彼らの世界

限定月読の世界は、俺が創りあげた世界だ。
九尾を手にするための、あくまで試作品だ。
世界の住人の姿は俺が指定したわけではない。奴らは皆、己が最も強く望んだ姿で生きている。奴らがどのような容姿になり、どのような思考になるのかは、俺にはわからん。

小さな歪みなど俺にとってはどうでもいいものだと考えていたが、九尾捕獲の作戦において、うずまきナルトに加勢した連中のことは少し予定外だった。そして少し厄介だった。しかし所詮は俺の術中の話。俺の直接の脅威になることはない。
奴らは俺が術を解除すれば消える、ただの幻だ。

これは、そんな際どい足場に立たされた、奴らの偽りの物語。




「今回の報酬はまあまあだな」

角都は口布の下でぼそりとそう言った。その横で彼の相方は銀髪をかき上げ、鎌についた誰のものかもわからぬ血をその辺に落ちていた布で拭った。

「ご苦労だった。今回で不足した忍具やらは各自で補充しておけ」

橙色の髪の男が少し声を張り言うと、その場にいる者が無言で応と首を振る。そして男が「要請があり次第すぐ連絡する」と締めくくると、者どもは解散した。仕切った男、ペインはそばにいた小南と共に煙を巻いて消えた。

組織名は暁、各国から依頼されては報酬に応じて活躍する傭兵集団。メンバーは8人、あらゆる里から変わり者が集っており、一人一人が国を一つ潰す程の力を持っていると言われている。里の長から直々に依頼されることが多く、彼らを大金をはたいて手に入れたいという者もいた。しかし組織リーダーであるペイン…もとい長門は、金のためではなく人のために動く人間だった。あらゆる者へ平和を与えるべく組織を立ち上げた彼は、親友を失っても尚、希望を捨てず仲間を集めるような男なのだ。メンバーには、彼の意志に賛同する者、単に金が欲しい者、己の力を役立てたい者などが集った。

「イタチさん、今日はお帰りになるんでしょう?」

魚人のような姿の大柄な男、鬼鮫が相方である漆黒の髪の男に訊いた。イタチと呼ばれるその男は無表情を保っていたが、少し顔を綻ばせ、嗚呼と返事した。

「折角木の葉にいるからな。家族に生活費を渡してくる」

そして、「サスケはまた遅くまで遊んでいるだろうがな」と付け足した。鬼鮫は相方とよく似た容姿の彼の弟を思い浮かべ、イタチに同情した。サスケという彼の弟は、同年代の少女とつるむことが好きで、暇さえあればどこかへ遊びに行っているような少年だった。
イタチは自身の強さを武器に暁に属し、得た金はほぼ家族へ渡す、心優しい男だ。弟のことは何より大切にしている。

「お前も彼女に会ったらどうだ」

イタチが鬼鮫にそう言うと、彼は困ったように口をへの字に曲げた。そんな仲ではないですよ、と返事をして。
二人は会話を終えるとそれぞれ別の方向へと歩を進めて行った。

「そういやアンタも婆さんに仕送りしてんだよな?うん」

鬼鮫達のやり取りをなんとなく聞いていたデイダラが、その場を去るべく歩き出した相方に話をふった。相方、サソリは僅かに頷いた。
暁のメンバーは皆、組織に属していながら帰るべき場所がある。家族を持つ者は、自身が暁にいることを誇りに思われているようだった。サソリの祖母も例外ではない。

「旦那んとこの婆さんは優しそうでいいよな。こっちは帰ればジジイ達がうるせぇからな…うん」

長い金髪をなびかせオーバーに落胆するような動作をしたデイダラだが、軽い冗談で言っていることを知るサソリは無感動に彼を見つめた。そして溜め息を吐いた。

「ババアは両親のいない俺が可哀想なだけだ」

「んな卑屈になんなよ…」

サソリの両親は彼が幼い頃、任務中に行方不明となり、未だ連絡が無かった。サソリの祖母も息子夫婦が帰還することを今も切望し続けているが、サソリ本人は半ば諦めていた。
デイダラはその度に激励するが、サソリの陰気なところは嫌いだった。両親がさっさと帰ってきてくれれば相方も活気づくものだ、と思わずにはいられなかった。

「風影だってちゃんと捜してくれてんだろ?うん」

軽く笑いながらデイダラが言うと、「あんな若い奴…」と文句を言いかけたサソリはしかし、口を半開きにして言葉を中断した。デイダラが横でどうしたのだと訝しんでいると、サソリの表情は普段の眠そうなものに戻った。そしてこう言う。

