやりたいって思ってる。』

『渉の夢?』

『カメラマンになってお前を撮ること。』

その瞬間、心臓をきゅっと締め付けられた。

『今渉君が会ってるのは俺がアメリカに行く前にお世話になってたプロのカメラマンだ。本当は俺がいろいろ教えてやりたいけど、俺はほとんど日本にいないしな。できれば近くであれこれ教えてくれる人がいいと思って先生を紹介したんだ。…とそろそろ俺も行くわ、あんまり遅れると叱られそうだし。』

そう言って立ち上がる恒を俺も慌てて引き留める。

『お、おいっ!紹介したって、いきなりそんな人と合わせてあいつ大丈夫なのかよ?まるっきりの素人だぜ?』

俺の慌てた様子に面食らったような顔をした恒は、しかし次の瞬間何故か吹き出していた。

『あはは、成也なんだよその顔!お前いつからそんな人のこと心配できるようになったんだよ?ははっ!』

『ーーっな!』

『あーぁ、やっぱ敵わねぇな。……大丈夫だよ、基礎的なものは俺がこの一ヶ月で叩きこんでやったし。それに俺が渉君を認めたのは何もお前の恋人としてってだけじゃねーから。』

『え…?』

そう言って恒はそっと微笑んでその場から去って行った。

その笑みは俺が昔からよく見ていた兄貴のような顔だった。






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