不眠症と眠り姫

ある夜、オイラは掛け布団にくるまって眠りについていた。布団といっても作りは簡素で、ベッドのスプリングは壊れかけていて弾まない。布の生地も薄く若干肌寒いが、眠ることができれば良いのだ。あと唯一枕はふわふわと気持ちが良いので気に入っている。

ところで最近、寝心地が悪い。

隣の部屋の奴の歯ぎしりやいびきが煩いというわけではない。そうではなくて、己が起床する時間外に度々目が覚めてしまったり、起床したらしたで寝汗をかいていたりする。それほど暑い季節でないから布団を被っているが、それにより汗をかく程自身は暑さを感じていない。気になっていないと言うべきか。

(でも身体の反応の方が正確か…)

という風に今日もこうして頭の中をぐるぐる文字が走り回ってから意識は遠のいたわけだ。



眠り初めてからどれ程時間が経っただろう。やはりオイラは目を覚ましてしまった。寝惚け眼は壁や棚を睨む。上半身のみを起こし、頭を掻いた。

なぜこうもスッキリ眠れない?

苛々してきた。

オイラはガバッとベッドから起き上がり、他者共通の通路へ繋がる扉を開けた。通路はシンと静まりかえっており、自分以外には誰も存在しないのではと錯覚する程だ。歩き進んでみれば己のサンダルが岩の床と擦れ合う小さな音がする。
"暁である"ことを主張する衣を羽織り忘れたが、寒い気温でもないので構わない。
とりあえず何も意識せず通路を行っていくと…


「あああぁーーっ!!!」


叫び声。
すっかり静かな環境が出来上がっていたのでオイラはビックリした。

(…飛段の部屋?)

声は真横から聞こえてきた。見ればそこには木製の扉。確か忌々しいイカれ野郎の部屋だ。
関わらないでおくべく素通りしようとしたその時、…扉が開いた。物凄い勢いで開かれたそれは風を起こし、オイラの髪を吹っ飛ばした。叫び声といい、立て続けに驚かされる。
開けた本人は逆にオイラが通路のど真ん中に居ることに驚いている。

「なん……、何?」

これは飛段が言った台詞。奴は恐らく何か用があって扉を開けたはずだ。なら確かにオイラが奴の部屋の前に立っていたら不思議に思うだろう。しかし「何」と訊かれても困る…。

「あ。丁度いいや、儀式の贄になんねぇ?」

オイラはこめかみに青筋を立てる。

「オイラに死ね、と?」

趣味の悪い飛段の儀式はよく知っている。人を犠牲に意味不明の祈りをするアレだ。

「喧嘩売ってるわけじゃねぇぞ。俺はジャシン様に欠かさず祈りを捧げねーと…」

どうやらコイツ、あの儀式をやり忘れたらしい。そして贄を探すため扉を開けたが、正に"丁度いい"ところにオイラがいたということだ。

「定期的にやらねーといけない理由でもあんのかよ?うん」

オイラは実に胡散臭そうな眼差しを飛段に送りながら訊ねた。しかし飛段はオイラの眼を見ようとせず、口をへの字に曲げた。

「…ま、いい…。寝る」

そしてゆっくり扉を閉め、部屋に戻った。
通路は再び静かな空間になった。

「………」

オイラはしばらくその場に棒立ちになっていたが、状況が変わる気配は無いので足を動かした。
今、自室に戻っても全く寝られそうにない。人と会話したことで尚更目が冴えた。
飛段の奴は眠気があって羨ましい。


―――――――――――――――


早朝の会議にオイラは一番乗りだった。結局あの夜中はアジト内をうろついた後自室に帰りベッドに潜ったが、一度も意識が遠のくことは無かった。
しかし代わりに今眠いというわけでもなく、欠伸も出ない。

「デイダラ…いつにも増して不細工だぞ」

ところで会議場所にサソリの旦那がやって来た時、開口一番にそれだ。オイラは"睡眠不足の顔"をしているらしかった。

「もともとこういう顔だ…うん」

でも、なぜ?
オイラは今でも全く眠くない。なのに身体は睡眠を欲している。完璧に矛盾である。やはり最近オイラの身体は変だ。

「皆揃ったか?」

そこへ現れたリーダーは幻影だった。メンバーを一通り確認しながらそう訊いた。しかしメンバーは揃っていなかった。

「飛段がまだだ」

呟いたのは角都。相方として気にしているのか、ただこの場の状況を述べただけなのか、どちらかはわからない。

「誰か何か知っているか?」

リーダーが全体に通る声の調子で訊ねたが、答える者はいない。

「では角都は後で伝えておけ」

リーダーはそれだけ言うと話を始めた。欠席の奴に対して割りと放置的だった。
オイラは少し疑問を抱いた。夜中の飛段の様子、いつもと何か違っていた。妙に"やる気が無い"ように見えたのだ。元気が無いと言った方がわかりやすいか。



