ちはやぶる 2
彼を見つめる無言の複数の眼は、彼を焦らせた。果たして現在彼は孤立しているのか。
本音を口に出す人間があまりに少ないこの場で、真相はわからないままだ。
「…あぁ」
飛段の言葉に対するペインの返事は、肯定を意味した。感情の読み取れぬ声色は、開き直っているようにも、悔いているようにも聴こえる。
「仲間思いなんじゃなかったっけ?アンタ」
「黙れ飛段」
無垢なふりをして口角を吊り上げる飛段に、横から制止の声をかける角都。飛段という人生経験浅き若者を注意し続ける彼は、手慣れたものだ。
飛段は何が可笑しいのか、一人喉を鳴らして笑う。
「リーダーはリーダーでも、所詮"犯罪者の"だもんな」
独り言のように呟いた彼のその言葉に、ペインは僅かに顔を歪ませた。
「もういい。会議を始めろ」
飛段の態度が余程気に入らなかったのか、飽き性なのか、話題をずらしに出たのはサソリ。しかしペインは無言のままで、喋る気配が無い。
「どうしました?」
鬼鮫が気遣いの言葉をかけると、ペインは輪廻の眼を伏せる。そしてゆっくりと、話し始めた。
「皆、すまない」
話と分類づけて良いのか微妙だが。
彼の謝罪は実に覇気が無く――普段から無いが――落ち込んでいるようだった。それは僅かな声の変化で、彼に慣れている者しかわからない。
「組織が一枚岩であるために散々言ってきた事を、俺は自ら破った」
皮肉なものだ、と、彼は言った。
詳しいことを何も知らないメンバー達は、それぞれ唸るような反応しかできない。
「小南がここにいないことが…関係してるんだろう?」
そう、ただ一人はっきり返事をしたのはイタチ。無関心そうな彼だが、鋭く突いてくる。鬼鮫は「あぁそういえば」と頷く。イタチは、自身の問いに対しペインが無言であることに苛立ったのか、より低い声で相手を掻き立てる。
「だんまりはやめろ」
それでも口を開こうとしないペインの幻影の隣、一人分空けてある空間に新たな幻影が現れた。
「小南…、」
他の幻影と比べ華奢なそれは、暁の中でたった一人の女性。
ペインは眼を大きくさせた。
イタチは直ぐ様彼女に視線をやり、挑むように写輪眼を開くのだ。
「どうなんだ」
すると小南は小さな咳をしてから、喋った。
「私とデイダラが戦闘していたことに、彼は気づいたのだ」
言いながら彼女はペインに眼を向ける。
「デイダラは私を殺しかけたところで、どこかに逃げていった」
淡々と他人事のように語る小南の、その内容に、メンバーは先程より大きな反応をする。ゼツは惚けた声を出し、飛段は狂気じみた笑いをする。鬼鮫は首を捻る。
「それはデイダラが組織を裏切ったということですか?」
すると返事をしたのはペインで、首を横に振るのだった。小南が続ける。
「デイダラは後悔して逃げたようだった。私には悪戯が失敗した子供のように見えたわ」
誰かが口笛を吹いて茶化した。メンバーの中でそれをする人物など特定できるが。
「それからは記憶に無いが、次に私が目を覚ました時には、既にデイダラは殺されていたと知った」
そこでちらりとペインを盗み見る者がちらほら。ペインはどこを見ているのかわからない眼をしていたが、ようやく口を開いた。
「…俺は今からデイダラを生き返らせる。会議は…後日だ」
そしてそう言った直後、彼の幻影は消え去った。それと共に、小南も消え去る。
放置されたメンバーは唖然としていた。会議の有無を好き勝手に変えるペインに腹を立てる者がいたが、それよりも皆が注目したのは、彼の最後の発言。
「"生き返らせる"って…そんな簡単なことでしたっけ」
