狂犬病 2

小さな部屋の入口を隔てて、三人の男が静止している。
病について相談するのは、サソリの筆の流れを見つめるペインと、メンバーの病の状態を記録しているサソリ。突然扉を開け微動だにしなくなったのは、今までかなり具合が悪そうにふらついていた鬼鮫。
アジト内は通路も部屋も薄暗く、鬼鮫は俯いているため、二人の位置からその表情は読み取れない。しかしそれが読み取れなくとも、サソリにはこれから何が起こるかは予想ができた。

なぜなら、鬼鮫は殺気を帯びていた。

サソリはペインからの指示を得るべく、横目に彼を見た。ペインは鬼鮫から放たれる気を無視し、椅子に座ったままの姿勢で机に肘をついた。

「どうした」

そして単調な声でそう訊いた。鬼鮫はその言葉を聞いているか否か不明だが、背負う大刀、鮫肌の柄に手をかけた。サソリは持っていた筆を机に放るとそこから離れ、衣の袖から小刀を出した。

「鬼鮫…」

ペインが喝を入れるかの如く対象の名を呼び、それの応答を待つ。が、期待するようなものは返ってこない。
そして暫しの沈黙の後、遂に鬼鮫が動いた。
鮫肌を勢い良く縦に一振り、けたたましい音と共に刀の先が岩造りの床を大きく抉った。そのまま刀は持ち主により持ち上げられ、今度は横に一振り、屈んだサソリの頭上で空を切った。激しい風が辺りを襲い、土煙が舞う。
空振りの刀が今一度狙いを定め、それがサソリへと向かおうとしたところで、それは横からの衝撃に弾き飛ばされた。その衝撃波は大刀はおろか持ち主である鬼鮫や、その周囲の壁や床ごと、爆音を響かせ吹き飛ばした。数メートル先へ消えた鬼鮫の姿は煙で見えなくなった。
サソリは構えた小刀をそのままに、激しい衝撃波の源をまじまじと見た。いつの間にやら立ち上がっていたペインが、その右手を上げている。

「正気ではなさそうだな」

彼は突き出した手を緩やかに下ろし、鬼鮫の様子を窺う。
サソリは鬼鮫を大いに警戒して睨みつつも、頭では冷静に思考を巡らした。おそらく例の病が関係していると。どう考えても、あの鬼鮫が突然仲間に攻撃を仕掛けるなどと馬鹿な行為をするはずがない。なぜならこの状況下、鬼鮫に勝機が無いからである。となれば彼は何かに操られている可能性が出てくる。それこそが、あの病だ。

「サソリ…鬼鮫の動きを止めろ」

漸くのリーダーからの命令に、サソリは「了解」と目配せした。
煙を斬り裂き、鬼鮫が飛び出してきた。


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雨隠れにいる小南は書庫の品全てを読破した。しかし役立ちそうな情報はあまり見つからなかった。彼女は大きな溜め息を吐き、窓から雨の降る外を見つめた。

「有益そうな情報があるよ」

そこで声。冷えた床から生えてきたゼツはいきなりそう言った。小南は窓の外を見つめたまま、無言でゼツに話の続きを促した。

「やっぱり元凶は飛段だよね」
「暁内デ最初二取リ込ンダノガ奴ダ」
「で、これは普通の病とかじゃない」
「チャクラ流シダナ」

やいのやいの。ゼツのみの対話が始まった。
小南は目を細め、話から出てくる言葉をまとめた。

「飛段が何者かのチャクラを直に体内に受け、身体が拒絶反応を起こし、発病したようになった。というかんじかしら」

彼女がそう言うと、ゼツはそんなかんじだと頷き、「更に」と人差し指を立てた。

「恐ラク、カカレバ奇行ニ走ル」
「こわいね〜」

世間話をするかのようなノリで、そう言った。




その噂の人物は、鬱蒼とした森。
三連鎌が地面の土を削りながら前に進んでいく。刃こぼれすることも気にせず、持ち主は引きずり続ける。
足元はふらつき、銀髪は手入れがなされておらず乱れ、そこから覗く瞳はどこを見ているかわからぬ彷徨いっぷりである。

