植物は大切に

なんだか最近食欲が無いとは思っていたが…。今日はなんと吐き出してしまった。何を食べたか記憶に無いが、腐っていたわけではないことは覚えている。

「病気だ病気、うん」

そう言ったのはサソリの旦那だった。オイラの口癖が移ったわけではなく、"強調"という意味が込められているだけだと思われる。
それにしても、オイラは小さい頃からあまり病気にかかったことが無いのだ。旦那の予想通りにいかせるものか。

「アジトに戻るまでは倒れたりしても俺は助けない」

旦那はヒルコの中でそう呟いた。

「アジト内なら助けんのか?うん」

オイラが茶を啜りながら訊けば、旦那は「助けない」と即答した。なんなんだ。

オイラ達は小里の宿の一室に居た。仕事は済んだので後はリーダーに伝えて終了なのだが、小腹が空いたオイラは宿に入り込んだのだ。そして飯を少しばかり食べたところ気分を害し、部屋から身を引き便所で嘔吐。旦那は部屋でもヒルコに引き籠りっぱなしだ。なぜか訊くまでもない。旦那はさっさとアジトに戻りたいのだ。

「んじゃあ戻るか。悪ぃな旦那…うん」

オイラが湯呑みを盆に置くと、旦那はのっそりと部屋から出て行った。オイラも行こうと立ち上がったが、目眩がして足がふらついた。なのでしゃがみ視界の歪みが治るまで大人しくしていた。

「早くしろ…」

すると旦那が戸口まで戻りオイラを呼びに来た。オイラは適当に返事をして素早く立ち上がり部屋を出た。

見られただろうか。



もし急激にまた立ち眩んだりしても旦那にバレないよう、数歩後ろを歩いた。しかしそんな配慮も意味無く、アジトまでの道のりでオイラは無事だった。なぜ旦那にバレたくないのかは自分でもよくわからないが、まあ男が情けない姿を晒すのは恥だと感じたのだ。


「報告ご苦労。お前達の任務は終わりだ」

組織リーダーのペインは幻影姿でアジトに到着したオイラ達にそう言って、そして消える前に「あとデイダラ、小南がお前に用がある」と付け足した。


「小南はいつもどこに居るんだ?うん」

リーダーが跡形も無く消えた後、オイラは疑問を旦那に投げた。

「知らん」

しかし旦那から求める回答が来るわけもなく。オイラは小南を探しに歩いた。
アジトに小南の部屋は存在する。しかし基本雨隠れにいるリーダーにつきっきりの彼女は、そこにいることはまず少ない。オイラが雨隠れに行けばいい話だが…、陰気なあの里は嫌いだった。

歩くのが億劫になったオイラは、青空の下、草の上で粘土製の鳥を飛ばしてボーッとしていた。すると鳥の傍を奇妙な形状の蝶が通った。紙で造られた、小南の蝶だ。

「すまない、探したか?」

小南は草の上に座るオイラの横に立った。女性らしくない彼女の言葉使いも低めの声も、聞き慣れている。

「…いや」

オイラは頭上で戯れ遊ぶ鳥と蝶を見つめながら答えた。
小南は静かにその場に腰を下ろし、おもむろに一輪の花を出した。どこから出したのかは謎だ。

「これを」

小南は短く喋り、花を渡してきた。花は白く、とても小さかった。

「この花が…なんだ?うん」

オイラはひとまず花を受け取り、無意識的に匂いを嗅いだ。人は花を触るとなんとなく匂いを嗅ぎたがる。
しかしオイラは後悔した。
匂いを嗅いだ途端、激しい吐き気を催したのだ。さすがに吐きはしなかったが、花を小南に突き返して両手で口を覆った。その横で彼女は無表情だった。

「毒の花か!?うん」

涙目になりながら彼女を睨むと、その反応は実にやりづらい感じだった。

「いいえ」

無表情のまま白い花を今度は小南が嗅いでいたが、何も起こらない。オイラが不思議そうに花を見ていると、彼女は喋り出した。

「この花は雨隠れに咲くの。香りは"白米を炊いた匂い"によく似ている」

よくわからないが毒ではないのだ。彼女はうっとりしながら花の匂いを嗅いでいる。その姿勢で言葉を続ける。

「妊娠している女性はこの香りを嗅ぐと、大半は吐く」

オイラはますます理解不能だ。いきなり"妊娠している女性"がなぜ……

なぜ……?


