教わり、気遣い、

今日は朝からなにやら雲行きが怪しい。灰色、いや黒に近い積乱雲は暁のアジトの上空一帯を覆っていた。
オイラのテンションは低い。今日から少し長い期間の任務だというのに、雨やら嵐は厄介だ。それに一日で終わらない任務は途中で飽きがくるので自分には向いていなかった。

オイラは起床して任務用にあれこれ準備した後、旦那の部屋を訪ねに行った。

「デイダラ悪ぃ。今日からの任務、俺は行かない」

扉を開けたオイラを見て、旦那は開口一番そう言った。謝るなど珍しい。
「ヒルコの一番重要な部品が見つからないから」と、少年の姿の彼は傀儡の部品を部屋中ウロウロ探し回っている。物を無くすなど、これまた珍しい。
その部品が無いと任務に支障をきたすのだろうか。とにかくオイラは一人で任務にあたるのだと判断した。

「じゃあな旦那」

オイラは旦那に"いってきます"に似たニュアンスの挨拶をして部屋を出た。

暁のリーダーであるペインはサソリの任務不参加に納得したが、オイラを見て顎に手をやり「では……。そうだな、」と独り言を話した後、「ここで待っていろ」と言って姿を消した。なんだろう、オイラはさっさと出発したいのだが。
数分後、リーダーはもう一人誰かを連れて現れた。漆黒の髪を後ろで束ねたその人間はオイラを見ながら喋り出した。

「俺が任務に同行する」

リーダーは、なぜこの男を連れてきたのだ。オイラが一番嫌い、相性も悪いことを知っているはずだ。
オイラ一人で行かせろ。
そう言ってもリーダーは首を縦に振らなかった。

「基本暁はツーマンセルだ。それにデイダラ、お前を少しでも長めの任務に一人で行かせると途中ですっぽかして帰ってこない時がある」

リーダーの言葉は図星だった。今回もオイラは飽きたところで任務を放棄する予定だったのだ。

「鬼鮫が今ちょうど出ていてしばらく帰ってこない。手が空いていてお前に付き添えるのはイタチだけなんだ」

他に暇なメンバーはいないらしい。
だからといって、戦闘法にズレがあるオイラとコイツをツーマンセルなどにしても任務が成り立つのか。
「これが最善と考えろ」と、リーダーは表情を一切変えずにオイラに告げ、再び姿を消した。
広い空間に二人が残る。
オイラは夢であってほしいと願ったが無意味だった。

「行くぞ」

イタチは一言だけ言い、アジトを出るべく煙と共に消えた。オイラもやむなくイタチに続いた。




オイラはサソリの旦那以外のメンバーとツーマンセルを組んだ経験など皆無に等しかった。何年も何年も、あの傀儡野郎と歩いてきた。
しかし今、オイラは暁内で最も接したくない男と朝早い森の中を一緒に歩いているのだ。
ありえない。

この任務は五日間。火の国方面で、暁に近づこうとする忍を抹殺するというのが目的だ。リーダー曰く「角都のように資金集めも是非」とかなんとか…。換金所に遺体を持っていくなど、オイラの術では不可能だ。なので資金集めは旦那に任せる、予定だった。
旦那もリーダーも、オイラの心情を察しろ。本当に、一人の方がマシだった。放棄はするかもしれないのだが、イタチと組むぐらいなら真面目に一人でも遂行すると誓う。
今からでもそうはできないだろうか。この状況を変えることはできないだろうか。
何か理由を作り……

「デイダラ」

急に横から声がかかり、オイラは心臓が飛び上がる思いだった。

「出発してからずっとうつむいているが、具合が悪いのか」

オイラは目を見開いた。
慌てて「いや、」と短く答えたが、自分はそんなにずっと下を見っぱなしだったのだろうか。

(心配、したのか?)

脈が速い。身体の血が早く廻っている。
イタチは相方の動作をちくいちチェックでもしているのか。この男に言われるなど夢にも思わなかった言葉はオイラの頭の中をグルグル反芻していた。
あぁ、ビックリした。

オイラもイタチの動作を気にしてみた。そこで気づいたのだが、奴はずっとオイラの横を並行して歩いている。
何か、違和感を感じてならない。サソリの旦那は常にオイラより数歩先を歩いていたのだ。

…イタチはオイラを警戒し、監視しているということでいいのだろうか。
それなら望むところだ。

「空から何かが攻めてきてもわからないぞ」

イタチはオイラがうつむいたままであることがどれだけ気に食わないのか知らないが、オイラの髪の結び目を掴んで頭を上げさせた。力が強くて首の骨が変な音を立てた。

「口で言やぁいいだろーが!うん!」

手を払い退け、オイラは真っ直ぐ奴の眼を見た。瞳はその髪と同じで黒い。
餓鬼扱いされたようで苛立ったオイラはスタスタと奴を抜かして足を進める。テンションは起きたての時より更に下がった。
イタチがいようといまいと関係無い。オイラは一人で任務をやってやる。




木の葉の里付近まで来た時、オイラは足を止めた。正面からは、少し前の任務で見慣れたあのベスト…。木の葉の忍が現れたのだ。
起爆粘土の入った鞄に手を伸ばしかけたが、イタチは"待て"と制した。オイラは犬ではない、と睨んだが奴は正面をじっと見ている。そして間も無く忍達は意識を失いそこへ倒れた。
写輪眼を使ったのか。