「どこいったんだよぉ…」

しかし、彼の意識は正常だった。飛段は地面を睨み呟いた。その首元で、赤い雲模様の衣の下でいつも光らせていた金属達は無い。
彼は落とした額当てを探しに歩いていたのだ。
数日前に相方と火の国方面へ資金集めをしに出向いた時、彼は木の葉隠れの近くで蚊のような虫に首を噛みつかれた。苛ついた彼は虫を叩き潰し、痒いと喚いて額当てを空に放った。そしてネックレスは散らばった。
そのすぐ後で飛段は発熱し、くしゃみを連発し始めたが、角都は一切無視してアジトへ速やかに戻ると言った。飛段の症状をただの風邪と思った彼は、警戒などするはずもなかった。
暁のメンバーに風邪ごときでいちいち神経質になる者もいなければ、飛段の身を案じる者もいなかった。そして見事に、身体が丈夫なため移るはずがないと高を括った角都に、伝染した。当時、咳や熱が出るもまだ意識は通常のそれであった。
他のメンバーに示しがつかぬと自室に閉じ籠った彼に対し、飛段はアジト内や外を平気でうろついた。彼もまた自身はただの風邪だと思い、デイダラに移したことも悪びれず、後に惨事になるとは露程も思っていない。

「戻るか…」

そうして飛段は、来た道を引き返し、あのアジトへ向かうことにしたのだった。誰か薬とか持ってっかな…と、呑気な考え事をしながら。


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封印術が施された鎖が何重にも巻かれ座る鬼鮫は、最初と同様に俯いたまま動かなかった。

「…………」

巻物がぶちまかれ、アジトが半壊し、何十体もの傀儡が細切れになった床にサソリは胡座をかいた。そして静止した鬼鮫を睨み、項垂れた。サソリが所持する傀儡の多くが犠牲となり、三代目風影の巻物を開きかけたところで、漸く狂犬と化した鬼鮫は鮫肌を手放したのだった。
先程まで机と椅子があった部屋は、今は崩れた岩の山と化していた。ペインはサソリに面倒ごとを任せ姿を消していたが、鬼鮫を捕らえたことを嗅ぎつけたか、煙を巻いて現れた。

「よくやってくれた、サソリ」

サソリは床に散乱した愛しいコレクションを無表情に見つめ、これからのことを予想した。
…まだ終わりじゃない。
同じことを考えていたのか、サソリがペインを見れば、彼も僅かに眉を顰めていた。我ら暁を脅かすのが他里の忍ではなく、暁のメンバーそのものだとは。そう言って。

「他の奴ら…まさか全て俺に任せたりしないよな?」

サソリは疲れたような苛ついたような声で言った。ペインが彼を一瞥し、口を開こうとした瞬間、大きな爆発音が轟いた。同時にアジト全体が激しく揺れ、辺りから埃や土が落ちてくる。「ここももう駄目だな…」という緊張感の無いペインの台詞の後、遂に二人の真上の天井にも亀裂が入った。そして爆発が起こり、崩れた天井と、爆風と、二人目が降ってきた。鬼鮫の時と同様に俯き、殺気をおびて。

「来たか…デイダラ」

やはり語らない対象の名を、ペインは呟いた。サソリは舌打ちをしてから、動く気配の無い鬼鮫を見てチャクラ糸を括り付けた。十本の指を操り鬼鮫を立ち上がらせ、対戦相手と己との間に移動させた。ペインから「仲間を盾にする気か」という視線を痛い程感じた彼だが、鼻を鳴らし「当然」と答えた。
謎の感染により狂犬となった二人目…もといデイダラは両の掌に粘土を含ませる。普段から口数多くやかましい彼も、今では何も喋らない。

