なくしたもの 2

俺とデイダラは先程からアジトの一室に留まったままだ。
静寂が場を包む前に、デイダラが俺の様子を窺いながら喋った。

「サソリ、て呼べば良い?…」

俺は眉間に盛大に皺を刻みながら「良いよ」と言ってやった。
奴がこうなったのは俺の責任であるから、俺が面倒を見ることになるのは当然だ。

「…さっきから思ってたけど、サソリってオイラより年下?うん…」

しかし、何から何まで説明してやらなければならないというのか。俺が。

「…………」

舌打ちすると、奴はまた怯えた。

…なぜ俺達についての記憶を無くしただけでこれ程性格が変わるのだろう。
今更だが奴を見つめれば見つめる程、本来のデイダラでないことがありありとわかる。
まず椅子に対しての座り方から違う。両手を太股の間に挟んで、こじんまりとしているのだ。普段の奴ならやたらと場所を取って邪魔臭い。
喋り方は、口癖や一人称こそ普段のものだが、基本的におどおどしていて遠慮がち。俺が怒鳴れば泣き出しそうな程にか弱い。
表情は、そうだな、この世の悪など知識の外だ。大きな青の眼は光を反射し輝いている。

「あの…どうしたの?うん」

…もしかすると、この姿こそが本来のデイダラなのだろうか。
ふと、そう思う俺がいた。

「…別に」

他者を敵として捉えない今のデイダラは、俺のことも"同年代の友人"程度にしか見ていないのだろう。そしてイタチのことも。

俺が、奴が俺に攻撃した理由を思い出さねば、いつまでも解決の糸口は掴めない、のか。

「あのさ、オイラお前等と同じ服着てるけど、何これ?」

清純なオーラを放つこの少年のような人間に、酷なことを言うのか。地味に罪悪感がある。しかし言わねば発展しない。

「俺達犯罪者だから」

と、簡潔にまとめてみたが、納得してくれるだろうか。奴は己の衣を見つめ、驚愕している。
俺は更に言う。

「俺にとって芸術は永遠だ。お前はどう思う?」

すると奴は、目を大きくさせた。

「芸術は瞬間だ!うん」

俺は少し驚いた。デイダラは自身の芸術観念を忘れていなかった。それどころか"芸術"という言葉に敏感に反応した。むきになって反論する姿は相変わらずだった。

「てめぇらしいぜ」

俺は微笑した。その反応に気を良くしたか、奴もパッと笑った。屈託の無い奴の笑顔は純粋に可愛かった。人間、ひねくれているのといないのとで随分表情に差がある。と今知った。

「サソリはクールだな、うん」

奴は羨望の眼差しを此方に寄越した。
デイダラは"クール"にこだわる奴だったが、それは己と真逆なもの故の憧れだったのかもしれない。

「てめぇは馬鹿っぽいな」

その方が餓鬼らしいけれど。


―――――――――――――――


翌朝、俺は事故――もちろん俺がデイダラを殴った件――が起こった部屋で胡座をかいていた。心なしか血の臭いがする。
手がかりが無いかと思い至っての行動だったが、無意味に終わりそうだ。

そういえば相方はどこに行ったのだろう。俺が目を離すのはあまり良くない気がする…。いや、それはお節介だな。




同時刻、デイダラはといえば、探索したがりなのかアジト内を彷徨き回っていた。間違っても己の記憶を探し歩いているわけではない。なぜ進んで記憶を取り戻そうとしないのかは謎である。

「あのー」

デイダラは軽い足取りで通路を歩きながら、未だ見ぬらしい領域に足を踏み入れる。

「お」

デイダラに声をかけられた男は、灰色の髪を掻き上げながら振り返った。彼は鎌を背負っていない。もし背負っていれば今のデイダラなら怖がって近づかない。

「便所どこかわかる?うん」

デイダラは質問しながら手を背の後ろで組み、小首を傾げた。さながら町で見知らぬ男に道を訊ねがてらナンパする少女のようである。具体的に表現してみたがお分かり頂けるだろうか。