「…………え?」


オイラの思考が止まる。

「妊娠、していると、吐く」

小南はもう一度、重要部分を途切れ途切れ喋った。

「…あんたの言いたい事は…つまり?」


「お前は妊娠しているかもしれない」


まず耳を疑う。突っ込みたい箇所は幾らかある。むしろ突っ込まない箇所が無い。

「話は終わりか?オイラは行くぞ…、うん」

早くこの場から去ろう。自室に戻り作品作りに集中しよう。

「デイダラ、検査を受けない?」

足早に去り始めるオイラを気にせず話を進める小南…。思わず足を止めてしまう自分。

「私に任せれば大丈夫よ」

心底意味不明だし理解に苦しむ話だ。
しかしオイラの決心が揺らぐのは、相手が小南だからだ。もしサソリの旦那だったら「冗談キツイぜあっはっは」で終わりなのだが、小南は冗談を言う人間ではないのだ。"リーダーと小南=堅物"という印象はメンバー全員が持っている。
そんな彼女に「妊娠している」などと言われると、確かに馬鹿みたいだが、今まで思い当たる節があったような気もする…となる。

「雨隠れに共に来なさい。知り合いに医師がいる」

小南はオイラの手を引き導こうとしている。だがオイラはそれを拒んだ。


「一番重要なことがある。それは、オイラが"男"ってことだ」


頭上ではまだ鳥と蝶が仲良く追いかけっこを楽しんでいる。

「この忍の世界で常識はなかなか通用しないわ。あなたは掌に口があるし、私は紙になることができる」

彼女は「だから男が妊娠してもおかしくない」と言いたげだった。その理屈には納得だが…勝手が違いすぎる。

「ありがた迷惑だぜ小南。悪いがオイラはアジトに戻る、うん」

小南の反応も見ず、小走りでオイラはその場を後にした。




視界から小南が見えなくなってからは自室に入るまで全速力だった。中に入って扉を勢い良く閉め切り、そのまま扉を背にへたりこんだ。息切れが半端じゃない。

「はぁ…」

呼吸を落ち着けてじっとした。身体が異常に熱く、だるい。

…冷静になってよく考えよう。いや、冷静になるまでもない。世界の生命体で雄が妊娠するなどという例は聞いたことがない。小南が何を言おうとオイラはただ具合が悪いだけだ。風邪だ。風邪だ風邪だ普通の風邪だ!


「おいデイダラ、開けろ」

その時背中にドンドンと振動が来た。「ぅおっ…!!!」なんて叫びかけたオイラは相当焦っている。サソリの旦那は珍しくノックをしたらしいのだが、今はオイラを不安へおとしめんとしているようにしか感じない。
とは言え通路に放置するのも悪いので扉から身を退くと、生身姿の旦那が颯爽と進入してきた。

「人柱力に関して最近手に入った情報をまとめた資料だ」

そう言って旦那は数枚の紙切れをオイラの眼前にひらつかせた。しかしオイラは"心ここに在らず"だった。

「…てめぇまだ調子悪いのか」

見兼ねたのか旦那は溜め息を吐き、座るオイラに目線を合わせ、同じく座りこんだ。こういう時旦那はすぐに察知する。

「………っう…」

と、また吐き気だ。目の前に旦那がいるのにオイラの身体は空気を読まない…。吐き気が治まるまでずっと俯いていたが正面からの視線が痛い。ちらりと様子を伺えば冷たい眼が刺さった。なのでオイラは渡された資料を見た。

