よくあること
暁のツーマンセルは言葉通り二人一組なわけで、戦闘時ももちろん二人一組だ。しかし、一組だからといってその二人が共に闘うことはあまり無い――角都と飛段は割りとそうでもない――。同じ戦場にいるにも関わらず互いにバラバラの敵をバラバラの戦法で殺す。そのために相方の攻撃が誤ってもう片方の身体に当たることもしばしば…。
サソリとデイダラも例外ではなかった。
「三回目だ」
ヒルコに収まった状態でサソリは愚痴った。最後の一人である敵をのしてから舌打ちをし、本体が登場してきた。辺りは岩と湖のみで気候は穏やかだ。外気に晒される夏空の下、ヒルコのメンテナンスを始める相方にデイダラも舌打った。
「いちいち数えるとは随分神経質なこった」
サソリが神経質であることは何年も前にわかったことだが、こんな時まざまざと思うデイダラであった。
「遂に詫びることも忘れたか、糞餓鬼…」
メンテナンスの手を休めることなくサソリは苛立ちを露にしている。
サソリがこうも不機嫌な理由はほんの数分前にある。
とある任務で雲隠れ付近に奇襲をかけに出向いたサソリとデイダラのコンビだが、途中で向こうに気づかれてしまい、その場で戦闘、という流れになった。雲隠れの忍達は五十程。真っ先にデイダラは起爆粘土を撒き散らし敵陣に飛び込み、その後に地で溜め息を吐いてからサソリもヒルコを引きずりデイダラに続いた。しかしデイダラはとにかく暴れたいらしく、サソリなど気にせず爆発を起こしていて。それを避けながら傀儡を操るサソリは予定通りに敵を倒せず、しかも爆発のとばっちりを受けてしまった。一度目はそれ。二度目は粘土そのものがサソリに飛んできた。そして先程の三度目は、一度目と同じ過ちだった。
「そうは言うけどよ!オイラだってアンタの攻撃当たりそうになったんだぜ。うん」
デイダラも、サソリの"自分だけ被害者"とでも言うような口振りに苛立っている。
「三回も、か?」
サソリはゆっくりとヒルコから手を離し、静かに言った。デイダラからはサソリの身体でヒルコはよく見えないが、どうやらかなり破損している。デイダラはその傷痕を睨み、薄笑いした。
「だからそんなもん数えてねぇよ。でも三回以上だった気もするなぁ」
わざとらしい口調でそう言うデイダラに、クナイが飛んできた。ちょうど眼を狙われたようだがデイダラは反射でかわした。頬が僅かに切れた。
「デイダラ…こっちに来い」
サソリは背を向け座ったままデイダラを呼ぶ。声はとても小さかった。デイダラが「あ?」と返したすぐ後、サソリは左手をクイ、と動かした。
「!」
途端デイダラの身体がサソリの方に引っ張られた。サソリの左手に従う身体は言うことを聞かずに宙を舞った。慌ててデイダラがサソリを見れば、彼は小刀を構えている。
「ちィ!」
身体は放っておけば小刀に真っ直ぐ刺さる。デイダラは無理矢理右手を鞄に突っ込み粘土を出した。急いで掌から蜘蛛を作りサソリに投げた。デイダラが印を結ぶのとほぼ同時、サソリは軽々しく身を翻し後方に下がった。
爆発が開戦を意味するかのように二人の間で起こる。土が飛び散り風が吹いた。
「はぁ…。せっかく付けたチャクラ糸が…」
サソリはヒルコを口寄せ用の巻物にしまい、頭を掻いた。わざとらしく人間臭いその動きにデイダラは複雑な想いを抱きながらも、己の身体を確認する。
「さっきのクナイが仕掛けだったか…。うん」
クナイに毒が塗られていないか、ということばかり気にしていたデイダラはチャクラ糸のことなど念頭に置いていなかった。
デイダラが小さく息を吐くと金属が鳴った。音のした方向を見ると、サソリが手に持つ小刀を地に刺したところだった。
「さっさと来い…」
サソリはそう言うなり片膝を立てた姿勢で素早く巻物を出し、傀儡を口寄せした。
「傀儡など使わなくとも俺はお前を負かせられるがな…」
デイダラは眉を寄せた。
サソリはいつにも増して無表情で、注意して聞かねば聞こえない程に声は小さく低い。
怒っているのだ。
「ならてめぇから来たらどうだ!?」
デイダラが声を荒げると、場は静寂に包まれた。なんだか、その静かさまでもが耳障りだった。音が無いのに耳障りというのも変だが、今はそんなものが鬱陶しい。
「傀儡は遠距離タイプが多い。近くに来ればお前が勝てるかもしれないんだぜ、デイダラ」
サソリがそう嫌味たらしく"助言"してやった瞬間、デイダラは切れる。
