あなたはずるいひとね▽瀬名泉
クレープが食べたい。
思わず口から本音が漏れてしまった。これが鳴上くんとか、凛月くんの前だったらよかった。司くんの前なら喜んで!と言われて一緒にクレープ屋さんまで行ったかもしれない。ただ、私がその言葉を発してしまったのは瀬名先輩の目の前だった。

「はぁ?」

少し驚いたように目を開いた後にすぅっと目を細めて心底理解出来ないという顔をされた。瀬名先輩は美人だから顔を歪めても美しいけれど、そのかわりとても恐ろしい。瀬名先輩はその一言を発してから無言で私の頭のてっぺんからつま先までじぃっと見つめてため息をひとつ吐いた。

「あんたそれ本気で言ってんの?」

あんたそれ本気で言ってんの?の真意はあんたそれその体型で本気で言ってんの?である……心底辛い。確かに今は冬で、体はしぼうをたくわえようとしている季節である。でも気にしていたからそんなに体型は変わってないはずなのだが、モデルの前では細かな変化も感じ取られてしまうのであろうか。
瀬名先輩の視線による攻撃に耐えることは出来ない。よって今の発言は撤回すべきであると脳内会議で結論も出たので私は……「いいよ、連れてってあげる。」

「…………え?」
「だからぁ、連れてってあげるって言ってるでしょ。」

この近くにクレープ屋なんてあんの?と瀬名先輩はスマートフォンをスワイプして探しはじめた。ま、まさかあの瀬名先輩もクレープが食べたかったなんて! 確かに我慢しすぎは体に毒だしクレープは美味しいし、それにとても美味しいし。厳しい食事制限を設ける瀬名先輩をも魅了してしまうなんて流石は私の認めたクレープ。

「すぐそこにあるじゃん、行くよ。」
「はいっ!」

元気すぎてうざぁーい、なんて言葉も今の私にはへっちゃらだ。

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「へ?」
「当たり前でしょ。」

クレープ屋さんについて、私はこの店がおすすめだというイチゴチョコレートバナナスペシャルクレープを頼むことにした。イチゴとバナナの親和性が高いことはもちろん、バニラアイスまでついているというボリュームに惹かれてしまったのだ。そこで、瀬名先輩は何を頼むのかと聞いたら何も頼まないというのだ。瀬名先輩はクレープに魅了されたわけではなかったのだ。

「なんだっけあんたは……イチゴとバナナのやつだっけ。」
「えっちょっ困ります!」
「後輩は先輩に奢られてればいいの。」

あろうことか瀬名先輩自身は頼まないのに私の分を奢ろうとしてくる。クレープ一食分くらいは払えますから! と訴えても一向に聞き入れてくれない。しまいには先輩ということが聞けないの? などと言われてしまってはもう何も言えない。そもそもが、瀬名先輩に口で勝つなんて出来ないことなのだが。

「イチゴチョコレートバナナスペシャルクレープのお客様ー。」
「あ、はい。」

ホカホカの出来立てクレープからは甘い匂いがただよってきて胃袋を刺激する。ああ、やっと会えたねクレープ。瀬名先輩があまりにも見つめるから少しだけ食べにくいけど。

「い、いただきます……!」
「はい、どうぞ。」

一口、食べればそこは楽園だった。あたたかなクレープの皮とイチゴの甘酸っぱさ、バナナの滑らかな甘さと風味豊かなチョコレートソース、そしてスペシャルな冷たいバニラアイスが口の中で幸せというハーモニーを奏でている。あまりの美味しさに思わず口角が上がってしまう。瀬名先輩に感謝、感謝である。

「うふふ、瀬名先輩クレープめっちゃ美味しいです。」
「あっそぉ、良かったねぇ。」

一口食べます?なんて冗談めかして言ってみる。人は美味しいものに出会った時誰かと共有したい生き物なのだ。まあ、多分瀬名先輩はクレープなんて、と言って食べないだろうけどなどと勝手に思っていたがそうでもないらしい。じゃあ、一口。と身を乗り出してパクリとクレープの縁が私の一口よりも小さい一口で象られた。

「うわ、やっぱりあっまぁ。」
「えっ。やっぱりって、それなのに食べたんですか!」
「んーー。」

こんなにも美味しいのに、と私がぶうたれていると瀬名先輩は人差し指を私の方に向けて(いつも人に指差すなって言うのは瀬名先輩なのに!)、得意げに「あんたがよっぽど、美味しそうに食べてたからねぇ。」と笑った。瀬名先輩は普段笑うことが少ない分、他ならぬ私の食べる姿が貴重な笑顔を引き出したという事実でとんでもなく気持ちがいっぱいになってしまった。ずるい。

20161225

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