ぬりかえてあげる▽鳴上嵐
幼い頃のトラウマというものはなかなかにその人の人格をねじ曲げてしまうものだと思う。

「なまえちゃんには赤が似合うと思うわあ。」
「いや、だから私赤色は絶対着ないって。」

鳴上嵐とはいわゆる幼なじみという関係でありじゅうぶんに私のトラウマを理解している1人、な筈である。私のトラウマというものは小学生の頃赤いスカートを好んで身につけていた私が、当時好きだった男の子に「なまえ、赤似合わねー!」と言われたというとても幼稚で些細なことである。しかし小学生の私には効果抜群であった……高校2年生の今の今まで引きずる程には。

「ぜぇったいなまえちゃんには赤が似合うと思うのよ。」

困ったわねえなんて全然困ってなさそうに頬に手を当てて笑う嵐を私は少し羨ましいと思う。嵐は(モデルだから当然かもしれないけど)何色でもどんな服でも着こなしてしまう。常人のように体型を気にしたりだとか色を気にしたりだとか、そういうことがない。実際にはあるのかもしれないけど嵐が着る服はすべて“鳴上嵐のもの”になってしまう。これはちょっと、贔屓目が入っているかもしれないけどやはり私は悩むことが少なそうな嵐が羨ましいのだ。

「あたし、なまえちゃんが今履いてるテーパードジーンズもかっこよくて素敵だと思うけど……せっかく久々のデートなんだし、せめてスカートを履いて欲しいわね。」

ねえ、なまえちゃん。なんて嵐はちょっと怖い笑顔を浮かべる。そんなこと言われたって私の家には赤いスカートなんてないし、まずスカートは制服のスカートしかもってない。赤色がトラウマになってから女の子らしいものも遠ざけるようになった結果がこれだ。相変わらず赤や女の子らしいものは好きだけど、どうしても自分で身につけることに抵抗があるのだ。その上身長が高校生女子の平均身長よりは上だったおかげで“かっこいい系の格好”が似合ってしまったのも災いしたんだと思う。もう制服以外で私が持ってるスカートは小学生の時のもので履けなくなった、例の赤いスカートくらいである。

「そんな脅すような顔されても私の家にはないよ。しかもデートなんて、ただ出かけるだけなのに大袈裟すぎ。」
「あらぁ? あたしはこの日を夜も寝られないくらいに楽しみにしてたのよ。」

家にないんじゃあね、と嵐が呟いて私はやっと出かけられる、この論争から解放されると思ったのもつかの間だった。

「じゃあじゃあ、スカート買っちゃいましょうか!」
「は!?」

そうと決まれば行動は早くとばかりに嵐は私の手を取って近くのショップに入った。しかも、ちょっとお高そうな。

「ま、嵐、高そうここ、ねえ。」
「大丈夫よ。あたしの勝手に付き合わせているんだもの、あたしが払うわ。」
「いや、そんなのも困るっていうか。」
「いいからこれ試着してきちゃって!」

ニコニコ笑顔で嵐に赤いスカートを手渡される。よくこんなドンピシャで赤いスカートがあるな、というか見つけられたな……モデルだからかな。嵐の勢いに押されてしまった私は試着以外の選択肢を持たなかった。すごすごと試着室に入った私だが、着替えてみると少しだけ、テンションが上がった。

「……かわいい。」

やはり赤が好きだ。赤いスカートが好きだと思う。けれどもうあんなに傷つきたくはないのだ。しかも嵐に似合わない、なんて言われてしまったらもう逃げ場所もない。嫌だなやっぱり。

「脱ごうかな……。」
「なまえちゃん? 着れたかしら?」
「あっ、嵐、着れたけど私やっぱり」
「着れた? じゃあ開けるわね!」

もうどうにも待ちきれないといわんばかりにめいっぱいに開けられた。思わず目をぎゅっと瞑ってしまう。これで嫌味なんて言ったら許さない。嫌味なんて、いう人じゃないことくらい私が一番分かっているはずなのだけれど。

「……あら、し?」
「……やっぱり、あたしの目に狂いはなかったわ。」

あまりに反応がないことを恐れてこわごわと目を開けると、おもむろに嵐は膝をついて私の手をとる。とった手の甲に唇を寄せてから私の方にウインクを御見舞して微笑んだ。突然の嵐の行動にポカン、と呆気を取られていたが行動を認識した瞬間、頭が沸騰する感覚を覚えた。

「赤いスカートを身につけたなまえちゃんは、世界一かわいいあたしのお姫様ね。」

そのあと「トラウマなんて忘れて、あたしからの言葉だけ覚えてなさい。」なんて耳の近くで囁かれてしまえば、嵐の言葉ばかりが脳内をぐるぐる回ってしまった。


20161110

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