「風影から呼ばれてたの忘れてたぜ」

よくもまあ平然と。デイダラが顔を歪めながら「いつ」と訊くとサソリは「今日の夕刻」と答えた。ただ今の空は真っ暗、深夜である。

「まあ任務があったんだから仕方ねえよな」

そう言うサソリは砂隠れに向かう気は微塵も無いらしい。デイダラは彼に代わって急に慌て出した。手を意味も無く宙で彷徨わせ、最後にサソリの肩を叩いた。

「こっちにとばっちり来たらどうすんだ早く行け!うん!」

すると数分の口論の末、渋々といった様子でサソリは風影のもとへと向かっていった。



解散してから早々にその場を去っていた角都と飛段は共に畦道を進んでいた。彼ら二人は他のメンバーと違い、暁に属してから自身の里に帰ったことは無かった。帰れば暖かく迎えてくれるはずだが、双方に人付き合いが嫌いだった。また、角都は年齢が年齢であるから死んだと思われている方が気楽だという。血の気の多い飛段は、穏やかでぼんやりした住人だらけの地元が気に入らないらしい。里を出る時、友人に「長い旅になるだろうがいつか帰ってくる」と適当に言っておいたという。二人とも里抜けだと思われてもおかしくないほど地元を離れているが、本人達はあまり気にしていない。

「早く宿入ろうぜ」

眠い眠いと唸りながら、飛段がぼやいた。そしてそれに角都が地図を睨みながら答える。

「ここらで最も安い宿はまだ遠い」

暁の財布役である角都は非常にケチだ。飛段はぶーぶーと不満をぶつけた。
ここまでが彼らの日常である。殺伐としながらも常に一緒にいる二人は、メンバーから一番仲の良いコンビだと囁かれていた。

「眠すぎて死んじまいそうだぜぇ!」

「お前がそれを言うな」


ーーーーーーーーーーーーーーー


イタチはうちはの敷地内に入ると暁の衣を脱ぎ、すれ違う知人に会釈しながら歩いた。家に着いて玄関を開けるなり、ぱたぱたと足音が近づいてきた。

「ちょっとサスケ!晩ご飯いらないなら行く前に……」

二人の息子の母親であるミコトがそう怒鳴りながら歩いてきたのだ。イタチを見るなり声は小さくなり、言葉は言い切る前に消えた。

「ただいま」

イタチは母の心中を察して小さく笑い、靴を脱ぎながら言った。ミコトは暫し目をぱちくりさせていたが、すぐに笑顔になった。

「おかえりなさいイタチ!珍しいのね、任務終わったの?」

毎日家にいる次男と違ってたまにしか帰らない長男に、喜びを隠せないようだった。イタチは脱いだ靴を端へ丁寧に並べるとミコトへ向き合い、「とりあえずはね」と返事をした。そして、明日は家にいられると思う、と言っておいた。

「ご飯食べる?」

ミコトは今の今まで寝ていたらしく寝間着を着ているが、久しい息子のためと思いエプロンを手に取りかけた。おそらく遊び呆けるもう一人の息子のために食事の準備はできていたのだろう。

「母さんはゆっくり寝てくれ。サスケが帰ったら適当に食べるよ」

イタチは母を気遣い、彼女を父も寝ているであろう寝室へ押しやった。ミコトは疲れたように微笑みながらおやすみ、と言った。
イタチは居間の椅子に腰掛ける。彼は、弟が勢いよく玄関に入ってくるのを待つこの時間が少し楽しみだった。
弟が自分を見て驚く様子を想像し、笑ってしまった。


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砂隠れに到着し、住宅地を抜けながら、サソリは相変わらず埃っぽいところだと思った。夜中ということもあり外には誰もおらず、建物を見上げると風影の部屋の灯りのみが窓から溢れていた。
そして目的地である風影の部屋の扉の前まで来たサソリはしかし、扉のノブを掴みかけたところで呼び止められた。

「アンタ帰って来たんじゃん!」

声の主は、風影の兄でありサソリを傀儡師として尊敬するカンクロウだった。カンクロウはサソリが扉を未だ開けていないことに気づくとニヤリと笑い、急かすように親指を部屋の中へ向けた。
サソリはカンクロウの一連の動作を傍観した後、風影が自分に何の用があるのだと思案しながら、遂にその扉を開けた。
部屋を見やると、風影の我愛羅が椅子に座し、その横に彼の姉であるテマリが立ち、そしてサソリに背を向ける位置で二人、人が立っていた。
サソリは瞬時にその老いた背が誰のものか判断した。一人は赤い猫っ毛の髪の男、もう一人は長い黒髪の女。二人共、年齢は六十近く、身体中が砂と埃と傷で汚れている。しかしサソリにとっては見知った、大きな背だった。

