さあお手を拝借

「私って本当、善逸がいないとダメだ」


制服を着た彼女が、そう言って明るく笑っていたのを今も時々思い出す。教科書やジャージを貸してやったり、財布を忘れた時にジュースを奢ってやったり、泣き付いてきた彼女に勉強を教えてやったり。そのたびに、そう言って笑うんだよ。それが俺は好きで、それから…彼女のことも、大好きで。彼女が教科書や財布をちゃんと持ってくると、実は面白くなかったりした。



あれから何年か経って、俺たちは制服に袖を通すことはなくなって、スーツなんかを着る歳になった。大学も離れて、働いている会社も勿論違うのに、俺たちの友人関係はなんとなく続いている。そう、友人関係。ヘタレ?悪かったな。

そんな折、研修で俺の会社の近くまで彼女が来るって言うから、帰りに会う約束を取り付けた。仕事を終えて会社を出ると、もうそこに彼女は立っていた。


「おーい!善逸!」


確か、会うのは2年振り。会う理由もなかなか見つからなくて、連絡はとっていたもののそれだけで。久しぶりに見る彼女は恐ろしく綺麗になっていて、思わず息を呑んだ、のも束の間。


「ぜんいつ〜スマホ落とした〜」


そんなことを言いながら走り寄ってくるもんだから、一気に肩の力が抜けた。


「いやいや、何やってんの、おまえ」
「善逸に電話しようとしたら、もう既になかった」
「はぁ…じゃあ俺のスマホで電話かけて音鳴らすから、一緒に探そ」


そう言ってスマホを取り出して、彼女の番号を探す。すぐ見つけたそれをタップしようとすると、彼女が「ありがとね」と笑いかけてきた。


「やっぱり私、善逸がいないとダメだ」


足が、動かなくなった。立ち止まった俺を見て、「どうしたの?」なんて顔を覗き込んでくる。

さっきは時々、って言ったけど、嘘。本当は毎日思い出してたよ、お前がそう言う時の、気の抜けたみたいな笑顔。
俺の名前を呼びながら、さらに俺に近づいてくる呑気な彼女の手首を掴んで、捕まえてやった。


「お前にはさ、俺がいなきゃダメなんだから」


彼女の瞳を覗き込む。こんなに近くで見つめてやったのは、きっと。ずっと友達でいたけれど、初めてだった。


「いい加減、俺のものになってよ」


彼女の小さな唇が、え、と消え入りそうな音を紡ぐ。その瞬間、どくんどくんと激しくなった心音に鼓膜を叩かれて、もうどうにでもなれと、自分の唇をそこに重ねてやった。




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