溺れる

また言い合いをした。
そのまま戦闘に突入して、気づけばオイラは爆弾を抱え、奴は毒針を振り回していた。戦う時は常に冷静に相手の動きを見る能力が問われる。しかしオイラも奴も、散々共に時間を過ごして来ていた。今になって冷静に守りに入ったりするなど馬鹿馬鹿しかった。
互いに攻撃の仕方を把握しきった上で、互いに総攻撃。先に倒れた方が負け。
ルールはまるでそこらの獣だ。何も考えず、本能のままに刃を向ける。

「足を引きずったお前が優勢になるとでも?」

「足はオイラの芸術でいくらでも代わりができる、うん」

戦場は崖の手前だった。
オイラの視界には奴を通り越して森が映り、奴の視界にはオイラを通り越して広大な海が映る。オイラはそれに背を向けて相手を見やるため、その水の広がりに何の感慨も沸かなかった。
それはさておき気になる状況はというと、オイラは腹部に刀が空けた穴、左足の脛やら腿の骨は傀儡の圧縮で折れた。対するサソリの旦那は手持ちの傀儡が多数破壊され、ヒルコもあちこちにひび割れがある。もちろんつけたのはオイラだが。
端から見ればオイラだけ傷だらけで血塗れなので、なにやら追いつめられているのかもしれない。

「デイダラ」

奴は重低音で呼んだ。オイラは怪我の痛みに気を取られないようにしながら、奴を見た。

「俺の武器はもれなく毒が塗られていて、お前の腹に刺したものも同様だ」

オイラは「あぁ」と言った。

「解毒できんのは俺だけだ」

オイラが再び「あぁ」と言うと、奴は奇妙な形の瓶を取り出した。ヒルコは地味に手も足もあった。

「これは解毒薬だ。欲しいか?」

嫌がらせなのか助太刀なのか、考えなくとも前者だ。奴はオイラが先に折れることを期待しているし、その姿を見て愉しがるのだ。良い大人が幼稚な遊びをしなさる。

「デイダラ…どうした」

オイラは視界が霞んでいた。刀が貫いた腹の肉はジクジクと痛み、その痛みは脳に伝わる。思考の回路は十分に機能しているが、筋肉が麻痺していて言葉を口から出すのは厳しい。

いつもだ。
いつも最終的にはオイラが折れる。

しかしその感覚は"負け"ではなかった。奴に対しての感情は、他の忍と戦う時のそれとは違った。
オイラは奴を強いと認めている。唯一、尊敬に値する。
だから戦いの終わりにはオイラは「やっぱアンタは強い」と降参する。"負け"ではないのだ。なぜならオイラはいつも悔しくなかった。


「デイダラ、お前は優しいよ」


オイラは霞む視界の中に、この身体を突き飛ばす手を見た。いつの間にヒルコから出たのか、手は奴の本体だった。

「…だんな、」

突如身体はガクンと下がる。オイラの不安定な足は崖から落ちていた。
次の瞬間には海が見えた。青く、大きな海は、綺麗だと思えた。
同時に、粘土を練って鳥を足場にしなければ。そうも思った。しかしオイラは随分とのんびりしていたらしい。
身体は既に海の中だった。

沈む沈む。
水面を通して空が見えて、これまた綺麗だと思った。
海の中は静かだ。鳥の声も風の音も、何も聴こえない。暗いし、深いし。中はあまり良いものではないかもしれないな。


ガボッ。


旦那を呼んでみたが、ボコボコと泡が出るだけだった。
水面がもうあんなに遠い。


そうか、またオイラが折れたんだ。


―――――――――――――――


なんだかなぁ。俺は歳をとって頑固になったのか、頑なに考えを変えなかった。奴が怒りの表情から諦めの表情に移っていくのをひたすら待つ。あぁまた降参か、俺の勝ち、お前の負け。実に愉快だ。
しかしその後は毎回後ろめたいような微妙な気分になる。

―なに苛ついてんだ―

―別に―

毎回そんな会話をする。
怒りが沸くなら死ぬまで戦い、俺を負かせば良いのに。とか、いつか思ったことがある。
違う違う、奴は俺に勝ってほしいのだ。だから折れる。

「お前は優しい」

崖の際に一人静かに立ち、何十メートルも下の海面を見つめた。
たった今デイダラを落とした海。波はあまり無く、日光に照らされた水面はキラキラと光って綺麗だ。
デイダラは浮かんでこない。
"暁"の象徴であるその衣が重しになっているのだろうか。俺の毒は回るのが速いし、奴の片足は俺が砕いた。なるほど泳げるはずは無い。
ブクブクと、ひたすら奴は俺を恨む言葉を発していただろうか。その度に塩辛い水は奴の喉を勢い良く走り、空気は泡となり地上に上がっていく。
奴は息が止まる。