「こいつに俺のお気に入りの傀儡を使うのは癪だ」

サソリは鎖が絡んだままの鬼鮫に鮫肌を持たせた。面を上げたデイダラの眼は、普段のそれと変わらなかった。無表情を決め込む自身の相方にサソリはほくそ笑んだ。

「殺してやりたいところだが…どうせこいつも生け捕りだろ?」

サソリはデイダラから目を離さずペインにそう訊いたが、返事がこない。彼はサソリに背中を合わせるように立っている。サソリは訝しみ、操り人形の鬼鮫を引き寄せてから後方を見る。
するとペインの正面にはイタチがいた。彼の状態の説明など最早不要だろう。

「サソリ、」

黒い棒状の武器を袖から出し、臨戦態勢に入ったペインはサソリの背を押した。

「鬼鮫を連れてアジトを出てろ」

「………」

サソリは楽ができることに喜んだ反面、正直なところイタチとやり合ってみたかったため、不貞腐れたような表情をした。
サソリの思考を察したか、ペインは露骨に睨んだ。サソリは怯むように輪廻眼から目をそらし、鬼鮫と共に煙を巻いて消えた。

元は通路だった場所、今では瓦礫の山に囲まれ、傀儡の残骸で散らかっている床。
ペインは狂犬二匹に挟まれる立ち位置で、宙を見つめる。一匹は黒の瞳を赤に変え、一匹は掌から起爆粘土を造り出す。
最初に動いたのはイタチだ。手刀をペインの首めがけてよこし、ペインがそれをかわすと続いて回し蹴りが飛ぶ。ペインはその足を掴み、捻じりながら上方へイタチを投げた。すると後方から起爆粘土製の鳥が三羽。一羽目の爆発をバック転し回避したペインは、宙を凄まじい速さで飛ぶ二羽目の横を走りデイダラへ向かう。イタチの放つ火の球が上からいくつも降り落ちるのをかわし、手に持つ獲物で前方に立つ金髪を斬った。空いた手を後退しかける青年に突き出し引き寄せる。そして近距離になったその身体めがけ武器を構え、彼の右の掌に突き刺した。無事な左の掌から蜘蛛型の粘土を出したデイダラが印を結ぶ直前に、ペインは彼を弾き飛ばした。
岩山にデイダラが勢い良く激突。ペインはそれを見届ける暇も無く、今度はイタチを見る。イタチは先程とは比べものにならぬ大きさの火の球を吹きつけるも、ペインはそれを弾き、近場にある岩を吸い寄せてイタチへ投げた。イタチは岩をクナイで砕き落とすと、写輪眼をペインに向けた。眼が合わぬようにと輪廻眼は伏せられ、同時に手を突き出しイタチを飛ばした。彼もまた岩の山へ突っ込んでいった。

狂犬二匹が動かなくなり静寂が訪れる。
ペインが僅かに気を弛めたその時、崩れた床の隙間から百足型の粘土が飛び出した。

「!」

それは彼の足に食いつき、盛大に爆発した。


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飛段は増して疲弊しているが、やっとの思いでアジトに到着した。正確には、アジトがあった場所に。ちなみに彼の横には角都もいた。
大きな岩の塊の付近には、それによしかかる鬼鮫と、どこか遠くを見つめるサソリがいた。飛段は二人を警戒し鎌を向けつつ近づく。

「おい!お前らまで角都みてーにイカれてねぇよな!?」

そしてサソリの濁った眼がそれを見た。飛段の発言に顔を僅かばかり歪ませて。

「イカれてんのはてめぇだろ。おかげで組織はめちゃくちゃだ…」

飛段は状況がさっぱり飲み込めないといった様子で瞬きをする。同じくして、サソリの横で鬼鮫が呻き声をあげた。

「うっ……」

サソリはそれを聞き、漸くまともな話が出来ると思い息を吐き出した。そして警戒を解いた飛段と、無言のまま威圧してくる角都に近くに座るよう促し、自身も岩の上に座した。事の発端である飛段、愚かに暴れた鬼鮫に、サソリはふつふつと沸き上がる怒りを抑えながら真相を訊ねる。
鬼鮫が何か言おうとした時、ゼツが岩場から現れて来た。

「集合しろってさ〜。どうせ話すなら全員でする方がいいんじゃない?」

どうやらメンバー全員で会話が成立する程度には、状況は良くなったらしい。







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