あたたかで怪物で純情で

随分と、世話の焼ける後輩がいた。ちょっとばかりドジで、すごく明るく振る舞っているけれど、叱られると結構引きずってしまう、できる女とは程遠い…と思う、そんな後輩。教育係を命じられた時から、彼女の代わりに謝って、庇ったり慰めたり、俺ってばなんだかんだ先輩らしいことしてきたんじゃない?

そんな彼女が、恋をしたらしい。らしいというのは直接訊いたわけではなく、彼女が同期の男に向けている音を盗み聴きした俺の独断だからだ。


「ね、おまえさ、同期のあいつのこと好きなんでしょ」
「……えっ、な、なんで」


ねえ、なんで俺じゃないわけ? なんて。彼女のわかりやすい反応を見て、やっぱりなと思う前に、そんな感情が襲いかかってきた。
いや、だってさ。俺すっごくいい先輩だったと思うよ。ものすごく仕事ができるわけじゃあないけど、あんな新人よりかはずっと彼女の役に立ってきたし、たくさん助けてきたんじゃないの。

……なにこれ。なんで俺、こんなこと考えてんの。


「……先輩だけずるい」
「は、なにが」
「私しか好きなひと明かさないなんて、フェアじゃないですよ」
「小学生かよ…」
「失礼な! 先輩は恋してないんですか」
「んー……してない」


じとりとした視線を受けながら、いつもの調子でかるく言葉を交わすけど。えー、つまんない。そう言って口を尖らせる彼女を見ていると、どくどくと心臓の音が煩くなってくる、ような。


「……だって、…これが恋なわけないだろ」
「え? 先輩、なんか言いました?」


恋じゃない。単にあいつが知らない彼女の秘密が多過ぎて、俺はちょっと心配なだけ。
かわいこぶってよくミルクティーを飲んでるけど、本当はコーラを買ってやるのが一番喜ぶこと。モーニングコールしてやったときの間抜けな寝ぼけ声。あと、めちゃくちゃ格闘ゲームが強いこととか。

それから。ばかみたいにからから笑うこいつが、泣いた時の顔。頭を撫でてやらないと、つらい事を吐き出さないってこと。知らないだろ、なあ。


「せんぱい?」


恋なわけないのに。かわいい後輩を気にかけているだけなのに。じゃあなんで、こんなにも気に入らないんだろうか。

ちょうど横を通ったそいつに、俺からすぐに目を逸らした彼女は、きらきらの瞳で手を振って。聴こえたそいつのときめきの音が癪にさわって、つい彼女越しに睨んでしまうと、そそくさと奴は退散していった。
首を傾げる彼女に「なあ、やっぱ嘘かも」と声を掛けると、なおも不思議そうな顔をして「なにがです?」なんて言ってくる。
ああ、どっちが小学生だかわかんねえよ。とられそうになって気付くなんて、躍起になってしまうなんて。


「してるかも、おまえに」
「え?」
「恋」


かしゃん、軽い音を立てて彼女の手からボールペンが滑り落ちていく。あいつに向けてた、甘くて柔らかくて、癪だけど可愛らしい音。いま彼女の目の前にいるのは俺なのに、かすかに聴こえてくる。

こいつの全部を知ってるのは俺だけでいい。顔を出した独占欲は、なるほど恋なんて可愛らしいもんじゃないかもしれない。



title:3gramme.




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