密室密着事件

それは任務帰りに起きたことだった。昼間だったこともあって、オイラ達は人目を避けて視野一面木々が広がる森の中をひたすら歩いていた。体中がもう疲れ切っているため無意識のうちに足を引きずる。まあ旦那がヒルコに入って移動しているから、その音はかき消されてしまうんだけども。


「にしても…リーダーの野郎人は殺すなって、どんだけ追っ手撒くのに苦労したと思ってんだ。うん」

「仕方ねぇ、暁も今や目立ちすぎだ。問題は起こすなってことだろ」

「…ちぇっ」


自分としては、もっと危険と隣り合わせのスリルが欲しい。身元がバレて捕まるか捕まらないかのギリギリの追っかけっこが面白いってもんだ。そしてそれとは逆に必死な顔をして逃げ惑う奴を追い詰めるってもんは、それ以上に加虐心をそそられる。
なのに今回の任務は至って安易な人柱力の情報収集。自分が狩ることになっている担当の人柱力の戦闘力だとか、能力といった情報を知ることは確かに戦闘時に役立てるために大事だ。現に各メンバーもきっと今頃他里へ向かい情報を集めに取りかかっていることだろう。しかしオイラは任務の中で一番この情報収集が嫌いだ。なんでって、ただ聞いて回るだけで殺しもなく面白みに欠けるからだ。ここ最近はずっと情報収集の任務が続いていて草臥れている。ああ、つまらない。何か面白いことが起こらないものか。


「あーもう疲れたーッ!ちょっと休憩しようぜ旦那ぁ」

「だめだ。さっさと立て」

「ずっと砂漠の中歩くのって生身の体にはけっこうキツいんだぜ?オイラはあんたとは違うんだよ、うん」

「…チッ」


オイラはその場にしゃがみ込むと、水筒を取り出して口に含む。オイラが受け持つのは砂の一尾の人柱力で、砂の里の近隣諸国まで出向くだけでも砂漠地帯を通らなければならないので体はすでにくたくただ。もうオイラに歩く気もないことを悟ったのか、旦那はヒルコをすぐ傍の草藪まで移動させて、中から本体が顔を出した。任務中に旦那の本体が出てきたら休憩の合図、旦那はヒルコを目立たぬように草木を上に被せている。


「砂の人柱力…絶対防御とやらが厄介そうだな」

「んー、でも強ぇみたいだからどんな奴か楽しみだ。うん」

「バカが。ナメてっとお前の方が殺されるかもしれねぇぞ」

「はは、大丈夫だって」


確かにその我愛羅ってのは、近隣の里でも噂になるほどかなりのやり手らしい。なんでも16で里の長でもある風影に任命されたとか。余程の強さがないと無理な話だ。でも強い奴とやり合うのはやりがいがある。一体どれだけの力があるのかという不安よりも、どんな奴なのかという好奇心の方が勝っていた。


「その甘さがいけねーんだよ。この前だって粘土が足りねえって騒いでたのはどこのどいつだ」

「あーはいはい」

「準備不足はテメーの命に関わることをわかってるのか」


まーた始まった。いちいちこの人は説教垂れて五月蠅いんだよ。毎回のようにぐだぐだと同じことを長続きに言われるこっちの身にもなってほしい。
大体お前は、と言いかけた旦那の動きが止まる。オイラもそれに気付いて瞬時に目つきを変えて神経を研ぎ澄ませた。


「……」

「…敵か」


旦那が小さく声を漏らす。オイラ達が見つめる方向からは微かながらも足音と会話が聞こえてくる。人数はざっと2、3人といったところか。オイラはすぐさま掌を腰のポーチの中に突っ込んだ。しかし「待て」と旦那が止めに入る。


「んだよ…!」

「今回の任務の条件を忘れたか」


旦那はそう言ってオイラを一度睨む。面倒だ、殺すなってか。「じゃあどうしろってんだ」と小声でそう言うと、旦那は小さく舌打ちをしてオイラの腕を強く引っ張った。


「っう!」

「し」


ドカッと思い切り放り投げられて、何しやがると口を開くよりも早く口を押さえられて自分の上に旦那が覆い被さった。旦那は人差し指を口元にやって外の様子を窺う。…外?ちょっと待って。外って一体、ここは外なんだから外も中もないだろう。なんて一人考えていると旦那の顔がすぐ目の前にあって、視界が薄暗いことに気付いた。


