「あの、善逸くん」
肩にかけたトートバッグを探りながら、先輩がそう俺を呼んだ。――いや、突然呼び方を変えるっていうのも、なかなか難しいよな。先輩の方だって、結構しれっと呼んでいるように見えて、善逸くんと口に出す瞬間はすこし心音が速くなる。からかいたい気持ちがむくむくと膨らんで、でもお互いさまであることも思い出して、短く息を吐いてごまかした。
「実はね、善逸くんに……渡したいものが」
「……え」
そのままの口の形で固まる俺に、はい、なんて声と共に差し出された、リボンのかかった包み。
「……これ、は」
「プレゼントです、クリスマスの……」
俯いてしまった彼女……なまえ、さん、の唇は、なぜだかすこし尖っている。「俺に?」と訊いてしまうと、「善逸くん以外にいないでしょ」なんて言われてしまって。……そりゃそうだ。
「笑わない?」
「……へ?」
「重いって、笑わない?」
ふ、と笑いがこぼれた。あくまでも、何言ってんだよという意味で。「笑わねえよ」そう言ってやると、案の定「笑ってるじゃん」と返ってくるけど、先輩の思うような笑いなんかじゃない。
「……俺が、そういう男に見えてるわけ」
「……まあ、見えてる、かも」
「は!? 先輩それはひどくない!?」
次に笑いをこぼしたのは先輩のほうで、俺が唇を尖らせる番だった。いや、まあ。……先輩らしいというか、俺たちらしいのかもしれないし。そういう振る舞いをしてたのかもしれないけど。けどね。言い返してやろうとしたとき、「まあ、」と先輩の声が飛んできて。俺の声は、喉奥に突き返される。
「……そんなひとに惚れちゃったんだから、もう仕方ないよね」
……ずるい、だろ。それは。
かっと熱が集まって、慌てて顔を覆う。夢の中からいつもの調子に帰りかけていたまさにそのとき、落とされてしまった爆弾、だった。……言った本人も真っ赤になっちゃって、さあ。
「……ほら善逸くん、照れてないで受け取って」
「照れてねえよ」
「うそ。真っ赤じゃん」
「そっちこそ」
えへへ、なんて恥ずかしそうに、それでいて幸せそうに、あきらめようとしていた好きな人が、俺の目の前で笑っている。
ゆっくり、ゆっくり手を伸ばす。手の動く速度が、まるでスローモーションみたいだと思った。
笑うもんかよ。用意してくれたことにだって、その中身にだって。君がくれるものならなんでも嬉しい、そんなドラマにでも出てきそうなセリフが飛び出してしまいそうだった。そこに、確かな想いを乗せて。
じわりと目元が熱くなって、喉元が焼け付く。いや、こんな、こんなことで泣くのはダメだって。必死に唇を噛んで、少しうつむいて誤魔化しながら、「ありがと」を喉の奥の奥から絞り出した。
「俺も、……プレゼント、用意した」
「……え?」
ツリーから顔を背けるみたいにして、顔にあたる光をわざとらしく避けた。そうでもしないと、濡れかけた瞳を見られてしまうと思ったから。
「え……わ、私に?」
「……他に誰がいんの」
俺のときと同じやりとりを繰り返してしまってから、なまえさんは「そっかあ」と笑い混じりにこぼす。突き出した手が、紙袋を離して軽くなる。いっそ寂しいほどに。
「善逸くん」
一度つよく目を瞑って、なんとか涙をしまい込んでから。逸らしていた顔を戻した。
赤い帽子なんか被っちゃいなかった。もちろん、白い髭も生えてなんかいない。トナカイも連れてない。ソリにも乗ってない。夜空も、翔けない。
俺に、サンタはいなかった。
「善逸くん、ありがとう」
サンタなんか、信じていなかった。クリスマスの街のそこら中にいたって、一番ほしいものをくれるサンタクロースなんてのは、この世にはいないんだって思ってた。
きっとあの、雑貨屋で散々悩んでいた俺みたいに、俺のことを考えて選んでくれた、紛れもなく俺の為のプレゼント。
不安に苛まれながら、自信を持てないままに――でも俺の精一杯をかけて、彼女のことを選んだものを受け取って、「ありがとう」をくれて。とびきり嬉しそうに笑ってくれる、まさにその姿。
何より、今日という日に、俺にその気持ちだって渡してくれた。
月並みな言葉だけど。俺に、幸せをくれた。
空いた手を掴み取る。ずっと冷気に晒されていたはずのその手は、たしかな体温を湛えていた。
もっと近付きたいと思った。難しいことなんか考えられなかった。愛しい。触れたい。俺はこのひとが、ひとつの嘘も少しの濁りもなく、好きだ。
なあ、きっと。こんなこと言ったら笑うんだろうな。それでいいよ。むしろ、俺たちらしく笑い飛ばしてほしいなんて、思うよ。
まるで――俺だけのサンタクロースみたいだ、なんて、思ってしまったこと。