逃走の蛇 2

鬼鮫がイタチを発見したのは、戦闘が終わった少し後だった。
イタチの足下にはフードで顔を隠した忍達が何人も転がっている。鬼鮫は相方に声をかける前に忍のフードを上げた。

「音隠れですねぇ…」

かがんで倒れた音忍の額当てを見つめる鬼鮫に、棒立ちしていたイタチは言う。

「鬼鮫、…注意した方がいい。この忍達の狙いは俺達の力封じだ」

彼の漆黒に戻った瞳はただ地に伏す忍達を映している。鬼鮫は忍から目を離し立ち上がった。怪訝そうな表情から、イタチの言葉にイマイチ納得していないことがわかる。

「何者かの差し金ですか?」

鬼鮫がそう訊ねるも、イタチは無表情だし地面の忍達は意識が無いし、応えてくれる声が無かった。

「先程、私達が目眩ましで引き離されたのも…これと同じ人間が?」

鬼鮫の更なる問いかけに、イタチは少し眉をつり上げた。


「俺達"暁"の戦力を奪おうとしている」


―――――――――――――――


デイダラは直立した状態で先手を打つかどうか考えていた。その眼は片時も前方の人間から離されない。しかしそんなことは気にしない大蛇丸は喋り出す。

「どうやら相方と喧嘩したようね…。いいのかしら?」

常にニヤニヤと笑い、独特な眼が長い黒髪の間から覗かれる。デイダラはしかめっ面のまま口を閉じている。

「私一人で喋っても愉しくないわ…」

大蛇丸はそんなデイダラに痺れを切らしたのか、ゆっくり一歩、デイダラに近づいた。デイダラは一歩下がる。両手は腰の鞄に突っ込みながら。

「サソリは元気にやってるかしら」

喋りながらまた一歩、近づく。デイダラは鞄の中で強引に粘土を両手の口に入れさせた。

「あなたはサソリと組んで何年なの…?」

そしてまた一歩、彼が近づく。デイダラは三歩下がり両手に集中した。しかし、粘土が形作られることはなかった。両手の口は咀嚼した粘土を吐き出してしまい、全く機能しない。

「ねぇったら…」

大蛇丸が更に一歩近づいたのでデイダラも下がった。しかし一歩といえる程に足は後方へ動かず、何かにぶつかった。と思ったら同時に背中にも違和感。
それもそうだ。木がある。

(まずい!!)

次の時には、大蛇丸は手刀をよこしてきた。デイダラは直ぐさま屈み、木にめり込むそれをなんとか避けた。デイダラは低い体勢から相手へ足払い。大蛇丸はバランスを崩したが片手を地につけ宙を舞った。彼が次の構えをとる前にデイダラは距離を詰める。拳を大蛇丸の顔面に当てようとすれば手首は捕らえられ。なのでその大蛇丸の腕を掴み返し、身体を捻り背負い投げをした。大蛇丸は背中を地に打ちつけたが、仰向けの口を大きく開けたと思うとそこから何匹もの蛇が飛び出してきた。

「っ!」

デイダラは間近すぎてかわせなかった。急いで後方に跳んだが、蛇は足首に絡みついた。蛇はデイダラを強い力で引きつける。その勢いを利用して大蛇丸は彼の右胸に手の平を鋭くぶつけた。ドシッ、と鈍い音がした。

「ゲホ……っ!」

デイダラは一瞬息が止まった。脳がぐらついたような感覚に陥り、口から赤いものが落ちる。
蛇が大蛇丸の口内に戻ると、デイダラは受け身もとらず地に崩れた。

「これで右の肺はしばらく機能しないわ…」

大蛇丸はゆったりと立ち上がり、四つん這いになったデイダラを見下ろした。

「フフ…、お得意の起爆粘土は使わないのかしら…?」

デイダラは大蛇丸の声が遠くにあるような気がして、意識も遠いように感じた。

「ぅ…っせぇ、な…」

短い言葉を発するだけでも体力を削った。呼吸の仕方が異常で、酸素がろくに吸い込めない。大蛇丸に対し怒りが沸くが、それどころではなかった。

「そうよねぇ、私の部下の術は結構しつこく付き纏うから…。あなたの技は無理よね…クク」

デイダラは"前の音忍はやっぱり大蛇丸の手下だったのか"と、心の中で呟いた。

(サソリの旦那、ビンゴだぜ)