「……………へっ?」

こうして飛段もまた面倒事に巻き込まれることとなる。

「どこに何があるかわかんなくて…」

デイダラは照れたようにはにかんだ。飛段は硬直気味である。まだ事の成り行きを知らない彼は、デイダラの奇行を理解出来るはずもない。

「…………俺今から行くとこだけど。…い、一緒に行く?…」

飛段はそう言うのが精一杯だった。いや寧ろ上出来だった。

「マジ?助かるー。うん」

唖然としたままの飛段の横にデイダラは立ち、「へへ」と笑った。
二人は目的地である厠に着くまで無言だった。デイダラは初対面の人間相手に緊張している風だが、対する飛段は完全に警戒していた。

到着し、用が済むとデイダラは飛段に丁寧に礼をした。

「…え、あのさ、…?お前、デイダラだよな」

デイダラが去ろうとしたので飛段はやっと切り出した。
しかし飛段の言葉に不思議そうな顔をするデイダラ。飛段は眉を下げて「俺が何か間違ってんの?」と軽く錯乱状態だ。

「よくわかんねーけど、ここの人達は優しいんだな。うん」

デイダラはそう言い再び軽い足取りで通路を去って行ったのだった。
後には直立する飛段のみ。

「………何今の」





―俺はそういうのがあるから成長するんだと思うが―

―オイラ本来は強くなりたいとは思ってなかった―

―ただ作品造りをしたかった、と?―

―始めは周りの奴なんざどうでもよかったんだ―

―だがイタチに負けたことで生まれた作品もあるだろう―

―アンタはやっぱりオイラのこと、向こう見ずの馬鹿としか思ってねぇんだ!―


一人神経を研ぎ澄ませて座す俺は、唐突に、かなり断片的にだが思い出した。
奴が切り出した話に付き合った俺は、どうやら奴の機嫌を損ねたようで。
…違う。機嫌を損ねたのではなく傷つけたのだ。
奴は半狂乱になり俺に攻撃し、俺は槌を振った。

「あいつ…」

デイダラは槌を避けられなかったのではなく、避けなかった。俺にそう仕向けさせて、意図して殴られた…のだとしたら。

まさか演技…か?

いや…その線は考えにくいか。奴はあまり器用ではないから、あれ程性格を作るのは無理だ。

そしてもう一つの点。
記憶を無くしたとされる現在のデイダラは、己と己の芸術観念だけは覚えている…。
イタチに負けた記憶は、わさど棄てた…?

「なくしたものは、劣等感…」

しかし、"なくしたい"と願いながら脳に衝撃を与えれば、記憶はなくなるのか?…そんなに都合良くなくせられるものなのか。


―勝ち負けじゃなくてよ、純粋に芸術が好きだった―


…今のデイダラは正にあの時の発言通りだ。ただただ作品を造って、喜んで、楽しんでいるような。
それが奴の願いだったのだ。

―ささやかだろ…―

その時の奴の顔は、記憶を無くした今の奴とは比べものにならない程に暗く、悲しげだった。


―――――――――――――――


俺はデイダラを探した。
奴が自ら記憶をなくしたかったのなら、俺が拾えるはずがないのだ。あいつが、本人が拾うしかない。

「イタチ」

走り回った結果、出口付近に立つイタチを確認できた。
思えば最近やたらとヒルコでなく"本体"で走っている気がしなくもない。
と、まぁそんなことは置いておこう。

「デイダラを見たか」

俺が生身だったら息切れしていたかもしれないが、そのようなわけはないので己の声は単調だった。
イタチは外を見つめていたようだが、俺に向き直る。

「あそこに」

イタチは口数少なく、遠くを眼で示した。
アジト内とは大きく異なって明るく晴れ渡る空の下、草原が茂る中を、目的の人物は歩いていた。散歩程度で、アジトから離れようとしているのではなさそうだ。
俺はイタチの横を過ぎ、奴を追った。イタチは静かに目を向けるだけだった。

