雨音とぬくもりに包まれて



降り頻る雨が、カーテンの向こうの窓を叩く。さぁさぁ、ぱたぱた、そんな音が耳に届いた。
生まれてから年々良くなる耳に困らされたこともあったけれど、毎日ずっと付き合わなければいけないとなれば、それなりに使いこなせるようにはなる。
聴きたい音だけを拾うことも、訳なくできるようになっていた。

だから、換気扇が唸る音も、なんとなく点けてあるテレビの音も、ケトルがお湯を沸かす音も掻き分けて、どこか楽しそうに弾む彼女の音を聴いている。

今日は二人とも休日。昼前まで二人で寝過ごしてしまってから、雨だし今日はもう家でゆっくりしようという話になった。朝昼兼用のご飯を済ませてから、俺はダイニングテーブルについて、彼女はソファに身を沈めて、それぞれの時間を過ごしている。
彼女が何をしているのかはわからないが、俺はといえば手元の雑誌を見る振りをしながら、本当はずっと彼女に意識を向けていた。

何かに驚くみたいに軽く心臓が跳ねたり、ウキウキと楽しいことを考えていたり。本当に聴いていて飽きない。

あ、今のは。心臓がきゅっと縮んでしまったみたいな、俺の胸の奥まで狭くなるようなその音は、きっと自惚れじゃなくて、俺のことを考えてる音。


「ねえ」
「ん?なあに?」


会話がなくても居心地がいいとはいえ、そろそろ構ってほしくもなってきたし。それに、どうしてそんな音がしてるのかも、気になるし。
短く呼んでみると、少し離れた位置からまん丸な瞳が俺を捉えて、思わず口角が上がった。


「今お前さ、俺のこと考えてた?」
「…善逸…音聴くの、だめ」
「…だめ?なんで」


眉を下げて、少し頬を染めて。次にその唇が紡ぐ言葉が、俺が不利益を被るようなものではないことは解り切っていたから、きらめく瞳を見つめて問い掛けてみた。


「だって、善逸だけそういう事わかるの、ずるい」


彼女が手に持っていたスマホを置くから、俺も雑誌を閉じて立ち上がって、彼女に歩み寄る。そっと隣に座ると、二人分の重みで柔らかく沈み込んだ。


「私も知りたいのにな、善逸がどんなこと考えてるか」


拗ねるみたいに唇を尖らせて目を逸らした彼女の手を、そっと握る。嬉しそうな音が少しだけ鳴ったことも、もちろん聴き逃さない。かわいいなぁ、なんて思いながら、「心配しなくてもさ」と口を開くと、彼女の視線は無事に帰ってきた。


「いつもお前のこと考えてる」


息を呑んだ彼女から、きゅん、なんて、ときめく音が聴こえた。

あーあ、だめって咎められようが、ずるいって怒られようが、やっぱりやめらんないよ。だってこんなにも、お前の音はかわいくってしょうがないんだから。
この耳を少しでも疎ましく思っていたことを謝りたいくらい、彼女の音を聴けることが、幸せだ。

自然とにやける顔を隠しもせずにいると、少し頬を赤らめた彼女に、わざとらしいため息をつかれた。


「…何笑ってるの」
「かわいい音させてんなって思って」
「もー、ばか!善逸のばか」
「はいはい」


ぺしぺし、なんて効果音がつきそうな風に俺を叩く彼女の手を捕まえて、そのまま引っ張って、小さなその身体を腕に閉じ込めた。

ごめんね。俺はやめらんないけど、俺なら恥ずかしくって聴かれたくないかもなあ。

だって本当に、本当にいつも、お前のことしか考えてないから。





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