パートナー

白いような、灰色のような何も無い空間に俺はいた。
しかし無重力の果て無き空間というわけでなく、自分はしっかり"地"に腰を下ろしている。緩く膝を抱えて背を丸める俺は、端から見れば老人だ。

指を地面らしき場所にやればザラリと埃か土が当たる。視界には映っていないが。
近くに木でもあるのだろうか、風でざわつく音が聴こえる。しかしそれも見えはしない。


俺、いつからここにいただろうか。
思い出せない程昔だったか、はたまた記憶は飛んだのか。
しかし、どうでもいいや。という気分が最近強くなってきている。困ったことだ。こんなにも俺は無気力だったのか。
いやいや、無気力なんかじゃないのだ。俺は死んでからずっとあることを考え続けていた。意識が世界から消える間際に理解した奴の感情。

ごめん、人形だからさ。

そんな台詞を吐いたら、ますます奴は怒ってしまうな。いや、"怒ってしまう"と理解できるようになっただけでも褒めてくれ。


「あいつ、いつ死ぬかな…」


酷いなどとは言うな。わかってやれなかったことを、詫びたいだけだ。







……それにしても、ここは暇だ。
腹が空く感覚があり、睡魔が襲ってくる時もある点に関しては僅かに嬉しさがある(ちなみにどれだけ空腹であっても、この空間にいるせいか餓死や貧血など、病気とは無縁だ)。
しかしだ。時間が不明で、自分の他に生物が存在しない。暇だろう。時を無駄に過ごしている気分が凄く大きい。既に終わった人生の外で無駄も何も無いのだが、俺は現に意識があるのだ。意識がある限り思考は止まらない。
歩くことは可能だ。しかし景色はいつまでも真っ白。奥行きがわからない。
風が髪を揺らすことがある。しかし方角がわからない。

結局、考える内容はふりだしに戻るのだ。


「あー、あー」

人がいないので必然的に俺は喋る機会が無い。だからこうして時々発声練習をする。一人でこんな行為は馬鹿らしいかもしれない。いや馬鹿らしい。

馬鹿らしいといえば、ババアも死んだことがわかった。他人に術を吹き込んで己の魂を棄てたらしかった。なにやってんだか。

そう、俺は孤独にこの白い空間にいながら、人々の生死に関する情報を手に入れることができていた。情報はどこからともなく頭に侵入してくる。なのでいつ頃誰が死んだのかすぐわかる。死者の中には俺が名前を知っている程度の忍やら、見知った組織のメンバーやらも含まれていた。

「おいおい…不死なんじゃなかったか?」

俺は馬鹿にしてやった。いや、俺は「命は永遠」などと語っておいて真っ先にこうなった。なのでもちろん奴等も同じ運命にあるべきだと自分に言い聞かせている。つまり負けず嫌いの要素が含まさっているわけである。

感情豊かになってきた。

俺は膝を伸ばして上半身を後ろへ倒し寝転んだ。両手は後頭部で組み、一息。

ふぅ。

視点に任せて空を見ても、そこは白いだけだ。空なのかどうかも怪しい。本当はそっちが"下"かもしれない。
目を閉じた。穏やかな時間が俺の周りを包んでいる感覚がある。

とか、思っていたら。

「…!!」


即座に俺はパッと目を見開き上半身を起こした。
何がどうしたかって?驚くことがあったに決まっているだろう。

奴が、奴が死んだ。

説明したように生死の情報は何をしていても俺の脳内に入り込むのだ。
俺は立ち上がり思わず走り出した。どこへ向かって行くのかわからない。どっちが"前"なのかわからない。しかし無意識的に俺はただ走った。
俺は進めているのか?景色など無いのでさっぱりわからない。しかし風を切っていた。

この空間に来てから誰一人として遭遇していない。もしかしたら両親がどこかにいるのだろうかと考えたこともあった。しかし俺しかいない。

(走っても、いるのは俺だけか)