「おい、彷徨くんじゃねぇ」

俺は草を踏み分け、奴の後方二メートル程に止まった。アジトの出口からは大分離れた。

「お、サソリ」

デイダラは此方を見、笑顔を作った。俺は奴に呼び捨てされることに未だ抵抗を感じつつ、言う。

「てめぇ、現状が一番か」

奴は予想通り首を傾げる。癖なのか、よくする動作だ。

「てめぇが棄てた記憶は、てめぇの責務なんだぜ」

俺が嫌な部分に触れてきたからか、奴は眉間に皺を寄せる。今の奴の顔にはあまり似合わない。

「今まで何人殺した?てめぇは殺した奴等の事を無かったことにしようとしている」

「そんなこと、」と奴は弁解しかけた。俺はより奴との距離を縮めた。

「てめぇの眼は一度人殺しになった。一度そうなったら二度と戻れはしない」

奴は強く俺を睨んだ。あ、今の表情はいつもの…。

「その話は仮定したものとして、オイラは人殺しになるために作品は造らない!うん!」

「…仮定もなにも事実だ」

もしかしたらこうして刺激し続ければ何か変わるのか。

「多分今のてめぇは弱いだろうが、本当はかなり強いぜ?」

しかしお前にとってはそれこそが


「……っ」

デイダラは急に頭を抱え、よろめいた。包帯は既に取ってあるが、再発した痛みに悶絶しているようだ。
俺は蹲る奴を見下ろした。

「俺にムカついたなら殴れよ」

すると、少しの間動かずにいた奴はふらりと立ち上がり、右手をゆっくり持ち上げたかと思った次の瞬間、俺の頬に拳をあてた。衝撃でひびが入る。

俺が奴に視線をやると、青の眼とかち合った。
俺は口角を吊り上げた。
なんだか久しいがその鋭い眼は確かに、俺が何年間も共にしてきたデイダラのものに違いなかった。


「……………痛ぇ」

火が揺らぐように、瞳は揺れていた。そしてその声は小さく、消え入りそうだった。

「デイダラ」

俺が頬を擦りながら呼びかけると、奴は赤らむ己の右の拳を左手で握り込んだ。僅かに震えている。

「俺だって人殺しになる気は無かった」

震えるデイダラの手を両の手で包めば、奴は俯いた。
暫し沈黙が流れる。

「つらかったな」

俺は宥めるように、手を軽く叩いてやった。

「…オイラ今まで何してた」

奴は鼻をすすりながら呟いた。
俺が槌で殴ってからの記憶は無いらしい。

「そんなもん、メンバーに訊いて回ったらどうだ?」

自分で言っておいて俺は少し面白くなった。確実にどいつもこいつも、「普段より可愛げがあった」と口を揃えて言うことは目に見えている。

「デイダラお前、不細工に戻っちまったな…ククッ」

デイダラは俺の手を払い、大きく舌打ち。早速豹変している。全く、二重人格のようだ。

「マジうぜぇ。人間不信になりそうだ。うん」

奴は捨て台詞を吐くと足早に去ろうとした。ので、俺はその腕を掴み、歩みを止めさせた。奴は「あ゙ぁ?」と怒りをぶちまけている。記憶が無い時の奴の反応が、今思うと凄く可愛かった。

俺は溜め息を吐いてから、奴を見やった。

「俺はてめぇのこと、てめぇが思ってる程酷く思ってないぜ」

同じ犯罪者として、ある程度わかってるつもりだ。お前のことは。

「…………旦那」

あぁ久方ぶりだ、その呼び名。
やはりそれが慣れている。



イタチは二人の様子を見つめ続けた。
会話など耳に入らないが、どうやら事態が終結したようであることを判断した。

「また黒に染まったな…」

うっすら笑う彼の小さな呟きを、誰が聞くことが出来ただろうか。




fin.


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