(なに"自分が勝つのは当たり前です"みたいな顔してやがる)
掌を合わせ、ドラゴンの形状をした起爆粘土を出した。白い煙を巻いて巨大化させ、デイダラはその背に飛び乗った。
「生憎、オイラも遠距離タイプだ…うん」
デイダラは顔に似合わぬ低音で呟いた。
「ほぉ、知らなかった」
するとサソリは頭上に豆電球を浮かべたような反応をし、嘲笑った。
デイダラの逆鱗に触れる発言ばかりしてくる彼は、挑発しているのか、はたまた怒りを発散しているのか。真相はわからないが、それを受けるデイダラはそんなことはもう考えていなかった。
「もうろくジジイ!」
デイダラの乗るC2ドラゴンは空高く飛び、大きな口を開けた。そこから大量の起爆粘土が出てくる、のかと思いきや。ドラゴンの口からは何も出てこない。地上でサソリはそれを見つめ、すぐに何かに気づいた。
フェイントだ。
サソリは操る傀儡をデイダラへ飛ばした。
「喝!!」
デイダラが空からサソリに向け印を結んだ。途端サソリの足元は一瞬光ったと思うと大きな爆発を起こした。湖は反動で暴れ、その水は雨のように辺りに激しい音を立てて降り注いだ。遥か上空にいるデイダラにもそれは同じで、長い金髪は濡れて肌についた。
「どこ行った?…うん」
デイダラは眼を凝らして地上をくまなく見渡した。岩が所々削れ地面はひび割れている。
「髪、エロいぜ」
デイダラの後ろ髪がふわりと掴まれた。
「…!」
サソリはデイダラの真後ろ、C2に乗っていた。そして急に優しく掴まれていたデイダラの髪は勢い良く後ろへ引っ張られ、金髪の張りつく首に痛みが走った。デイダラが唸るとサソリは髪から手を離した。
「戦闘で足を引っ張る髪なんざ切った方が良い」
デイダラがよろけてサソリの方に向き直ると、彼の赤い髪も濡れていた。その手には先程の小刀があった。しかも真っ赤に染まって、下に垂れるそれはC2を染めた。
「何でこんな場所に…来れ、」
デイダラはサソリがどうやってこんな高い位置へ来れたのか疑問を投げようと、したのだが。喋るたび血管がどくどくと騒いで、首筋がべっとり気持ち悪い。触るとそこには鋭い切れ目が入っていて、指先が血を確認した。
「お前が爆発を起こす前に俺が操ってここへ飛ばした傀儡が、俺、ってことだ」
サソリが先程飛ばした傀儡は変わり身ができるもので、C2になんとか着地できた傀儡はサソリになっていた。逆に地上で爆発したサソリはその辺で手に入る木製の傀儡になっていた。
「良い作戦だったが…ちょっと甘かったな、デイダラ」
サソリが一歩デイダラに近づくと、デイダラは一歩後ろへ下がった。貧血で顔は白くなっていたが、その眼は鋭くサソリを睨んでいる。しかしまた一歩サソリが近づけば、彼は一歩下がった。
「クク…あんまり下がると落ちるぜ?」
サソリは目の前にいるデイダラの眼と行動の不釣り合いさに笑った。
「なぁ、"ごめんなさい"…って言やぁ許してやる」
サソリは血のつく小刀をデイダラにあてがった。なぜデイダラが避けないかというと、身体は再びチャクラ糸に支配されていたからだ。そしてサソリが左手の人差し指を曲げるとデイダラの上半身も曲がり、お辞儀をする形となってしまった。
「てめぇ〜……」
無理矢理従わされるデイダラは青筋を立て、必死に抗おうとしていた。首筋からは未だ血液が滴っている。
そして、これ程の怪我をした自分と三度相方の攻撃のとばっちりを受けたサソリとどちらが被害が大きいかと考えれば、それは前者である自分なのではないかと思うデイダラだった。もちろん、謝るのが自分だけということも疑問だ。
「謝らねぇならこの場で傀儡にしちまうよ?」
サソリはデイダラの耳元に近づき囁いた。
「旦那…楽しそうだな、」
険しい表情でデイダラはサソリを見つめた。サソリは随分と笑顔で、まあそれが純粋な少年の笑顔でないことは想像に難くないが、とにかく生き生きと楽しそうなのである。
「あぁ楽しい。すげぇ楽しいよ…お前で遊ぶのは」
サソリはゆっくりと喋り、小刀をデイダラの腸の辺りに押し込んだ。すぐさまデイダラはそれを遮ろうと手を伸ばしかけたが、チャクラ糸がそれを止めた。刃はどんどんと身体に入っていくのでデイダラは顔を歪める。声を押し殺して荒い呼吸を飲み込んでいる。
「"ごめんなさい"…は?」
やっていることとは裏腹に、サソリの声は優しい。デイダラは薄く笑い言った。
「…死ね」
喧嘩はまだ、始まったばかりだ。
fin.