会議が終われば皆姿を消し、オイラも自室に戻ろうとしたところで旦那に呼ばれた。

「昼から五日間程の任務行くからな。お前、今のうち寝とけよ」

とのことだ。
任務が始まれば寝ている暇は無いのだろう。オイラも眠っておきたいとは思ったが、多分、寝られない。
「わかったよ」と返事はしておいた。


自室に入る前に、通り道である飛段の部屋の前でオイラは足を止める。入ろうか否か考えながら扉を見つめていたら、角都が横を通った。ボソッと、

「飛段なら起きないぞ」

と、言っていた。オイラは僅かに首を傾げたが、角都はそのまま通路を歩いていってしまった。

まあオイラには関係無い。関係無いさ。

…角都の奴、「起きない」と言ったな。飛段はまさか夜中オイラに「寝る」宣言をしてからずっと眠り続けているのだろうか。羨ましい…。いや、まるでオイラの"眠気"を全て持っていってしまったようだった。



その後オイラはすぐ旦那と任務に出た。


―――――――――――――――


そして予定通り五日後に帰還。
驚きの事実が耳に入った。

「まっ…まだ寝てる!?」

角都から聞かされた時の衝撃たるや…。オイラのすっ頓狂な声に顔をしかめる角都。

「それは寝てるんじゃない…死んでるんだ」

傍にいた旦那は濁りきった眼で思ったことを述べてくれた。角都は憤慨しながらも「やはりな」と納得気味。

「オイラ見てきていいか…?」

さすがに気になった。興味と恐れが混じったような微妙な気持ちだ。

「それはいいがお前…本当に寝なくて大丈夫なのかよ」

旦那が言った。旦那はオイラを心配してくれているのかどうかわからないが、不思議そうな眼でこちらを見ている。

理由は明白、オイラは五日間一度も眠らなかったのだ。

「平気だ。うん」

しかし例によってオイラは眠気が無い。今も。
やせ我慢などではなく、本当に眠くない。

「何か変化があれば教えろ」

そう言い角都は若干げんなりした様子で自室に引っ込んだ。旦那もオイラを一瞥し、同じように歩いて行った。



オイラは飛段の部屋にノックせず入った。どうせ相手が寝ているならノックなどという"侵入許可の有無"は無意味。

「入るからな…、うん」

とりあえず小声で言ってみた。
部屋に入ると壁やら床に飛び散った血痕が。想像通りイカれた雰囲気を感じる。ちらりとベッドを覗くと部屋の主は熟睡しているようだ。

「おい、」

試しにうつ伏せの身体を叩いた。返事は無い。

「飛段」

耳元で読んでも返事は無い。
旦那の言う通り死んでいるかもしれない。とか考えていたら、

「うっせぇな…ゴミは…出しとくって」

何かわけのわからない台詞を呟き出したコイツ。寝言だろうか。
再度身体を叩くと、奴の眉間に皺が寄った。そしてうっすら目を開けた。「ぅう゛〜〜…」と唸った後にオイラを見た。今存在に気づいたらしい。

「禿げ、いつまで寝てるつもりだ!うん」

「禿げてねぇよチビ!!」

オイラが叫べばやっとまともな返事が奴から返ってきた。しかし苛ついた。

(こっちは一週間近く寝れてねぇんだぞ、うん!てめぇだけそんな…)

「あぁ…確かにお前、不ッッ細工だな、ホント」

沈黙…。
そして言いたいことだけ言うと、奴は布団に潜ろうとした。まだ寝るつもりか?少し、いや大分異常だ。

「ちょっと来い!角都に一回首はねてもらおう、うん」

オイラは飛段をベッドから引きずり出し、部屋から共に出た。

「待て待て!俺、いつから寝てた?」

無理矢理に奴の背中を押しながら通路を歩かせていたが、奴が急に方向転換したのでオイラは転びそうになった。奴の灰色の髪が揺れる。寝続けたせいでボサボサに乱れていた。

「オイラを儀式の贄にしようとした後からずっと」

"前髪長ぇ"と思いながらオイラは質問に答えた。すると飛段の目が見開かれ、みるみる驚愕の表情に変わった。

「超スーパー昔じゃん!!やややヤべぇ!!ジャシン様に祈り…」

一人慌てて叫びながら奴は一目散に駆けていった。

「………」

オイラは呆然と飛段の後ろ姿を見つめた。そんな上半身裸でどこへ行こうと言うのだろう…。

その時ふと、欠伸が出た。

(眠くなってきた!)

オイラにやっと睡魔が来た。瞼が急に重くなって、立っているのがつらくなった。

「飛段に盗られた眠気が帰ってきたか…うん」

独り言を呟きオイラは自室のベッドへ歩いていった。
久しぶりにあのお気に入りのふわふわ枕に逢える。



―――――――――――――――


「結局なんだったんだ、貴様は」

角都は苛つきながら久しぶりに始まった相方の奇妙な儀式を睨んだ。飛段は己の身体に垂直に刺さった凶器を抜きながら溜め息を吐いた。

「貴様が一週間眠っている間俺は雑務が増えたのだぞ!」

その態度に更に腹を立てて角都は声を荒げた。

「デイダラは逆に不眠症に陥ってたらしいな。俺アイツの分まで寝たみたいだ、ゲハハ」

呑気な飛段の口振りに角都は腕から触手を出した。

「悪かったって角都!もうしばらく眠くなんねぇから安心しろよ!」

角都の怒りはおさまらなかった。

「いっそ永遠の眠りにつかせてやる」


二人が外で乱闘を始める音を遠くに、デイダラはぐっすり眠ったのだった。




fin.


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