馬鹿が二人

嘘を、つきたかった。
奴の反応がどういう風か、気になったから。

「オイラ余命僅からしい」

内容はあまり深く考えなかった。適当だった。

「ほぅ」

問題となる相方の返答は、それで終了した。液体の調合に勤しむ奴だが、オイラの話をしっかり聞いた上でそう返したようだった。「で?」と訊かれたが、何も言わずオイラは奴の背を見つめた。しばらくそうして、奴が小さく舌打ちをした瞬間、咄嗟に目線を奴から逸らした。オイラは足早に奴の部屋を後にした。
まぁ予想通りといえば予想通りの結果なのだ。奴が、オイラの命を削っている原因が何なのかを知りたがったりするわけは無い。奴が、眉を寄せてオイラを気遣うわけは無い。

薄暗いアジトの通路を歩くオイラの足は重い。
全く何を馬鹿馬鹿しい。ふっかけたのは己ではないか。結果を承知で少ない希望を夢見て、自滅。しかし承知だったにも関わらず傷心するのはなぜ。

(つまんねぇ奴)


―――――――――――――――


後日、布団に潜り込んで寝ていたオイラは、自分の部屋に他者が侵入した気配を察知し目を覚ました。それは扉を通して入って来たのでなく、恐らく煙を巻いて突如ここへ来た。オイラは目を瞑ったまま物音に注意したが、相手も相手で全く音を立てない。さすが忍。相手が動いたらオイラも戦闘体勢に入る所存だったのだが。動かず何のためにオイラの部屋に来た。オイラは渋々瞼を開けた。

「寝てても良かったんだぜ」

やはり奴だった。奴は部屋の壁際に佇み、ニヤリと薄笑いを浮かべた。暗がりで笑みだけひっそり見えるところは正直ホラーである。
オイラは半分閉じた目で奴を睨んでから、布団から上半身を起こした。

「何か用」

先日のやり取りの怒りを静かにぶつけたりしてみた。奴はそれに対し無表情だった。喋らず動きもしない奴は、本当に人形にしか見えない。
オイラが首を掻くと、ようやく奴は動いた。素早くオイラの腹の上に跨がった。簡素なベッドは悲鳴をあげた。奴は注射器をどこからか取り出し、針を此方に向けた。先端から紫色をした液体が僅かに溢れる。どこにしまい込んでいたか知らないが小瓶も取り出した。コルクで蓋されたそれは水に似た透明の液体で中を満たしている。

「瓶が薬、注射器が毒。見りゃわかるな?」

奴はそう言ってオイラを見た。
オイラは腹にかかる圧に少々息を吐いた。上半身を支えているのは両の腕。体勢がつらい。

「お前は余命僅かなんだろ。なんなら今俺が余と言わずその命を終わらせて楽にしてやるよ」

奴は注射器をオイラの首に近づけた。針が触れかけた時オイラは奴の手を掴んで進行を止めた。

「ありがた迷惑だ、うん」

少しの間、奴が此方を睨んだまま静止した。オイラも同じく。
すると急激に奴の手に力が入り、針が浅く首の皮膚を突いた。液体が注がれる前にオイラは奴の掴んだ手首を捻った。鈍い音を立てて手首は接合部から床に落ちた。注射器をもう一方の手で拾おうと身を浮かせた奴を、オイラが蹴飛ばした。奴はそれをもろに受けたが、ベッドから床へ転がるようにして衝撃を和らげ、片手で身体を起こすと共に此方へ接近。ベッドから離れ壁に背をつけたオイラは、奴の蹴りを避け、拳を振り上げる。奴が直ぐ様手元に戻ったらしい注射器を寄越してきたので、それを平手で叩き飛ばした。
終わった、と思いオイラは遠く床に転がる注射器を見た後、正面に立つ奴を見た。
奴は小瓶の中身を自らの口に含んでいた。
何をしているのかと言葉を紡ごうとしたオイラの口が、奴の口に塞がれた。液体がオイラの口内へと移動するのも一瞬、オイラは奴の身体を押しやった。液体が顎を伝ったので、オイラは乱暴に拭った。