そろそろ助けに行かないと駄目か。


俺は奴を突き落とした場から、同じように海に身を落とした。
ドボン、と水面を荒らし、その衝撃が予想を上回る強さだったことに少し驚いた。しかし俺の身体は痛みを感じないので、仕込みが破損する程度で終わった。生身だと内臓を損傷しているかもしれない。
水中での視界も抜群に良い。息継ぎも必要無い。海で暮らせと言われれば可能なレベルだ。ただし泳ぐのは遅い。水の抵抗がそれなりにあった。
それでも奴を発見するまで時間はかからなかった。金の髪は目立った。
俺は奴の手首を引き、胴を支えるとそのまま水面まで上がった。重い。そして水面が遠い。これ程に沈んでは深海魚になってしまいそうだ。
俺は速やかに海から顔を出した。「ぷはっ」と無意識に息を吐いた己に苛立った。呼吸など無くとも生きられるのに。
それはいいとして、ひとまず奴を平らな岩場まで運ぶ。自分が苦無く陸に立ったのは良いが、奴の身体を引きずり上げるのは苦労した。濡れた衣服は通常の倍以上の重量で、奴自身も相当海水を飲んでいた。俺は力は無かった。

「デイダラ」

奴を平らな地に仰向けに寝かせ、頬を軽く叩いたが、そんなことで目を開けるはずが無いのはわかりきっている。奴の顔は蒼白で、何気無く他の箇所も見ると、先程まで軽快に動き回っていた人間の身体とは思えない状況になっていた。手首を掴み僅かばかり浮かせると、それはダラリとただ重力に従って垂れた。
とりあえず解毒薬の針を腕に刺した。しかし毒が消えれば奴は目を覚ますかといえば、やはり違う。体内の海水を出さねば。医療に関してはだいたい理解しているので処置に戸惑うことは無い。酸素は送り込めるし、人工呼吸など序の口だ。
奴の衣の釦を力任せに外し、心臓の位置に手を当てる。デイダラの心臓の部分は特殊なので、心臓マッサージが効くかどうか難しいところだ。

やれやれ、全く。

「いつもこうだ…」

戦いが終わり奴が怪我をして、俺が手当てをする。毎回だ。毎回俺の処置が無いと奴は死ぬ域まで達する。だから手当てをする。戦いに勝ってもこんなに面倒な作業があるなら、負ける方が楽かもしれない。
奴のつらそうな表情も毎回見る。怒りながら諦めて、息が切れて。
そうさせるのはいつも俺だった。


「げほっ…!」

「!」


そうこう考えて人工呼吸を繰り返していると、デイダラが胃の海水を吐き、酸素を取り入れ始めた。
俺はすぐに奴の上半身を支えて起こした。

「デイダラ、生きてるか」

奴は咳き込み、虚ろな目で俺を見る。そこには涙が溜まっていた。咳による生理的な涙なのか、はたまた別のものなのか。

「……無理…」

その台詞は少しばかり会話にならないが、
"死んだ方に近い"というニュアンスは受け取れた。

「………」

奴がまだ何か喋ろうとしていたので、俺が先に言った。


「…今回は俺の負けだ、デイダラ」


すると奴は依然として蒼白なままの顔を引きつらせた。
俺はその濡れた金の髪を顔からはらってやりながら言う。

「お前、馬鹿みたいに頑張るくせに最後は折れて俺に譲るだろ」

「だから優しいんだよ」と付け足せば、奴は目を細め口だけで笑った。

「…大人の余裕ってやつだ…うん」

嫌味では無いのだが、そう受け取られた恐れがあるな。


―――――――――――――――


オイラはもう魚になろうとか決心したものを、旦那の野郎はやはり助けたのか。殺して生かすのか。
しかもオイラが目覚めて早々、わけのわからない言葉をほざきやがった。「優しい」、と。そういえば崖から落とされる寸前にも言われた気がする。
優しさで降参しているわけではないのだが。確かにいつも折れているが、優しさではなく、………。

なんだろう。

「お疲れ」と心無い無表情の旦那に言われ、血管が切れそうになった。どう見ても"お疲れ"などという軽い単語で済む怪我ではない。オイラは死体に近い。

腹が立ったので、怪我が回復したら奴に再び攻撃を仕掛けに行ってやる。首を洗って待っているがいい!
とは、思ったが。疲労と痛みが取れるまではしばらく時間がいりそうだ。

糞が。今回は見逃してやるぜ。

なんて。
優しさじゃないだろう、絶対。




fin.


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