鬼鮫の問いに誰も答えられない。
「ねぇ、そういえば僕ら今、死んだデイダラの傍にいたじゃん」
閃いたように楽しげな声をあげるゼツに、鬼鮫とイタチはハッとする。サソリは無反応。ゼツが言いたいのはつまり、デイダラが息を吹き返すのかどうか間近で確認出来る。ということだ。
イタチは早々と会議部屋から姿を消した。続いて鬼鮫とサソリ、ゼツが消える。
その場にいるのは角都と飛段のみ。
「あら?俺等アウェイ?」
舌打ちをして、角都の幻影は消えた。
「あ、待てよてめぇ!」
最後に飛段が消え、部屋は静寂を取り戻した。
―――――――――――――――
誰の目にも止まらないよう小南が作った、紙で出来た大樹の中。長門は一人静かに手を合わせ、チャクラを練り出す。
「外道・輪廻天生の術」
死者を甦らせるこの術は、術者に多大な負荷を与える。しかし彼は、一人分なら死に絶えはしないと考えた。彼の命を削る行為を止める存在は、今はベッドから離れられない。
長門は血を吐いた。
「俺が蒔いた種だ。…内臓がやられたところで自業自得…」
独り言を呟き、また命を削った。
小南はベッドに腰かけたまま、じくじくと痛む身体中を自らかき抱いた。仮面の男もペインもいなかった。
彼女は一筋の涙を流して、離れた地にいる長門を想う。
「貴方は寂しがり屋だわ」
仲間の誰かが欠けることを嫌う彼は、小南が死にそうになったため怒り、勢いで自身が殺めたデイダラに嘆く。彼にとって"選ぶ"という行動は難度が高かった。そして彼は着々と、死に近づいていく。
「デイダラ…それが、私達のリーダーなの」
そしてまた独り言は、コンクリートの壁に伝わり、誰が聞くともなく消えた。
―――――――――――――――
数人が上から見下ろす中、一人の青年は目を開けた。
「起きた…」
驚きの声を出した鬼鮫。
仰向けに寝かされていたデイダラは、数回瞬きをすると、ゆっくりと上半身を起こした。傍になぜこんなに人がいるのか、まず思うだろう。
「……オイラ生きてんのか」
わけがわからないと言いたげな表情をして、彼は言った。ゼツが「そうらしいね」と少し残念そうにする。きっと食べたかったのだ。
「まぁ俺達も多少混乱している」
イタチがデイダラの衣についた土を払いながら答える。サソリはヒルコの中で盛大な溜め息を吐いた。
「てめぇ喧嘩売る相手間違ったな」
彼から、やれやれという哀愁が漂う。イタチが目を細くして「なぜ小南と闘った」と問うと、デイダラは口をへの字に曲げて唸る。
「覚えてない程くだらねぇことで意見が食い違った、うん」
彼は喋りながら、珍しく怖がる素振りをした。
「リーダーに取っ捕まってよ…。小南に傷を負わせたのはお前か、って訊かれた。オイラは咄嗟に違うって答えた」
「そしたら死んだ」と、断片的な話を締め括った。ゼツが憐憫の眼差しを送る。
「あの人の前で嘘ついたら駄目だよ」
「スグニアノ世行キダ」
デイダラは心底だるそうに息を吐いた。
「報告書仕上げて出しに行かなきゃならん。さっさと戻るぞデイダラ」
相方であるサソリは、ヒルコをずるずる引きずり先に進み始めた。デイダラが無言で立ち上がる。よろめいた背を、イタチが手で軽く押した。
「…大丈夫か?」
デイダラが歯軋りをして鼻をならした。そしてふらつきながらヒルコを追った。
鬼鮫が鮫肌を背に戻し、陽が昇る空を見た。
「我等のリーダーは甘っちょろい方だ…」
ヒルコとデイダラは森林を抜けて最も近場にあったアジトに入り、ヒルコは懐から巻物を出した。デイダラはアジトに到着したことで気が抜けたのか、岩の床に寝転がった。
