お悩み相談

以前廃れた町を歩いていた時に俺の耳に入った言葉。

「おじさん、」

発したのは幼き少年であった。
俺の正体など知りもしないそれに対して、我が衣の赤い雲に意味は無かった。

「こんにちはー」

少年は俺に向かって元気に挨拶。親の教育が良いのだろうとかそんなことを一瞬考えて、俺は先程の代名詞を反芻したのだ。

おじさん…。

改めてよく考えてみると、俺はおじさんである。相方が俺を何と呼ぼうが慣れてしまって気づかずにいた。
尤も今の俺の姿はヒルコなので、少年はそれを見て感じたことを言ったのだ。よって十代半ばの姿で老化を止めた"俺自身"を見ればおじさんとは言わないだろう。

それでも、こんなにも少年の言葉が印象強く耳に残っているのは、"俺自身の精神"こそが「おじさん」だからだった。



「つーわけで、どう思う」

「…………は?」

所はアジト、俺の部屋だ。
暇そうな相方を招き、例の話をしているわけである。

「は?じゃない。今の話聞いてただろうが」

町での少年とのやり取りについて説明したところで相方は阿呆面だ。しかし唸りながら状況が飲み込めたらしいそいつは、顎に手をあてた。

「オイラから見て、か?それとも一般的にか?」

相方は意外にも意欲的に応えてきた。

「てめぇの場合はよく俺のことオヤジとほざくからな…決定的だろ」

「…確かになぁ、うん」

かなり堪に障るのだが今は目を瞑ろう。我慢出来なくなった時に殺せば良い。

「つか一般的でも…決定的じゃねぇか?うん」

相方はそう言いながら鼻で笑った。殺したい。
なぜこんな奴に答えを求めているのかと言われれば、奴が若いからだ。俺が身体を初めて改造した時に、まだ産声をあげてさえいない。

「………餓鬼め」

聞こえない程度に呟いた。

「ところで旦那、何で今更自分を見つめ直してんだ」

奴は片方の眉を吊り上げ、続ける。

「何か嫌なことでもあったのか?うん?」

それは、少年におじさんと言われたことだ…というか今お前に伝えた話の内容そのものだ、馬鹿野郎。だがしかし、嫌なことと断定すべきことではないと思っていたし、仮にそうだとして相談するほど繊細なのだと勘違いされたくはない。

「そう…勘違いするな」

「何が?」

決して傷心の身にあるわけではない。
時の流れなど関係無くなり、鏡に移る俺の顔には皺も白髪も存在しないために、自分が三十路をとうに越えていることを忘れかけていた…わけでは…決してない。

「まぁアレだぜ旦那。抗いようもなく態度に出ちまってんだから仕方ねぇよ、うん」

おっさん的な部分がな。と締めくくる小僧…。明らかに此方を挑発した笑みを浮かべている。本当に、俺の神経を逆撫でする才能に秀でている。
俺は毒針をデイダラに投げつけた。

「そんなに気にしてんならここは一つ、オイラに案があるぜ」

奴がクナイで弾いた毒針が進路を変え、壁に刺さった。

「その見た目に合う素振りを保つんだ!うん」

俺が口を挟む隙など与えまいと、デイダラは意気揚々と案を提示してくる。聞きたくもない内容が耳に入ってくる。
しかし元はと言えば俺が蒔いた種だ。奴の話を参考にしてやらないこともないか。



ある日、傀儡の仕込み用に資金を貰おうと角都のもとを訪れた。今回は無論、本体の姿で。
角都は俺達が留まるアジトからそれ程遠くない小国の、人が寄りつかぬ洞窟にいた。中は広く、持参した蝋燭一本の灯りのみが頼りである。
角都に予め指定しておいた金額を手渡され、この額で間違いないかと訊かれた時だ。

「うん」

俺がそう返事をすれば、向かい合う角都だけでなく、付近で横になっていた飛段までもが反応を示した。二人共、特に何か言うでもなく視線を宙へ彷徨わせる。そして飛段はすぐに目を閉じ、寝る体勢を整え始めた。

「じゃあね」

俺が別れを告げ立ち去ろうとすると、角都の若干狼狽えた声が「待て」と制止の言葉をかける。

「……灯りを置いていけ」

奴は何か言いたげな間を空けてから、俺が手に持つ蝋燭を指差した。所望されたそれを素直に渡し、二つの視線を背中に受けながら俺は洞窟を出たのだった。奴らが何か話しているのが僅かに聞こえたが、内容まではわからなかった。
まあ大体予想は出来る。俺の言葉遣いに関してだろう。


(正直阿呆臭い)

そう、デイダラの案を試してみたのだ。
ヒルコから出て、この少年の姿で人と対峙する。役作りとしては里にいた頃の、ババアに素直に従っていた頃の自分を思い起こしているつもりだ。
「おじさん」と言われる所以は、でかい態度にあると相方は言った。ならば謙虚であればいいんだろう?


「どうだった?うん」

徒歩でアジトに戻り自室へ入れば、そこに居ることが当然であるかのような顔をしたデイダラが待ち構えていた。作業用の机に腰を下ろしていやがったので蹴りを入れる。

「不審に思われたっつーの」

俺は金の入った袋をいそいそと収納箱へしまう。出掛け前に修理していた傀儡の腕が床に放ってあったので、拾ってからソファに腰かけた。

今になって角都達の芳しくない反応にショックを受け始めた。そもそも芳しいはずも無いのだが。

「クク…どうせ俺はおじさんだ。おじさんぽいのは当たり前だろ」

「拗ねんなよいい歳して…うん」

いい歳だと。
…そうか。この実年齢では普通しないことをすれば。要は若者がするような事を真似れば、この見た目にそぐうのかもしれない。
いやしかし、若者がする事とは何だ。

「おい…サソリの旦那?」

そういえばいた。若い奴が目の前に。
だが駄目だ。俺が言うのもなんだがデイダラは自身の世界に籠る性格故に、恐らく友人などいないだろう。仮にいたとしても、己の趣味を押しつけるせいで引かれて縁を切られるのは目に見えている。
他に身近で若い奴は……

…………。

「はぁ…」

何を馬鹿な事を考えているのだろう。

傀儡の腕から視線を外し、ソファの背凭れに腕を乗せて天井を見つめた。

俺が若くないのは事実、身体が朽ちなくとも精神が老いるのは仕方のないことだ。あの日、心を捨てきることが出来ていればこのような事態にはならなかったはずだが。

この話題について触れるのはもうやめだ。
俺はおじさん。あの餓鬼の言う通り。

「どうせてめぇもすぐ中年になる。そしてどこかの餓鬼におっさん呼ばわりされろ」

ざまーみろ。皆おじさんというカテゴリーを通るのだ。
俺は粘土を弄くる相方に言い放った。

「………」

新たな傀儡でも造るか。
そう考えていると、床に座っていたデイダラが、素早く俺の目の前に仁王立ちした。俺が目線を天井から奴の眼へと移すと、奴はニヤリと笑う。


「かっこいいじゃねぇか、おっさん」


そしてそう言った。
その一言で何故だか揺れる心が落ち着いた。
あぁ、永久に維持することを求めないこいつは、こういう奴だった。

「そうか」

「そうだぜ、うん」

そうだな。
そういうことにしてやろう。




…そして彼らは。

「なぁ…角都…、ブフッ」
「黙れ飛段」
「お、お前も実はマスクの下で笑ってんだろ?ふひっ…ひひひ」
「ぐっ……黙れと言ってるだろう」

何かがツボにはまり、面白おかしくなっていた。そしてサソリを恨まずにはいられない角都であった。




fin.



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