ある男の29年▼松野一松
※お下品、年齢操作、死後の話です

女は三途の川では初めて抱かれた男におぶられて渡るらしい。それを聞いた時私はへぇ〜としか思わなかった。普通に信じてなんかいなかったしぶっちゃけ1番最初にヤッた人なんて覚えちゃいなかった。
死んでみたら、死ぬほど後悔した。

「あ、なまえちゃん、久しぶり。」

ヒヒ、なんて笑い声が聞こえてくる。ああ、思い出した。私の処女ってコイツにとられたんだった。
みょうじなまえ、享年45歳。死因は急性アルコール中毒。処女は16の時、今私の目の前で笑っている26歳の松野一松という男に奪われた。何を隠そう私は好奇心から高校生の時春を売ってたのだ。それが初体験ってどうなのよと現在進行形で後悔している。そう、私はちょうど処女を失った時売春を始めていたからはじめての人を思い出せなかったのだ。そうかコイツだったのか。

「ずいぶんはやくに死んだねえ。」
「……やけ酒で飲みすぎてぶっ倒れました。」
「馬鹿なんじゃないの。」

相変わらず笑いながら私の方を見てくる。あ、これからコイツにおぶられて渡るのか。おんぶとか嫌だなあ。
それでもそうしないと進まないな、と思っておんぶしてください、と頼む。また、男はヒヒッと笑いながらしゃがんだ。腹をくくっておぶさるとあろうことか尻を揉んできた。コイツ…。

「なまえちゃん、イイオンナになったねぇ。尻も、胸も、顔すらも。」
「いきなりなんですか、気持ち悪い。」
「いや、ムラっときちゃって。」

パシンと頭を叩いた。なんて奴だ。私が死んでまでセックスしようとするのか。というか、この男は死んだのだろうか。もし、私の想像でこの男が出てきたのなら私は無意識のうちにこの男に抱かれたかったのだろうか。たぶん、きっと、それはないだろう。私が信じたいだけだけど。

「てか、俺もなまえちゃんが初体験だったんだよねえ。」
「…は?」
「俺の童貞は、なまえちゃんに奪われた。」
「えっ待って、ちょっと、信じらんない。無理。え、本当に待って?」
「待たない。」

この男は器用におぶっていた私を前に持ってきて私に向き合った。ニヤニヤ笑いをたずさえて。対する私の顔色は赤だか青だか分からない色になっているだろう。

「可愛かったなぁ、あの頃のなまえちゃん、私、これからばいしゅん、するから初めてはお兄ちゃんにもらって欲しいの。一円でもいいから私を買って?ってねぇ〜〜。」

一気に思い出した。恥ずかしい。死にたい。昔はそういえば男の趣味が悪かった。幼稚園の時も小学校の時も好きな男の子は根暗で教室の片隅で太宰読んでたりとか、地図帳読んでるような男の子が好きだった。近所のお兄ちゃんたちの中でも一番根暗そうなこの男が好きだったのだ。最悪。最悪。
たぶん私は泣きそうな顔してて、まだ松野一松は笑っている。この時を待っていたみたいな顔をして。

「俺、なまえちゃんに童貞捧げて以来、誰ともセックスしてないんだよね。」

大変だったよ、なまえちゃんが死んだらすぐ死んでやって次の処女も貰おうと思ってたからさ。まさかこうして会えるなんて思ってなかったけど。ねえ知ってる?、三途の川渡る時に出てくる初めての男ってやつ、男も死んでないと出てこれないんだよ。聞いてる?なまえちゃん、聞いてる?―――

「まあいいや、最後のなまえちゃんもたっぷり堪能させてもらうから。」

29年分、もらうよ。なんてさっきより何倍も気持ち悪い笑い方で、私の口にむしゃぶりついてきた。ああ、はやく三途の川を渡りきりたい。


20160812

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