君を呼ぶ

「おい」

何か、誰か後ろの方で呼んだな。オイラを呼んだのか、はたまた違う誰かを呼んだのか。
わからないので無視した。自分は呼ばれていないのに振り返り返事をしてしまうのは恥ずかしい。

「おい!」

語気が強められた。少し苛ついている様子。
全く。呼ばれた奴、返事をしてやればいいのに。
オイラはそんな風に思いながら粘土を弄くり、見晴らしの良い崖の淵に座っていた。

すると突然、オイラは背中に衝撃を受けた。

「うわっ!」

驚き崖から落ちそうになってしまった。背中がジンジンするぞ。蹴られた。
そこで振り返ってやると、赤い髪のサソリの旦那が自分を見下していた。
え、なんだよ。何で蹴るんだよ。

「返事しろよてめぇ殺すぞ」

旦那が怒りながらオイラに殺人予告をしてきた。
返事って何。何の返事だ。

「先輩に呼ばれたら元気に返事するもんじゃねぇのか」

静かに言っているようだが逆に怒りが滲み出てきている。

「旦那、オイラのこと呼んだのか?うん」

なんて聞いてみると、「ボケてんのか」と言わんばかりの眼をされた。

「さっきから俺はお前を呼んでいたが?」

マジで?知らねぇけどそんなの。
あ、あの「おい」っての、旦那がオイラを呼ぶ声だったのか。

「耳悪いのか、」

同情するような馬鹿にするような表情でコイツはオイラを見てくる。腹立つんだよその顔。耳は万全だ。
そもそも、「おい」だけでは誰を呼んでいるか特定できないではないだろうか。アンタの怒りは理不尽だ。
「"オイラ"を呼べ、うん」と言ったら「だから呼んだだろーが」と言われた。話が噛み合わない。

「旦那、オイラはデイダラって名前があんだ。名前、呼んでくれよ。うん」

困ったようにそう説明すれば、奴はやっと納得した。

「だが俺はお前以外の奴を呼ぶ機会はあまり無い。俺が呼んだらそれはお前を呼んだととっていい」

旦那は友達がいない奴みたいな発言をした。
しかし、たまにだって他の奴を呼ぶことは絶対にある。

「それでも一応名前呼べよ。わかりやすいだろ、うん」

そう言われた旦那は微妙な顔をした。

なんだ?オイラの名を呼ぶのが嫌か?
ケッ。じゃあいい、別に。

「オイラのこの"旦那"ってわかりやすいだろ、うん。アンタのことだけだ」

皮肉めいた口調で奴に"不貞腐れた感"を伝えた。
機嫌悪いのか?と、奴は不思議そう。
アンタのせいだ!

「ところで何でオイラを呼んだ?うん」

さっさと本題に入らせてやろう。
しかし旦那は、「別に」とか言って。

「そんな所に座っていたら落ちるぞと、言いたかっただけだ」

本題は無いらしい。しかもこのオイラが崖から落ちるわけないだろ!つうかアンタに落とされそうになったし。

舐めているのか、と反論しようかとも思ったが、旦那は多分心配してくれたのだと感じた。
あー、そう。とオイラは曖昧な返事をした。


───────────────


広間にちらほらメンバーが集っている。これから会議があるはずだ。オイラは他の奴が現れてくるのを見ていた。その時近くから、

「おい」

旦那の声が呼んだ。
だからオイラはその声の方を見て、自分も呼んだ。

「だん…」

しかし、旦那はリーダーと話していた。

イラッ

自分のこめかみが動いたのがわかった。目元に皺を寄せ、オイラは前方に向き直った。
やはり、やはりだ。
他の奴を呼ぶ機会は必ずあるのだ。
だからオイラは言った。名を呼べと。
オイラは旦那を睨んだ。なぜこれ程腹が立つのか自分でも謎だ。

旦那がこちらに向かい歩いてきた。話は済んだらしい。旦那がオイラに目を合わせて喋り出した。

「おい。この会議の後、ちょっと出るぞ」

何?出かける?あぁいんじゃねぇの。
…それはいいとして、
オイラの名前は「おい」じゃない!!

「どうした?顔真ん丸になってるぞ」

コイツ、オイラが膨れっ面になる原因が自分にあるってわかんねーのかよ。いや、わかれよ!
じとっとした眼で旦那を睨んだ。気づいていないようだが。
オイラの横にいた小南が、よくわからないが「クスッ」と静かに笑った。

もしかして旦那の野郎、オイラの名前忘れた?いやそんなはずはない。オイラが気にしすぎるから悪いんだ。

と、気づけば会議は終わり、奴はまた、

「おい、」

行くぞ、的なかんじでオイラを見てきやがった。もう知らねぇ。
返事などするものか。
オイラの名前を呼ぶまでな!






その後のペインと小南の会話。

「私が前サソリに"随分彼の名を呼ぶのね"と言ったことが何か関係しているのかしら。デイダラが面白いぐらい拗ねているように見える」

「あぁ。関係している、小南」





fin.


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