ずっと、

父様、母様、いってらっしゃい。
必ず帰って来てね。
僕は、待ってます。



「単独任務?」

デイダラが金の髪を垂らしながら訊き返してくるので、俺はゆったり頷く。

「オイラがやり遂げると思って課してんのか?うん」

俺の目の前で「サボりますけど」を意味する発言を平然と言ってのける相方。
デイダラが仕事を度々放棄することは知っている。しかしそれは"仕事内容が己にそぐわない"ものだからだそうだ。今回はどうだか知らないが、流れとしては同じパターン。

「詳しいことはリーダーに聞け」

俺の部屋にどっかりと居座る相方に視線をやること無く、俺は巻物から傀儡を出す。
傀儡は大分くたびれていた。巻物に入る物体がどこで埃をかぶるのか疑問だが、それらしいものが乗っている。ひび割れた箇所は今から直す。素材自体がもう持ちそうにないが、数には困っていないので壊れたら壊れたで問題無い。
それにしても随分破損している。今日は一日中この傀儡と向かい合うことになるのだろうな。

「……あー、旦那?」

傀儡を押し込めるために使った巻物は何個になっただろうか。何年もの間詰めて詰めて、己の背にもそれはある。
傀儡の数は、数えると何体になっただろうか。何年もの間造って造って、己すら造って。

「……おい、オッサン」

…なんだてめぇは、まだいたのか。
俺の心の扉を勝手に開けて勝手に踏み入って来やがる。

「アンタしばらくは部屋に引き籠る予定か?うん」

侵入者は俺の今後の予定を知ってどうするのか、俺が頷けば納得し、立ち上がった。

「早く戻るからな…うん」

奴はそう言って部屋から出て行った。
その背中を俺はジッと見つめていた。感覚としては凄く懐かしく、何年も昔の、あの日の時の。

"いってらっしゃい"?

「……………」

どうして「早く戻る」などと言ったのか。今の自分にとってその言葉は忌まわしいものでしかないというのに。


―――――――――――――――


デイダラはアジトの一番上まで鳥に乗り、屋根の上に着地した。電波の良さそうな場所に来た方が良いかと、そうした彼だが、関係があるのか定かでない。
腰の鞄から少量の粘土を取り、小鳥を掌から生み出すと、それをデイダラは適当に放す。小鳥はデイダラの周りを回るように飛んだり、太陽に向かって真上に飛んだり、好きなように動いた。
突然、ピク、とデイダラは反応し、片手を頭部に触れさせる。

『デイダラ、俺だが』

頭の中に直接声が入ってくるような感覚。ペインの声である。ペインの実物は雨隠れにいるので、デイダラが会話するのは脳の中だ。

「通信して来ると思って待ってたぜ、リーダー」

ペインが話す内容はもちろんデイダラの単独任務の話だが、当の本人であるデイダラは"サラッと"聞いて終了した。彼の適当な返事に対しペインの口調は淡々として変わらなかった。
しかしその無機質なペインのある一言に、二人の流れが一転。

『お前の出来次第では長引くぞ』

「えっ」

デイダラは、己の頭に声を送り込む相手の胸ぐらを今すぐ掴みかかりたい気持ちになった。そのようなことは全く知らないペインは続ける。

『お前が頑張れば早く済むんだ』

デイダラは片方の眉を吊り上げる。試されたような言葉が勘に障るらしい。

「今日はさっさと戻りたいんだ。早く済ませる…うん」

デイダラは相方に用があった。渡そうと考えていた物があった。


空に雲は無く、肌寒くなった季節の中に眩しい太陽が光った。


―――――――――――――――


俺はデイダラが部屋からいなくなってからすぐに、床に寝そべる体勢になっていた。傀儡を修復する予定だったのに。
巻物も、分解だけはした傀儡も、そこらに放置だ。



父様と母様が帰って来たの?
え?まだかかる?

わかった…、待ってます。



俺は横になったまま己の手を見やる。開いて閉じれば、カシャ、と硬い音が部屋に響く。腕を宙に上げれば、細く青白いそこには"繋ぎ目"がある。



ねぇ、父様は今大変なの?
母様はお怪我してないの?



