逃走の蛇 3

サソリはヒルコに入り、いつものようにズルズルとその身体を引きずった。

(やっぱり落ち着く)

狭く、暗いところが気に入っているわけではない。それでは陰気にも程がある。そうではなく、己が汗水垂らして造った(あくまで比喩)作品の空間にいることが良いのだ。

と、ヒルコが草地を進んでいると、それ以外にも草を踏み分ける音が聴こえた。サソリは中から視点を方向転換させ、音の発信源を見た。

「イタチ……」

ヒルコの目線の先で、イタチは更にその後ろを振り返っている。イタチの数歩後ろには鬼鮫とデイダラが歩いて来ていた。

「なんだ?イタチ達もチャクラ封じでも受けたのか」

ヒルコは低音で笑った。鬼鮫は横に立つデイダラを見る。サソリに聞こえないような小声で呟いた。

「起爆粘土が使えないってそういうことでしたか…」

デイダラはバツが悪そうに俯いた。

「音忍の狙いはなんだった?」

イタチが口を開いた。

「俺と鬼鮫も襲撃に遇った。大蛇丸が暁を始末しに来たんじゃないのか?」

ヒルコも返す。

「俺もそう思った。だが…今さっき逃げやがったよ」

鬼鮫は「なんだと?」とでも言いたげな恐い顔をした。もう少し早く着けば大蛇丸に遭遇できたかもしれない、と悔しそうにしている。

「おいお前…、」

ヒルコは突然話しかける相手を変えた。イタチの後ろで地面を見つめ続ける相方を睨む。デイダラは瞼が半分下りた瞳でヒルコを見た。

「俺はこの通り、チャクラはバッチリだ。お前は?」

ヒルコの中でサソリは無表情に訊いた。先程、偽のデイダラにも同じ質問をしたことを思い出す。

「…………」

デイダラは目を閉じた。答える気が無いことを意味する。サソリが隠れて舌打ちした後、イタチが言った。

「デイダラは大蛇丸に殺されかけたんだ」

デイダラは開いた目を大きくさせてイタチを睨んだ。口元は「馬鹿!」と動いていた。構わずイタチは言う。

「だが殺しはしなかった。だから大蛇丸の意図が掴めない」

鬼鮫も繋げる。

「あなたも同じく、命を取られそうにはならなかったんですよねぇ」

ヒルコは溜め息を吐いた。

「俺にはわからん。訊くな」

イタチは、これ以上話は発展しないと解釈し、鬼鮫に目配せして「行くぞ」と促す。

「大蛇丸は消えた。俺達はもうここにいても無意味だ」

「まぁ…そうですね」

鬼鮫は残念そうに頷く。

かくして、二人は白い煙を出して姿を消した。
人口密度が低くなると共に、騒がしさも減った。


残された二人は、二人きりになったことで少し前に口喧嘩したのを思い出した。
デイダラは口をへの字に曲げ、ヒルコを一瞥する。対してヒルコも睨む。

「術が使えない状態でアイツに戦いを挑むとは、随分と身の程知らずだな」

「挑んだわけじゃねぇ…うん」

再び口論が始まる、と思いきや、デイダラの元気の無さにヒルコは閉口した。

「……戻るぞ」

アジトに帰ろうとするヒルコを、デイダラは戸惑った声音で止める。

「お…オイラのチャクラ、」

彼としては音忍にチャクラが使えるよう術を解かせるまで戻らないつもりだった。まあ当然の考えだ。
他人に泣きつく行為を嫌うデイダラがなんとも気弱な声を上げるものだから、サソリは暗闇でこっそり口角をつり上げた。こういう時ヒルコは本当に便利である。

「俺に考えがある。だからさっさとアジト行くぞ」

デイダラは言いくるめられた気になりしかめっ面になった。


―――――――――――――――


アジトに着くとサソリは速攻でヒルコをしまい込み、自室へ速やかに引っ込んだ。あまりの素早さだった。薄暗く暖かみも無い通路にデイダラは一人残され、ぱちぱちと瞬きした。
するとすぐにサソリが扉を開け、デイダラに手招きした。

「早くしろ」

デイダラは微妙な思いでサソリの部屋へ入った。
サソリは扉を閉めると部屋の中央に腰を落とした。指をチョイ、と振ってデイダラに座れと訴える。デイダラは素直に正面に胡座をかいた。