「お前の術は目立つ…。隠密に行きたい」

今の瞳術で忍達は精神崩壊したらしかった。これでしばらく起き上がらない、とイタチは彼等を避けてまた歩き出す。しかしオイラは納得しない。
殺すのではないのか。
なぜ生かすのだ。
リーダーからの命令では、

(暁に近づく奴等を殺すんだろ…)

そう言おうとしたところでイタチが振り返りオイラを見た。瞳は変わらず黒い。

「今の人達は俺達が木の葉へ近づいたから、かかってきた。そうではなく陰でコソコソ暁のことを嗅ぎ回る奴等を始末しろと、リーダーは言いたいんだ」

淡々と話すイタチの言葉は回りくどいが、奴は"無駄な殺生はいらない"と言いたいらしい。
…平和主義?
いや、暁に属す上でそれはない。あってはならない。

「そんなに殺したいか?デイダラ」

イタチがオイラを、睨んで、いるのだろうか。声のトーンは低い。
オイラはいつ何どきもサソリの旦那と一緒だったのだ。旦那は構わず敵を殺め、無関係の人物をも「邪魔だから」とその手にかける。見習ってきたというと微妙に違うが、その様を見て"これが普通"と思った。
旦那は言っていた。
殺したきゃ殺せばいい。

「てめぇ、"一族惨殺の"って異名があるじゃねぇか。殺すこと、大好きなんだろ…うん?」

今度は確実に睨まれた。
しかもあの、紅い眼で。
オイラは思わずひるみ、眼をそらしてしまった。

「お前と俺は人を殺す理由が違う」

…………うぜぇ。

「里が近いんだ。早くにバレると任務がやりにくくなるだろう」

「わかったな、」と、呆れるように、なだめるように言うと奴はオイラに背を向けた。

うぜぇうぜぇ。
犯罪者のくせに、善人ぶった風な口振りだなオイ。


「…オイラは、お前となんか組みたくなかった」

オイラは荒い口調で喋ったつもりだったが、耳に届いたのは泣いているような、か細いものだった。
なんだよ、この喉は。

その時、頬にポタ、と何かが当たった。出発する際に笠をしていかなったもので、雨が身体を濡らし始めたのだ。
朝に雲行きが怪しかったことは確認したではないか…。イタチと組むことで頭がいっぱいになり雨への対策を忘れていた。
しかし、イタチまでなぜ笠を被ってこなかったのだろうか。

「………お前が被っていなかったから俺も被らなかった」

オイラは何も口に出していないが、奴も雨が当たったことで同じことを考えたらしい。まるで口を尖らした子供のようだった。

辺りを見回すと大樹があったので、オイラはその下で雨宿りでもするかと少し思ったが、やはりイタチなどと二人きりは御免こうむる。
しかしそのイタチが口元を抑えながら咳をしやがったのでその案は渋々可決。





(旦那といる時は雨宿り、しなかったな)

大きな樹の下で、オイラは雷鳴を聴いていた。まだ止みそうにない。
イタチはオイラの隣に腰を下ろし、後れ毛を鬱陶しそうにはねていた。そして咳をする。
イタチは会議中もたまに咳をしていた。誰かが咳やくしゃみをすると、姿こそ妖しい色の影をしているが声でわかってしまう。

「……………大丈夫か、うん」

オイラは、先程イタチに心配されてしまった分を返してやるという意味合いで奴を気遣った。しかし隣の男は鼻で笑う。

「…顔。人を心配する時は、そんな顔しない」

オイラは眉間に皺を寄せ、眼を細めていた。つまり"とても嫌そうな顔"だ。
どの辺が違うんだ。

「人を気遣うのは得意じゃない…うん」

得意、以前に経験自体無いんじゃないか?などと純粋な表情で言われたので苛立った。

「旦那の身体は気遣う必要無かったしよ、うん」

これは言い訳くさいだろうか…。

「自分自身の身体を気遣えばいいさ」

よくわからない。
オイラは「んー」と言葉にもならない返事をした。
我が芸術は、自身をかえりみていては成し遂げることなどできない。無意識にそう思った。
ふと、視線を感じた。

「お前はまだ若い……」

奴はオイラを見てわけのわからない事を言っている。
お前だって若いだろうが。

「俺には弟がいる」

知っている。

「お前と大して背も歳も変わらない。まだ何も知らない、わからない」

意味がわからないが。

「だがこれから多くを知っていくんだ。知らなければならない。それには、多くを教える人が必要だ」

………。

「俺は弟に多くを教えるんだ」

………………。


「お前にもそんな人がいるんだ。必ずな」


くどくど、話がいつも長い。それに、

「てめぇはオイラに、何も教えないのか、うん」

疑問を振れば奴は頷いた。
意味がわからない。
てめぇのせいで、またテンションが下がった。

「お前の相方も教えてくれる人だ」


旦那から?
旦那が教えてくれたことは、先程の"殺すこと"について、のみだ。

「その人が教えることを記憶し、生きればいい」


教える、ことを。


「じゃあ、オイラは旦那から教わったことを記憶して、生きる。うん」


イタチを見据えた。
奴は薄く笑う。
うつむいた瞳は黒ではなかった。


「好きにしろ」



旦那から教わったこと。

"殺したきゃ殺せばいい"


「この任務中、片時も忘れねぇさ…うん」


やっぱ、てめぇからも教わったよ、今。


雨はまだ止みそうにない。
しかしオイラのテンションは上がってきたのだった。
任務は飽きそうにない。




fin.


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