「んだよ…うん」

奴は存在する方の手で口元を押さえる。クスクスと、笑いを堪えきれないようである。

「デイダラ…ククッ、お前嘘ついたろ」

「なにを…」と、言いかけたオイラだが、自分の心臓が大きく脈打ったのがわかり、口を閉じた。
奴はそんなオイラの反応を見てから続ける。

「"もうすぐ死ぬ"ってなぁ」

心拍数が上がっただけではない。体内から熱が沸いてくる。熱くなる背を冷たい壁に密着させることで冷やそうとした。
奴は喋る。

「だから俺も嘘をついてやった」

勝手に速まる呼吸を、必死に抑えた。

(マジかよ…)


「瓶が毒だ」


馬鹿。

身体が重くて、オイラはずるずると腰を落とした。激しい目眩が平衡感覚を狂わせる。前庭も三半規管も機能しない。
奴の毒が即効性なのは知っている。随分と相方を務めてきたのだ。
数分で死に至る。
だから今までそれには注意を払ってきた。

「あんな嘘つくんだ、死に急ぎたいんだろう?」

奴は"してやったり"といった顔をした。
迂闊だった。奴の言葉など鵜呑みにした自分が馬鹿だった。

「…そういう…つもりじゃ…」

なかったのに。

ただ座っているだけなのに、全力疾走した後かのように息が荒くなる。空気を吸っても、肺が受けつけない。悲鳴をあげている。

(冗談の通じねぇオヤジだ)

オイラが体重を全て壁に預けたその時、奴の表情が一変する。作り物の冷めた瞳がオイラを鋭く睨んだ。
オイラは目が回ったような状態になっていたので、奴の瞳を上手く捉えられはしなかった。

「…後悔してるか」

オイラはうつむいた。今、顔を見られたくない。
すると、奴が思い切りオイラの胸ぐらを掴み上げた。抵抗する力など無い。

「後悔するくらいなら、くだらねぇ嘘なんざつくな」

またいつもの説教か。
ああもぅ。

(うぜぇよ…アンタ)

ぼやける視界の中、やっとのことで奴の眼を見た。かちりと合っているかは怪しいが。

「何か言いたいことでもあんのか?」

奴の声が低くなった。苛立っている様子。

いいや、腹を立てているのはオイラだっての。
自分に残りどれ程の力があるか、感覚が無いのでわからないが。
なるようになれ。

向かいに立つ奴の足を思い切り払い、壁から重い自身を離した。一瞬宙に浮いた奴の身体を渾身の力で押さえ、床に叩きつけた。奴からバキッと木が割れるような音が出た。

「…何だ」

奴は当然だろうが痛くも痒くもないらしい。正直痛いのはオイラだ。今ので気が飛びそうな程目眩がした。
オイラは奴を床に押さえつけたまま、口を開く。

「軽い冗談に、決まってんだろ。それを、マジな面して、説教とか…、うける」

言葉を紡ぐことより息をすることに集中した結果、文章はぶつ切れになった。相手が聞き取れるかどうか定かでないが、こいつ…サソリの旦那なら大丈夫な気がする。

「終わりか?」

奴が舌打ちした。直後、腕に小さな痛みが走るのがわかった。苦労して焦点をそこに合わせると、奴が先の争いの原因であった怪しい注射器を扱っていた。危険に見える色合いの液体がオイラの体内に入る。危機感を覚えたが黙ってそのままにした。

「…こっちは解毒薬だ。色はヤバいがな」

奴は針をオイラの腕から抜きながら呟いた。その表情は明らかに暗かった。オイラが悪いのか。

「タチの悪い、冗談だな」

そう言いながら奴はむくりと起き上がり、その拍子にバランスの崩れたオイラを支えた。注射器の中身が本当に解毒薬だったのか、死期が近いのか、なんだか眠くなってきた。

「俺を遊び相手にしたいみたいだが、生憎忙しいんだよ」

と、奴は溜め息。

「オイラの部屋に居る時点で…暇をもて余してんだろ、うん」

その後何やら奴が反論していたようだが、オイラの意識はその辺で途切れた。


―――――――――――――――


俺は暁のリーダーを務める長門であるわけだが、皆にはペインとして理解してもらっているため、今は長門という名は伏せよう。
さて、昨日我等のアジトにて惨事が起きた件について。俺は呆れと怒りが入り交じっている。

