愛の流刑地


九度山に流罪となり、早十二年の歳月が流れた。
私は体を甚振るように鍛錬に明け暮れる日々を送っていた。
過ぎゆく歳月と共に髪は長く伸びたが、それを切りもせず、ただ我武者羅に生き続けた。この先、来るであろう最後の戦に備え。
九度山での生活は辛く、厳しいものではあったが、今の私にはそれが幸いだった。
楽な生活などしたくはなかった。

それでも、不意に想ってしまう心が憎い。
忘れてしまえれば、楽になれるだろうに。
いくら忘れようとしても、私の心はそうはさせてくれず、未だ尚捕らわれていた。
どうしようもない想いは私を苦しめる。

あれから…最後に逢ったあの日から兼続殿とは逢っていない。
文すら交わしあっていない。


逢いたい…

ただ、ひとめ
あなたに逢いたい…



ある宵、私は夢を見た。
兼続殿の夢だ。
あの日と同じ姿の兼続殿は、微笑を浮かべ私に問うた。

「何か欲しいものはあるか、幸村」

その言葉に私は即座に名を呼んだ。
愛しい男の名を。目の前の兼続殿の名を。

兼続殿はにこりと笑うと、解ったと頷いた。



私はそこで目を覚ました。
起き上がり、横を見て私は驚愕した。

そこには何も纏わない兼続殿が寝ていた。
今は米沢にいるはずの兼続殿が此処にいるわけもない。それ以前に、横たわる兼続殿は夢のまま。あの日のままだ。年を取っていない。

体に触れてみた。
温かな熱がある。
あの赤子というより珠のような艶やかな肌も同じ。
同じだ。全く。

目の前の兼続殿が目を覚ました。
起き上がると、微笑を私に向けた。

「あなたは…兼続殿なのですか?」

そう問えば

「私は幸村の想いが形になったものだよ」

そう返ってきた。
声もやはり同じだ。

この兼続殿は、私の想いが強すぎて生まれてしまったらしい。
私は自戒しなければならぬのに、兼続殿を想う心のあまりの深さに恥ずかしさを覚えた。

「…あと、私の…ね」

そんな私の心を読まれたのか、兼続殿は言葉を続けた。

兼続殿は今も尚、私を想っている話をしてくれた。
不覚にも泣きそうになってしまった。

「私が人なのかと問われれは、人ではないだろう。だが、こうして生まれてしまったからには生きようとは思う。…側に居たくないと言うなれば、私は人知れず何処かに消えよう」

私は頭を降るくらいしか出来ない。
口を開いたら、泣いてしまいそうだった。

頭を振る私を見、兼続殿はあからさまに安心した様子を見せた。
ふぅと小さく溜息を吐いた。

抱き締めたい。
だが、それは出来ない。
私は流罪の身だ。
罪人である私は、綺麗な兼続殿を抱くことは出来ない。

「私はね…お前に幸せになって欲しいと願っているよ。幸村のことだ、きっと今尚苦しんでいると、遠くあの地で…」

兼続殿は言葉を詰まらせた。兼続殿が酷く悲しんでいるのだと解った。
私のことなど、考えている余裕などないだろうに。
兼続殿の想いが私に涙を流させた。

「もう良いだろ、幸村。お前は十二年もの間、苦しんできたのではないか。…これ以上、己を傷つけるな」

兼続殿は私の手を広げると平を指先で撫でた。
毎日、振るい続けていた槍。手には何度潰れたか解らない肉刺。荒れた指先。
身体にも鍛錬による無数の傷がある。

「幸村…」

兼続殿が身体を抱き締めてきた。
髪を撫でる手が気持ち良い。
私も抱き締め返すと、想いが止められなくなってしまった。
奥底から込み上げてくる。

「兼続殿…兼続殿……」

深く唇を吸うと、押し倒した。
強く抱き締める。何度、この身体を再び抱きたいと思ったか解らない。

私は兼続殿を抱いた。



一つだけ、目の前の兼続殿には違う箇所があった。
繋がると想いが心が直に伝わってくる。それは言葉となり、胸に届く。
素直な言葉。それはとても、あたたかい。
兼続殿の想いで、私の胸はいっぱいになった。
次から次へと溢れて止まらない言葉。
兼続殿は心も饒舌で、私は思わず笑った。
私が笑うので、兼続殿も一緒になって笑う。
その顔はあまりにも幸せそうで、私もきっと同じように幸せそうな顔をしているのだなと思った。




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