長編 | ナノ

 2

「へ?」

今日は午前に兵団で支援者との会談が入っていた。
なまえは別の予定が重なった為、朝から応接室には顔を出していなかったのだが。

「…隠し子ですか?」

机を挟んだ対のソファ。
上司の向かいに座って居るのは支援者ではなく、見たところ四、五歳の幼女だ。
上等な服を着せられた子どもは、書類の裏に落書きをすることに夢中になっている。

「支援者の孫だよ。ついて来ると聞かなかったらしい」

簡潔に答える声には僅かながら呆れの色が混じっている。
それも無理は無い。
いくら調査兵団のお得意様だからといって関係の無い人間を大事な会談の場に連れてくるとは。

舐められているのか、お貴族様にはそういう習慣があるのか知らないが、いずれにせよ不本意な相手にまで頭を下げねばならぬ内情をなまえは歯痒く思った。

「で、その自慢のお孫さんのお祖父様はどちらに」

支援者の姿が見えないのを良いことに皮肉っぽく尋ねる。

「ミケの案内で庭の散歩だ。なんでも最近は薔薇の栽培が趣味だとか」

そういえば形ばかりの中庭に早咲きの薔薇があったことを思い出す。
貴族の邸宅の庭園の方がよっぽど豪華だろうに、本当にお貴族様の考える事はよくわからない。
要するに自慢したいだけなのだろう。
こちとらそんな時間があれば少しでも長く作戦を練っていたいのに。

エルヴィン以上に気の短いなまえが朝っぱらから早くも苛つき始めた時、絵を描き上げたらしい子供が紙をエルヴィンに向け高く掲げる。

「おじさん見て!!」

「ぶはっ!!お、おじさん…!!」

彼女は瞬間的に吹き出した。
調査兵団は経験と実力の世界だから年功序列など存在しない。故にいちいち年齢を確認する機会もないので意識していなかったが、確かに幼女からすれば十分におじさんである。

言ってからしまったと思ったが後の祭りだ。
仕返しという名目に瞳を輝かせている筈の上司を盗み見て硬直した。

「…上手だね」

子供に応えるのは慈愛に満ちた眼差しだ。
そうまるで父親のような。

なまえは愕然とし言葉を失う。
こんな柔らかく笑って、こんな優しい声が出せる彼を知らなかった。

そうだ。彼だって、このくらいの子どもの一人や二人いてもおかしくない年齢の筈だ。
結婚しない理由は容易に想像出来る。
死に別れる哀しみを家族に教えたくないのだろう。
この人は、そういう人だ。
非情な判断の裏にはそれを勝る責任と覚悟がつきまとい、常に意志は一貫している。

自分には想像も出来ない大きなものを捨ててきた彼との間には絶対的な溝があるように思えた。

立ち竦むなまえをよそに、幼女は褒められたことが嬉しかったのか無邪気にエルヴィンの膝の上に座り戯れる。

暫し呆然と中睦まじい光景を眺めていたが、ふと上司と目がかち合い我に返った。

青い双眼は普段の悪戯心丸出しの光を放っている。

「どうした、お前も座るか?」

「死んでも嫌だ!!」

反射的に言い返す自身にどこか安心するなまえがいた。

背後から二人分の靴音が聞こえる。
戻ってきたミケ達を迎える為に、彼女は雑念を振り切り扉を開けた。








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