そして、なるべく静かにゆっくり呼吸しながら地から両手を離し、足で立とうと試みた。すると足自体は震えることなく身体を支えてくれたが…、意識がどうにも飛びそうだった。
それでも彼の蒼い眼は大蛇丸を強く睨む。

「若いわね。あなたの爆破術がもう少しこの忍世界で通用したなら…あなたの身体をいただくのに」

大蛇丸はデイダラの眼差しに見入っている。しかしデイダラは己の忍術を遠回しに否定されたことに腹を立てた。

「…てめー、は、俺が殺っ……」

息も絶え絶えに宣戦布告しかけた彼はしかし、胸を掴み、顔を歪める。

「…っ、ぁ゙……」

デイダラはいよいよ呼吸困難に陥った。大蛇丸が見つめるその場で、力無くパタリと倒れ、遂にその意識が失せた。

大蛇丸は薄笑いを浮かべ、地面に横になりぐったりと動かないデイダラの金髪を撫でた。

「サソリの相方、ね……。…面白い」


―――――――――――――――


サソリに胸ぐらを掴まれた忍は身体中に赤黒い発疹が出ていた。

「早く俺のチャクラを戻さねーとお前、死ぬぜ」

サソリはそう言ってからすぐ「戻しても死ぬがな」と付け足した。
デイダラと分かれて数十分後にサソリは思惑通り音忍の襲撃に遇っていた。そして猛毒の煙玉や毒が塗られたクナイなどを用いたことで見事返り討ちにしたのだ。目的のことを聞くため一人をおいて、残り二十人近い忍全員は殺した。
そして今、もちろん毒をくらわせ弱らせた一人の忍に詰め寄っているのだ。

「音隠れの忍なら例え違う奴がかけた術でも解けんだろ…」

サソリが無表情で言った。忍は己がそのうち毒が周りきって死ぬということに絶望しながら、印を組んだ。

「わかった、術を解く…」

忍の小さな掛け声の後、サソリが試しに指を動かしてみれば、チャクラ糸が現れた。サソリは両手を見つめて息を吐いた。

「この術、解かなくても時間が経てば治るか?」

そしてそう訊いた。
忍はうつ伏せに倒れ、虚ろな瞳で答える。

「俺達は知らない…この術を伝授して下さったのは…大蛇丸様だ…」

そしてゆっくり絶命した。サソリは眉間に皺を寄せる。

「あのカマ野郎…」


しかし目的は果たした。


―――――――――――――――


デイダラはふと目を開けた。生きてる、とだけ思った。

「音隠れといえば私の中で浮かぶ人物は一人しかいないんですが…どうでしょう?」

「そいつ以外いない」

デイダラのぼんやりした視界は普段の自分のものより高く、しかも歩いている。なにやら話し声も聞こえ、その声は二つとも聞き慣れた人物の声だ。

「…おや?デイダラが気がついたようですよ」

常に敬語の鬼鮫の声と、

「そうみたいだな」

抑揚の無いイタチの声だ。

イタチと鬼鮫はあれから森をひたすら進み、偶然倒れたデイダラを発見していた。意識が無く真っ青な顔のデイダラに急いで駆け寄るイタチは、鬼鮫から見れば"かなり必死だった"らしい。それは相方を務める鬼鮫にしかわからない変化だった。

そうして現在、イタチはデイダラをおぶって歩いている。デイダラは意識は戻ったものの、二人の話に耳を傾けるのがやっとだった。右の肺は潰されなかったため機能はし始めているが、衝撃が消えない。