「……なに?うん」

怪訝そうな表情を浮かべるデイダラの前で、サソリは印を組んだ。

「集中させろ」

デイダラを黙らせ、両手にチャクラを籠め出すサソリ。手には緑色の光が宿っている。
数秒間そうした後、彼はデイダラの両手に触れた。

「………解」

一言言って、手を握った。
すると緑色の光は消え、チャクラは分散した。

「粘土、作ってみろ」

サソリは両手をデイダラから離して言う。デイダラは言われるがまま鞄に手を入れ、口に起爆粘土を含ませた。

「……お」

たちまちその眼は輝き出し、顔がほころんだ。デイダラがその両手を二人の間に突き出すと、そこから蜘蛛の形をした粘土が生まれてきた。そしてデイダラが印を組むと蜘蛛は煙を出して一回り大きく変化した。
デイダラはサソリを見つめる。

「音忍に解かせた時だいたい術式はわかった」

先程までとは打って変わり明るいオーラを放つデイダラに、サソリは言った。

「そんだけ?…凄ぇな、うん…」

デイダラは驚きの眼差しを向ける。サソリは意味無く、部屋に配置されている簡易ソファーに目をやった。

「…まぁ俺は大蛇丸と組んでたからな。知ってる事は多々ある」

デイダラは「あー…」と納得したような声を出した。サソリは本棚を見つめていた瞳を正面の相方にずらし、無感情な口振りで付け足す。


「ついでと言っちゃなんだが…大蛇丸の奴、てめぇを好きっぽいぞ」


部屋に反響した気がした。
デイダラは無言だ。若干白目をむいている気がするのは気のせいだろうか。

「今回の音忍、アイツが仕向けたのは言うまでもない。そしてこの後は俺の推測だが…」

サソリは一呼吸置いて続けた。

「アイツの狙いはお前だったのかもしれん」

ちなみにサソリは自分で言っておきながら
"キモい"と思った。デイダラも、

「キモい」

と呟いた。
サソリは顎に手をやり、考える仕草をとる。

(イタチ達が音忍に攻撃されたのも…"邪魔が入らないようにするため"…)

大蛇丸は最初からデイダラ一人を狙っていて、イタチも鬼鮫もサソリも、"足止め"をくらっただけだったかもしれない。


「パッと見でわかるだろうが大蛇丸は変態だ。お前をどうしたいのかは変態じゃない俺にはわからない」

「嘘だろ……」

何気なく大蛇丸を罵るサソリと、青い顔で宙を睨むデイダラ。
大蛇丸という男が所謂"そっち系"っぽいことを決して口に出さないのは、メンバー全員の暗黙の了解。それをサソリは口に出してしまった。まだ若い青年デイダラの心を僅かに抉った。

「また会いに来るんじゃないか?…お前に」

サソリは追い討ちをかけるが、デイダラは
"勇敢な眼"をして立ち上がった。

「粉々になるまで爆破してやる…!うん!」

いや、"勇敢の眼"ではなく"軽蔑の眼"だった。明らかにデイダラは蔑んでいた。サソリは失笑する。

互いに静かになった。

デイダラは手の上の蜘蛛を鞄に戻し、また別の粘土を含ませている。

「…大蛇丸に攻撃されたとこ、大丈夫か」

サソリはデイダラを見つめるが、座った目線のままなので彼の膝しか見えない。そしてデイダラもサソリを見るが、立っているので赤い髪のつむじのみを見つめた。

「今は別に。……なぁ旦那…?」

サソリは「ん」と返事した。

「アイツとオイラと…アンタはどっちの相方としてやるのが良かった?うん」

デイダラは再び胡座をかいた。サソリは目線の相手がデイダラの膝から瞳に変わったので目をずらした。

「お前がそんなこと知ってどうなる」

デイダラは目を細め、息を吐いた。

「どうもならねぇな、うん」

少し自嘲気味にそう言った。
サソリは無表情にデイダラを見つめる。

「芸術感としちゃあ大蛇丸の方がよっぽど合う。変態だが要領は良いしな」

デイダラは眉を下げて笑った。

「そっか」

サソリは右手を伸ばしてデイダラの頭に乗せた。

「でも今はてめぇと組んでるんだ。不服だがてめぇの相方だ」

そして優しく微笑んだ。
デイダラは舌打ちした。

「オイラも不服だよーアンタと組むのは」

サソリは彼の頭を撫でてやった。


―――――――――――――――


その後イタチはペインにこの件について報告した。

「大蛇丸は全力で片付ける。速やかにな」

暁内で大蛇丸排除の強化が進んだのだった。




fin.


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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