ヒルコからはサソリ本体が現れ、赤い髪の彼は筆を出し、走らせた。ブツブツと音読しながら文字を並べ、あっという間に報告書は完成した。
「おいデイダラ、これリーダーに提出してこい」
「はぁっ!?」
サソリの言葉に、ガバッと効果音がつく程の勢いで起き上がったデイダラ。その顔は絶望に満ち溢れている。
「今あいつと会いたくねぇ、うん」
だがサソリは舌打ち。
「喧嘩した後の子供かてめぇ…。そんなことで仕事が出来るか」
デイダラより幼い顔立ちのサソリはしかし、彼より貫禄があった。
渋々、デイダラは巻物片手に歩き出す。「覚えてろ」とかなんとか、捨て台詞を吐いて。
アジトを出て、粘土で作った鳥に乗ると、大空を瞬く間に飛んでいった。サソリは地上からそれを見つめ続けた。
―――――――――――――――
雨隠れの領地に入った途端に天候は悪くなり、デイダラはずぶ濡れだった。笠を持ってくればよかったと今更悔やむ。
里としての陸地の前に湖のようなものがあり、粘土製の鳥がその少し上空を進む。
すると、彼の前方に橙の髪の男が降り立った。ペインだ。彼もまたずぶ濡れである。デイダラが怯みながらも鳥から降り、湖の上に立つと、ペインは湖を歩いてきた。
「…報告書だ…うん」
デイダラは前を見ないように俯いたまま、巻物を持つ手を突き出した。巻物が耐水性かどうかはこの際置いておこう。
ペインはそれを無言で受け取った。デイダラは腕を下ろすと、一歩下がり、鳥に乗ろうとする。しかしペインは素早い動きで彼に近づき、警戒したデイダラを気にせずに、抱き締めた。
デイダラは目を丸くさせてもの凄く、驚いた。
「すまん」
ペインは謝るだけだった。デイダラは、自身の背に回された手があまりに冷たく感じ、眉を潜めた。同時に、僅かな身体の震えは止まっていた。
「お前がこの組織を誇らしく思ってくれているのを知っている」
ペインは普段より幾分抑揚のついた口調で喋った。
「お前が小南に対し負い目を感じていたのも知っていた」
激しく降る雨の音がうるさく、それでも彼の声はよく聞こえた。
「しかしお前を殺した時、俺は小南の安否しか考えていなかった」
デイダラは無表情。
「勝手だが、そのすぐ後で後悔した」
ペインはすがるようにデイダラに身を寄せる。その行為の主である長門は歩くことができないため、操り人形の"ペイン"で満たそうとしていた。
「…俺は、お前にも小南にも組織にいてほしかった。皆のリーダーでありたい」
デイダラは小さく笑った。
「…オイラが言うのもなんだが、人をまとめるのって、大変なことだな…うん」
ペインが目を閉じて、ゆっくりと言った。
「まとめたいんだ」
デイダラはこれ程近くに、この男の存在を感じたことは無かった。男の身体は冷たいのに、温かい。
「あの…悪かった。…アンタにとってあの女は一番大切な奴なんだって、わかった」
デイダラはペインの衣を皺がつく程握り締め、苦笑いをしながら、謝罪した。
ペインが腕の中から彼を解放すると、彼はすぐに鳥に飛び乗った。
「アンタがリーダーで良かったと思うぜ…うん」
ペインに背を向けた状態で、そう呟いた。その声は、懸命に平静を保っているように聞こえた。ペインが何かを喋る前に、鳥は羽を広げ、高く空へ上がっていった。
鳥が少しも見えなくなった頃、ペインは印を組み、両の腕を空へ伸ばした。
激しかった雨は突如として止み、黒い雲は消えていく。
「ありがとう」
彼はいつもの無感情な眼。しかしどこか優しげで。くるりと足の向きを変え、里の中へと飛んだ。
泣き虫は、今日泣き止んだ。
fin.