「ヒルコの中に二人して隠れることはねーじゃんかよ…!」

「仕方ねぇだろ。他に隠れる場所がねぇんだから」


だからってなんでこんな狭いとこに…そう思いつつもオイラは外の気配を気にかける。二人して小声で話していると、どうやらすぐ傍まで敵がきているらしい。


「なぁ、さっきまでここに誰かいなかったか?」

「いや、気が付かなかったが…」


外から男二人の声がする。旦那はヒルコの中から耳を立てて外の様子を気にしているようだが、自分としてはこんなすぐ近くに旦那の顔があっては落ち着いてなどいられない。元々人とこんな近い距離で、ましてやこんな狭いところに閉じ込められた経験なんて一度もない。正直のところオイラはかなり焦っていた。


「忍か…厄介だな」

「……」


ぼそりと旦那はそう言って、更に意識を外に集中させる。何もすることもないオイラは旦那の横顔を眺める。…思ってみると旦那って、本当に綺麗な顔してんだな。こうして至近距離でじっくり見るのは初めてだけど、近くで見てもやっぱり認めたくないけどイケメンだ。でもそんなことを言ったら、きっと旦那は調子に乗るに決まっているから死んでも言わないけど。口を開けばそりゃあもうとんだ鬼畜でドSだが、黙っていればかっこいいのに。なんて思っていたら、ふと旦那が横に向けていた顔を前に戻す。そのときお互いの目が合った。なんだか今考えていたことが全部見透かされていたらどうしようって思って、思わずバッと後ろを向いてしまった。不自然…じゃなかったかな。しばらく気まずい空気が流れる。


「デイダラ」

「…!」

「こっち向け」


そこからの旦那の無理な要求。いや、そんなの無理に決まってるだろう。


「な、なんでだよ…っ」

「お前の後ろ姿見てると女といるみたいで変な気持ちになる」


な、
このヘンタイ!って言ってやろうかと思ったが、さっき自分が思っていたことを考えると差ほど違わない気がしたからやめた。ちら、と少しだけ振り返り旦那の様子を窺えば、片手で顔を覆って自分を見ていた。そのためまた目がばっちり合ってしまう。


「…誘ってんのか」

「ちっ!違ぇーよこのヘン「ばっ!」


思わずデカい声が出てすぐさま旦那に口を押さえられる。自分でも無意識だったのでしまったと思った。「今声がしなかったか?」と声が聞こえたが、相手が「気のせいだろ」と言って自分達から離れた場所へ気配が去っていくのがわかって一安心する。しかしまだすぐ傍をうろついているようだ。


「っとにテメーは…」

「ご、ごめん…うん」


旦那はそう言ってオイラの口を押さえていた手をゆっくり離す。ひやひやさせるなといった顔で頭を掻く旦那の様子が初めてで、なんだかいつもの無表情からは想像できないほど人間らしかった。旦那のこういうところ、けっこう好きだなあ。


「今、変なこと考えてただろ」

「はっ!?」

「ニヤニヤした顔してた」

「後ろ向いてんだから見えるわけねーだろが…うんッ」


そう怒り小声で言い返して、意地でも振り返らないとばかりにオイラは前を向く。すぐに何か言い返されると思ったのが、思いのほか旦那は黙り込んで数秒だけ沈黙が続いた。どうしたのかと旦那の様子が気になったオイラは、恐る恐るゆっくり振り返る。そのとき唇に何かが触れた。


「…ッ!?」

「お前がこっち向かねぇから、歯止めが利かなくなっただろ」


ククッ、と旦那は肩で笑って舌舐めずりをする。「責任取れよな」と小さく耳元で囁かれて、次に愕然とするオイラの髪にキスをした。
な、ななな…


「何しやがんだあああッ!!」


突発的に旦那の胸元にグーパンチをお見舞いしてオイラの純潔を守る。だって、あんな理不尽なキスされたら当然のことじゃないか。もう知ったこっちゃない。旦那の核大丈夫かなって思ったのに、当の旦那は自分がしたことも忘れてお怒りの様子で心配して損した。敵がなんだ、任務がなんだ、命令がなんだ。犯罪者が今更そんなの気にしたところで可笑しいんだっての。
オイラはオイラのやりたいようにやってやる!













密室密着事件



『ムラムラしたからやりました』
そんなの理由にはならないからな!






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