俺は上げた腕を重力に任せ落とした。床にぶつかる音もこれまた硬い。部屋を抜け、通路の奥まで音は反響した気がする。アジトは実に静かだった。

「…………」

阿呆臭い。デイダラがいなくなってから半日程度しか時は経っていないのだ。何を感傷的になっているのだろう。
しかし今日はいつになく"一人"が耐え難い。これは紛れも無い事実。一人になるとどうしても思い出す、両親の顔。



たくさん待ったのに。
僕はずっと、ずっと待ったのに。
帰って来てはくれないじゃないか!!



俺は目を閉じた。
眼球が渇くことはあまり無いが、視覚はそれを通じている。閉じれば視界は真っ暗闇である。

「はぁ…、この身体になっても人肌恋しいとはな」

独り言も響く。後に"メンバーの誰かに聞かれていたらどうしよう"などと考えたりした。

「……」

相方に早く戻ってほしいと少しでも願う自分は、甘えたがりだと思う。人前ではここまで感傷的になることなど、情けないを通り越して、あり得ない。なにより示しがつかない。
相方が戻った時には普段通りでいねば…


「旦那ぁ、入るぜ」


俺は猛スピードで起き上がり散らばった傀儡の脚を乱雑に掴み取った。

「…早かったな」

幸い奴は俺の不審な動きに気づいていないらしかった。「だろ。」と得意気な顔を向けるデイダラに俺はいろんな意味で安堵した。

「最後の方面倒臭くなってよ、まとめて爆破したんだ。うん」

デイダラは朝と同様に部屋に遠慮無く踏み入ると、訊いてもいない任務の事を早口で話し出した。俺も朝と同様に背を丸めた姿勢で相方には目も向けない。
奴が床に腰を下ろした。

「一人静かに、作業がはかどったな?うん」

話題を急に変え、奴は俺の手元を覗く。"一日中部屋で傀儡と戯れたのだから、さぞや集中できただろう"と言う相方の考え方は一般的だった。曖昧に肯定を表す目線を投げる。
しかし今になって漸く本格的に傀儡の修復を始めた俺は、簡潔に述べると「全くはかどっていない」。


「はは、」

小さく奴が笑った。
何かと思い睨みつけると、相手の眼とバッチリかち合う。

「ところでお前、何でずっと俺の部屋にいやがる」

奴の表情にいささか苛立った俺は、奴の存在自体に着目した。すると奴は瞬きし、"言葉の意味がわからない"とでも言いたげな顔をする。

「いちいち任務から戻ったら俺に報告する義務でもあんのかよ」

俺が手に持つペンチを奴の眼前に突き出し指摘すると、奴は衣の下から何かを取り出した。

「オイラはこれをアンタに渡す、っていう義務がある」

奴の手に乗っているのは、幹か何かで作られた、「輪」?
奴が「受け取れ」と投げて寄越してきたので空中でキャッチする。俺は我が手元に来た物体を凝視するが、未だ理解は無理だった。
物体は直径十センチ程の輪で、結び目に小さく白い石がくくりつけられている。

「少し前の任務でオイラ達が行った先でよ、それコッソリ作り始めた。完成したのは昨日だけどな…うん」

デイダラの奴、今までこんな物のために時間を割いていたのか。
と思ったが口に出すことはやめる。

「御守りみたいなモンかな。それの材料の木な、すげぇデカかったんだ。何百年何千年と生きてんだろうよ…うん」

俺が奴を見つめると、奴は俺の手から輪を取り、俺の手首にはめた。カラ、と、木と木が擦れるような音を聞く。

「アンタと気が合いそうだろ?」

俺のために、か。

「くだらねぇ…」

手作りされた輪がついた己の手首を見て、持っていたペンチを床に投げた。俺はそのまま俯いたので、奴の顔は見えない。

「これで用は済んだだろ。とっとと俺の部屋から出て……」

突然に、違和感。
身体を抱きしめられたことで俺は言葉につまった。奴は俺を離さないようにと、力を籠めて包容する。

「…デイダラ」

何だよお前、今日は次から次へと、


「オイラここにいるからな」


何なんだよ


「ただいま。旦那」

奴は俺を腕の中から解放し、ニヤリと笑った。

そういえば昔の俺は、"いってらっしゃい"を言って、"おかえり"を言っていない。ずっと言いたかったが、帰らない両親は俺の夢を叶えなかった。


「……………おかえり…」

舌打ちしてから、俺はそれが言いづらくて、小声で呟いた。



僕、ずっとずっと、待ってたよ。



俺の造られた身体はデイダラの熱を伝えはしなかったが、造り物の中身は温かく包まれた。




fin.



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