「ああ、やっと来たか」

我愛羅がサソリにそう声をかけると、背を向けていた二人がバッと振り返った。サソリはずっと目を見開いたまま棒立ちになっていたが、二人の顔を見るなり眉間に深く皺を刻んだ。そして女が口を開く直前に、部屋から飛び出し扉を乱暴に閉めてその場を走って離れた。カンクロウが扉の横にいたらしく、サソリに制止の声をかけたが、彼の姿はあっという間に小さくなった。カンクロウは後を追って走り出した。
部屋からサソリを追って二人が走り出て、跡形も無い廊下を見回した後、顔を見合わせた。そして戸惑ったような表情をした。

「…驚いたか」

椅子に座したままの我愛羅が二人に訊ねると、男が答えた。

「…我が息子は、元気で生きていてくれたんですね…」

彼らはサソリの両親。
今日、里へ帰還したのだ。



「アンタ凄ぇ速く走れんじゃん」

サソリは建物の屋上にいた。柵に手を置き、砂の舞う空を見上げていた。
カンクロウは息を切らして首の汗を拭った。僅かも疲れた素振りの無いサソリが、ぜえぜえと呼吸するカンクロウを軽蔑した眼差しで見る。

「生身の人間はこれだからな…」

カンクロウに侮蔑の言葉を投げつけた。そしてすぐその後に感傷的な笑いを浮かべた。目線を足元に落としてから、再び里の空を見つめ始めた。

「両親だけが着々と老いてたのが怖かったか?」

カンクロウはサソリが返事をしないことを承知で喋った。

「傀儡になった自分の姿を見せるのが怖いか?」

地面を流れる砂がざあざあと音を立てる。
サソリは眠た気な目を里へと向けた。
そして互いに無言になり、風の音だけになったその時、何かがサソリの頭を軽く叩いた。サソリがカンクロウを睨むべく振り返ると、すぐそばには彼の祖母であるチヨバアがいた。

「わしかて腕はからくりじゃ。二人がお前を受け入れないわけなかろうが」

いつからいたのかわからぬ彼女にサソリが何とも言えぬ表情をしていると、チヨバアは考える仕草をして「これからは仕送りが増えるのお」とケラケラ笑い、カンクロウを引っ張り屋上を去って行った。
そしてザザッと地面の土を擦りながら、サソリの父が入れ代わりにサソリのもとに来た。すぐ後ろに母もついている。

「サソリ!!」

母は父を抜かし、走りサソリへ近づいた。サソリが無表情ながらも狼狽するのを無視し、その身体を強く抱き締めた。衝撃でサソリからカシャ、と木が擦れるような音がしたが、最早問題ではなかった。

すぐ帰ると言ったのに遅くなってごめんね。
こんなにあなたを一人にしてごめんね。
生きていてくれてありがとう。

母はサソリにそう言った。


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ペインは雨の降る里を見下ろしていたが、後ろに相方の足音を聞くと、彼は足音の主を見た。小南はペインの瞳を見つめてから小さく息を吐き、「次の要請があった」と言った。そして休む暇も無いわね、と呟いた。

「平和な世界のためだ」

弥彦の描きたかった世界を、俺達で作ろう。
長門はそう言った。





そう、平和のため。
暁という名の組織は、世界に平和をもたらすために作られたものだ。本来はな。

どうだ?俺の創った嘘の世界は。
限定月読の世界では、長門が真っ直ぐ光へと進んでいる。叶えたかった想い、願いが、この世界では叶う。

しかし最初に言ったように、現実ではない。
愛を信じ裏切られ、親友を失った男は全てを憎み。里の命により一族を惨殺した男は、愛する弟に殺される程に憎まれ。いくら待とうとも両親は帰らず。己の作品は認められず。心の拠り所が無く。
暁に属する者に家族はいない。友はいない。帰る場所はない。人を憎み、人を殺し、己を殺した。

奴らがどれ程あの理想の世界を夢見て、毎日息をしていたのか、俺は知らん。
ただわかることは、本意でもない世界で生きたくもない生き方をするしか、奴らに道は無かったということだ。
そして願いが叶うことなく、命を落としたのだ。

本当に、哀しく憐れな人間達だ。




fin.


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