「お前サソリと離れて何をしていた」

イタチは自分の背に乗る彼に問うた。口調は淡々としている。横で鬼鮫は「無理だと思いますよ」と肩をすくめた。

「…オイラ……」

デイダラは直感的に、次はサソリだと思った。イタチの肩を小さい力で叩き、「降ろせ」と伝えた。

「旦那…探さねぇと」

鬼鮫はデイダラがイタチの背から降りてふらふら歩き出す姿を見つめた。イタチは核心に迫る。

「大蛇丸と戦ったのか?」

デイダラの足は止まった。

「どうしてそんな怪我を負った?」

イタチはデイダラに質問しておきながら、おそらく"わかって"いる。デイダラはイタチを睨む。

「…オイラは粘土使えない。だから…」

生気の無い声でデイダラは呟き、後半は言葉を濁した。ちなみに「だから」の後は「負けた」が入る。
鬼鮫は笑って言った。

「で…、大蛇丸は暁を狩ろうと?」

口調はかなり愉しそうだ。
デイダラは舌打ちする。

「裏切り者は殺す…狩るのはオイラだ」

しかしそこでイタチが口を挟む。

「大蛇丸はなぜデイダラを殺らなかった?"戦力を削ぐ"以外の目的でもあるのか」

その疑問にはデイダラも賛同だ。あの時に息の根を止めなかった大蛇丸が不可解で仕方がない。

「とにかくサソリさんを探すなら私達も一緒に行かせてもらいますよ」

鬼鮫がそう言い、イタチも鬼鮫派という感じだ。目的は大蛇丸の首である。
デイダラは渋い表情で唸った。

(今は一人で行くのは賢くねぇ…か)


―――――――――――――――


サソリは森を抜けた平地で巻物からヒルコを出し、早速チャクラ糸を調節したりとメンテナンスに勤しんでいた。相方は二の次だった。

「おーい!」

しかしそんな彼のもとへ、探す予定だった相方が走り寄って来たのだ。

「!…デイダラ、」

サソリは正面から己を見つめてくるデイダラに気づくと、ヒルコを巻物にしまった。

「チャクラ戻ったのか?良かったな!」

デイダラは軽く笑顔を浮かべ、ヒルコをしまうサソリに言葉を贈る。サソリは無表情。

「あぁ、おかげさまで。てめぇはどうなんだ」

彼等の距離は三メートル程。サソリは話しながら距離を詰める。

「まだだぜ。ほんと不便だよなー」

デイダラは頭を掻いて「参ったな」と肩をすくめた。チラ、とその眼はサソリが動くのを捉える。

「…デイダラ、」

サソリが僅かに体勢を低くとる。


「なんだよ?サソリ」


デイダラが首を傾げた時、サソリは地を蹴った。一瞬でデイダラの首をクナイでかっ斬った。デイダラは少し目を丸くさせた後、ドサリと倒れた。


静寂…。


サソリは冷酷な眼差しを送り続ける。
すると、

「…クク……酷いじゃない、相方を斬るなんて…」

と、沈黙を破るように倒れた彼は喋り出した。その声は先程までの彼のものではなく。金の髪はどんどんと黒へと変化した。

「お前の相方は昔に終わったんだぜ…大蛇丸」

サソリは、変化し続け大蛇丸へと変わる相方を睨んだ。

「俺の今の相方は俺を名で呼ばねぇ…。覚えとけ」

変化の術が解けた大蛇丸はむくりと起き上がり、サソリを見据えた。

「なるほど…迂闊だったわね」

その首は血が止まり、既に塞がっていた。

「あなた達って随分…、いや…いいわ」

サソリは「あ゙?」と顔をしかめる。

「相方、可愛いわね」

大蛇丸は最後にそう言い、煙に巻いて姿をくらました。
逃亡した彼に、サソリは舌打ちする。しかしクナイは投げ捨てた。

「……まぁでも今はいい…」

(お前を殺すタイミングは決めてある)


そして事が幕を閉じた。ほんの一日の出来事だ。







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