「…あー…えーと…。へぇ〜滝隠れで目撃か…」

しかしかえってわざとらしいオイラの態度に奴は苛ついたそうな。また溜め息を吐かれた。

「…デイダラ、小南に言われたことを話せ。どうせてめぇの体調に気づいてたんだろう。女は目敏いからな…クク」

鋭い視線のまま喉の奥で笑う旦那は不気味だった。
全てお見通しという顔をしているのでオイラは…ボソボソ呟いた。

「………に…」

「あぁ゙?」

その単語を口から出すことが嫌で嫌で。しかし旦那は「声が小さい」と言いたげなしかめっ面で耳を近づけてきた。

「…にん………、妊娠してる…とかなんとか…」

オイラは頭を掻きむしりながら言った。旦那を見やると、奴は正に"魂の抜けた傀儡"の顔になっていた。

「…………お前は…頭がおかしかったのか」

そしてそう呟く旦那は完全にオイラを蔑んでいる。

「俺…お前とコンビ組むのはもう嫌だ…」

旦那はゆっくり立ち上がり部屋を出ようとした。のでオイラは急いで旦那より早く扉の前に立ち、行く手を阻んだ。

「も、もし…検査してマジだったら…?」

オイラは真っ直ぐ旦那の眼を見た。

「子宮があるってのか…てめぇは」

旦那は無表情だが、十分"面倒臭い"という気持ちがこちらに伝わってくる。
質問にオイラが「無い」と答えると、奴は目を細めて「だろうな」と言った。

その後は互いに静まった。


「……、じゃあ試しに検査受けて来いよ」

沈黙を破るように、旦那は口を開いた。

「それで"誰の餓鬼か"調べてもらえ」

「おい、旦那……」

そう言うと愉しそうにニヤニヤして、オイラを退けて部屋を出て行った。


………………………。

「…………。………ハハッ、まぁありえねぇけどな!うん」

部屋で一人、オイラは鼻で笑ってやった。
虚しく響いた。


―――――――――――――――


デイダラが頭のおかしい発言をした翌日、俺は一応相方として"その件"について気にかけた。小南の検査を受けたらしいデイダラのもとへ行った。

「で…餓鬼の親父は誰だった?」

気にかけるとは言っても面白がっているだけだがな。デイダラが「妊娠なんてしてねーよ」と言って怒り出す、という反応を心待ちにしていた。
だが…

「……旦那……」

デイダラは俺の言葉を素通りし、ただ呆然とこちらを見つめていた。
意外な反応に俺は顔をしかめる。

「ヤバいオイラ……体内のアイツにとり殺される…」

デイダラは青ざめた顔でまた"吐きそう"な状態だ。
俺は目を見開く。

「何言ってる…?てめぇまさかマジで妊娠……」

「違う!…けど違わない…」

言いかけた言葉はデイダラに砕かれる。いや…砕かれたようなそうでないような。「どういう事だ」と訊けば答えはきた。


「ゼツの胞子だ…。オイラの体内で目覚ましい成長を今現在も続けてる…うん」


なんと餓鬼の親父はゼツだった。

「近々オイラの皮を突き破り…産まれる」

そして確かに妊娠しているような微妙な状態だった。

「大分前オイラの芸術がゼツの分身胞子に直撃したらしくてな……それで」

「ゼツの復讐か」

俺がデイダラの元気の無い言葉に続くと、奴はゆっくり頷いた。
さすがゼツも"暁"のメンバーなだけある…。恐ろしい技だ。胞子は母体であるデイダラの養分を吸い尽くして成長するのだろう。
というか、つまりコイツの自業自得。僅かばかりだが心配した俺は大層間抜けだ。

「…早く産まれるといいな。俺、出産には立ち会うぜ」

俺の素敵な言葉にデイダラは無表情になった。

「腹の餓鬼もろとも自爆してやる…心中だ」





最終的にその後リーダーが状況を理解し、「仲間同士で戦力潰しはやめろ」と言ってゼツに胞子を死滅させたらしい。
小南は事件解決に少し残念そうにしていた。


俺も一つ言わせてもらうと、

「あんな状況下でも俺のこと"旦那"って呼ぶんだな……あの馬鹿」


なぜ期待などしたのだろう。




fin.


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