狂犬病 3
アジトは崩れ岩の山。天井など既に無いが、急遽集合したために気にしないことになった。
メンバーは殆ど皆実体で集まった。実体だからこそわかる、熱が下がらぬまま暴走した者は疲労困憊といったところだ。
「さぁ…誰から話す?」
まず口を開いたのはやはりリーダーである彼。しかし普段のような抑揚の無い声ではない。相当トーンが低く、苛ついていることはその場にいる誰もが気づいていた。加えて彼の両足は履物も失せ、火傷で皮膚が爛れている。右手から血を滴らせる爆弾魔はそれを盗み見ては渋い表情を作った。
「蚊に刺されたくらいしか思いつかねぇんだが、…蚊だぜ?」
垂れた髪を上げる余力も無いのか、飛段は前髪をはらいながら怠そうに呟いた。メンバーのボロボロな姿を疑問に思いながら。
「多分その蚊は通常のそれではない。何者かのチャクラを既に吸っていて、飛段を刺した時にチャクラが移ったのよ」
唯一幻影の姿でいるため身体の具合が周囲にわからないが、全くの無傷である小南がゼツから得た情報をもとに言った。
「そのチャクラは憎しみという感情が強く反映されたものだったの。だから感染した貴方達は辺り構わず攻撃したのだと思う」
本意ではない戦いで負傷した者達が、それを聞きげんなりした。知らぬうちに仲間に手を出し、多大なる被害を招き、自身までもが疲弊している。納得がいくはずない。
「記憶のある奴はいるか」
ペインがそう訊いても応える者がいない。
ばつが悪そうにして口を開かない鬼鮫やデイダラは正常そうだが、イタチや角都は目を伏せ微塵も反応しやしない。話を聞いているかすら怪しい。
「おい…こいつら大丈夫なのか」
周囲を睨みながら呟くサソリに、小南が助言する。
「貴方のチャクラを流してあげたらどうかしら」
サソリは「なぜ俺が」と舌打ち、先程戦いの後に試さなかったのかとペインに訊けば、「俺のチャクラはやめた方がいい」と返される。
「他人のチャクラを取り込むのは繊細なことですからね」
控えめに割り込む鬼鮫に、いつもの覇気は無い。サソリはしかめっ面を保ちながら、そばにいる角都の肩へと手を伸ばす。そしてそれが触れようとした時、角都がその手を叩いた。
「……いらぬ世話だ」
加えて、彼がこの場に来てから初めて喋った。彼の人間とは思えぬ色合いの瞳がサソリをゆるりと見ると、目が合ったサソリは速やかに後退した。
「………俺も問題無い」
警戒するサソリ達を他所に、イタチは自己完結するかのように一人呟いた。彼の声を久しく聴いていなかった気がする。明らかに問題だらけだ。
飛段は角都を信用ならぬと指差し、掠れた声で叫ぶ。
「さっき森であいつに殺されそうになったんだぜ!」
そして角都も凄み、反論する。
「…貴様も散々暴れただろう」
不死コンビがガンを飛ばし武器を手にかけそうな空気を生んでいるので、ペインは「落ち着け」と睨みをきかせた。
「…取り込んだチャクラはそのうち抜けるものだ。それまでくれぐれも妙な事を仕出かすなよ」
ペインの言葉に角都やイタチはやはり返事をしなかった。再び暴走する自信があるとでもいうのだろうか。
サソリが苛立ちのあまり口角を吊り上げる。血の通わぬ彼もそろそろこめかみに青筋が立ちそうだった。こんな不毛なことで自身の作品をこれ以上減らすのは勘弁だ、と。
相方の怒りに触発され、むっとしたデイダラが口を挟む。
「オイラ達だって好きで暴走したわけじゃねぇぞ…うん」
感染したメンバーを擁護するその発言に、九人の意見が二分化する。
「結局抑えるのは俺達なんだからな」
一方は奇行に走る者に振り回された組、ペイン、サソリ、小南、ゼツ。ただの風邪っぴきを看病する方がよっぽどマシであったとサソリは言う。
「まさか無意識のうちに自分が暴れるなんて夢にも思いませんよねぇ」
他方は知らず知らず暴走し、風邪だと思い込んだ症状が実はチャクラ流しだと後になって知った組、鬼鮫、デイダラ、飛段、角都、イタチだ。彼らは未だ熱持ちで、目が充血していて痛々しい。
「つーかお前が蔓延させたのが全部悪いんだろが!うん!」
更にその中で飛段への猛攻撃が始まる。
何で部屋に籠ってなかったんだよ馬鹿野郎。
蚊に刺されただけで寝込めってか。それに、ただの風邪なら大丈夫だろとか思うだろ。
貴様が妙な蚊に刺されなければ。
油断してくれましたねぇ。
いや、たかが虫にそんな神経磨り減らすかよ普通。
絶えない論争…というより子供の喧嘩だ。彼らも、理不尽な状況に腹を立てていたのだ。
「とにかくこれからは些細なことにも注意してくれ」
話し合いのはずが愚痴り大会と化した集いは、ペインの纏めらしい台詞を最後に、強引に終わった。彼は相当疲れたのだろうなと、しみじみ思う小南だった。
暫く感染メンバーに注意を払うようにという命が下り、加えて、今後一つのアジトに全員が実体で集まることは避けろとリーダーは言った。
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「原因だったチャクラは誰のだったんだろ」
「虫一匹ニコンナニ翻弄サレルトハナ」
木の葉隠れが遠目で窺える所。樹木と一体化するゼツがひっそりとそんな会話をしていると、傍らの空間が渦巻いて歪み、男が一人現れた。
全ての事の流れを傍観していたのか、仮面をつけた彼は「そうだな」と相槌をうつ。
「その虫が持ってたのは九尾チャクラだ」
そして結論づけ、男は続けて喋る。
九尾は憎しみが強い生物だ。例の人柱力の餓鬼に食いついた蚊が九尾チャクラを摂取し、飛段を刺した時に移ったんだろう。
木の葉の里を見つめながらそう言った。ゼツは納得したような反応をした。
「全員完治するまでにまだ一騒動ありそうだね」
面倒臭そうにそう言って。
それから数日後、ゼツの予想通り騒動は起こった。
暁の一員が国境付近で動いたという情報が各里に入った。里が手にした情報では、その現場には忍の亡骸と、傀儡の残骸が幾つも落ちていたという。
そう…暴れたのはサソリだった。感染メンバーではなかった彼はしかし、積もる怒りが爆発したのだった。
そして勝手に動いた彼に対し、リーダーであるペインは同情して何もお咎めをくれはしなかった。
「サソリ、イタチに何かあったのか″ って言われたのがトドメだったらしいよ」
「寧ロアノ短気ガヨクココマデ堪エタナ」
厄介ごとに関わらぬようにと、他メンバーはあえて彼に触れないでおこうと決めたのだった。
fin.