「どうされたい」

正面に突っ立つ馬鹿者二人に向け、俺はそう言うのだ。無感情に。
しかし返ってきた言葉は、全く悪びれもしないものだった。

「部屋に戻りたい」
「寝てぇ…うん」

ちなみにサソリ、デイダラの順で。
俺が、ペインが普通の身体であったなら、青筋を立てるところである。そこを我慢して、やんわり言ってやる。

「処分の話だ」

まあ俺はこの組織の中では寛大な方だと自負している。こいつ等が素直に謝罪でもすれば、この件は無かったことにしてやろうとは思っていた。素直に謝る奴などいるはずがないとも、思ったが。

「処分と言っても…今回はアジト壊したわけでもねぇだろ。アンタに何か迷惑かけたってのか」

幼い顔立ちの赤髪はそう言い、

「オイラは既に罰受けたようなもんだぜ」

げっそりした表情の金髪はそう言う。

(…こいつ等……)

馬鹿者二人に説明してやろう。
お前等は組織のメンバーであることにある程度責任を持つ必要があるのだ。普段から口を酸っぱくして言っているが、メンバー同士で殺し合うのは絶対に避けてほしいこと。くだらない喧嘩で戦力を削るなど愚かでしかない。暁の忍は実力がある代わりに殺気立った奴が多すぎる。自重しろ。わかったか。

「わかったわかった。で、リーダーはオイラ達にどんな処分を?」

まるでわかっていないような返事をして、デイダラはそう訊く。サソリの半開きの目はどこを見ているのだ。二人して余裕だな。
俺は少し声を大きくして、言った。


「減給だ」


馬鹿者二人が一気に青ざめたように見えたのは気のせいか。

「困るな。材料費の他にもいろいろかかるんだ」

うやむやに反論したのはサソリ。そして俺は淡々と返す。

「頑張れ」

サソリは無表情の中にも"打ちのめされた"表情をした。デイダラは何も言わないが多分サソリと同じだろう。
この二人には材料費として組織全体からそれなりの金を渡してやっていたのだが、資金不足になると自腹にさせる制度だ。つまり不足していなければ金はやれるというわけだが、今それすら消し去ろうとする俺。

「おいおい、今日のリーダー厳しくねぇか?うん」

苦笑して訴えるデイダラ。まだ俺に助けを求めているようだが…。

「話は以上だ」

俺は煙と共にその場を後にした。


―――――――――――――――


リーダーが去り、残されたオイラ達は間抜けだった。
旦那の奴。こいつのせいで身体はボロボロになるわ、給料は減るわ、最悪だ。もとはと言えばオイラの嘘が原因だが、こんなことになるとは思ってもみなかった。
結局、奴の解毒薬が効いたらしく、今オイラは元気でいる。奴は殺す気があるのかないのか。オイラは悲しめばいいのか喜べばいいのか。いや…しかし、昨日の奴の暗い表情を思い出してみると、奴は少なくとも愉しい気分にはならなかったようである。オイラに生きてほしい、のか。

「てめぇのせいだぞ」

奴が横でぼそりと呟いた。他者を蔑む笑顔をうっすら浮かべて。

「いっそ殺しておいて…リーダーにコンビ替えてもらった方が良かったな」

奴はそう言いきると、自室に戻るであろう一歩を踏み出した。

…………………。


(やっぱうぜぇ)


怒りがぶり返したオイラは、その足の行く手を塞ぐように横から自身の片足を突き出した。
しかし奴はオイラの足をさっと回避し、何事も無かったように歩いていった。

「チッ」

オイラが舌打ちすると、奴が振り返った。

「何だ餓鬼。やんのか」

「オイラもコンビ替えてぇから協力するぜ。死ぬのはアンタだけどな…うん」

「ほぉ。今のは面白い冗談だと思うぜ」

「あ゙?」


そしてアジトを破壊する喧嘩が始まって、少しした後、再びリーダーからのきつい処分が下るのだ。




fin.


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