何かを求めてひた走る俺は、俺以外の存在に巡り合えるのか?そんな疑問は浮かぶ。でもいくら走ろうが息切れしないのだ。これはもう走り続けるしかない。動けば何か、変わるかもしれない。


「デイダラ!」


俺は呼んだ。


―――――――――――――――


やはり自爆した…。まあ相手はサスケだったから当然の結末だと言えよう。土の性質では雷に勝てないし写輪眼はチャクラを色で見分けることができる。C4も写輪眼を前にしては歯がたたなかった。

(C4自体は脅威だというのに)

なぜあんなにも己の身体を顧みない。"芸術"という名で呼ばれる忍術に執着するあまり死の意味すら考えない。
芸術が己そのもの?何を言っている。死しては作品を何一つ残せやしない。大地は跡を負ってもいずれそれを消していってしまうのだ。記憶など共に消える。誰もお前のことなど覚えていてはくれないのだ。
それともなんだ。俺に覚えていてほしくないというのか?お前は終始俺を疎ましい目で見ていたものな。それが単に"ハイテンションな後輩"が不快だったのか、仮面の下に隠れるこの"眼"が不快だったのかはわからない。
しかしどちらにせよ結局は、お前は奴のところへ行くのだ。俺が本気で止めたとしてもお前は聞く耳を持たない。
俺がお前を呼んだ時、たまにお前は俺ではなく俺より先を見つめる。お前自体は気づいていないのだろうが、こちらとしては違う世界に一人立たされたような妙な疎外感を感じる。

いや、しかし、お前は優しい。
非情に見えて実際はそうでなかった。
そんなところが、

「僕は好きだったんすよ」


広い草原についたお前の傷跡は、静かな空間を作っていた。トビのふりも、もう終い。
じゃあな。

「デイダラ」

俺は最後に呼んだ。


―――――――――――――――


オイラは後ろを振り返った。
誰かが自分を呼んだ。
しかしただ白い空間は何も映してはいない。

地面のようなものにオイラの両足はついているが、足元を見ても白しかない。本当はそっちが"上"かもしれない。そんな考えも浮かぶ。

「………」

自分の左胸に触れれば、封をした"それ"は無かった。両手の平も、一般人と同じただの皮膚。オイラはなんとなく両手を合わせる。"舌"は、触れ合わなかった。



「デイダラ!」



また呼ばれた。今度は先程より確かに聞こえた。オイラは手元に視線を落とした体勢から向き直り、前を見た。
変わらずただ白い空間。しかし一つ、目立つ色合いの存在がそこに立っていて。こちらに歩いて来ていて。

「…サソリ…の、旦那…」

オイラ以外の生物がここにいると思わなかった。まして二度と会わないだろうと思っていたアンタに会うとは…

オイラ今どんな顔してんだろうか。

「デイダラ…返事しろ、聞こえてるよな」

…ボーッとしていた。だからいつの間にか間近につっ立つ人間に頭を叩かれ、我に返った。

「き…きこえてる、うん」

オイラの喉はパサパサで、瞬きし忘れた目も乾燥しまくりだ。そして叩かれた部分に熱が籠っていることに気づく。嗚呼、オイラの掌に何も無くなったように、アンタの身体も。

「傀儡じゃないんだよ」

アンタがそう言って手を軽く振った。確かにその袖から見える腕に繋ぎ目は無い。しかしそれよりも、アンタの不釣り合いな口調と動作にオイラは反応してしまった。

「……なに笑ってんだ」

だって可笑しいものは可笑しい。

オイラの含み笑いが治まったことを確認してから、アンタは喋り出した。

「今まで、悪かった」

突然謝るアンタの顔は無表情。そこは変わらないのな。

「何で謝んだ。うん」

オイラが疑問符を浮かべながらアンタを見つめると、アンタは小さく笑って、


「お前は俺が好きだったんだ」


…などと断言。
……その眼は自信に満ち溢れている。

「気づいた時にはもう俺は死んでた。だから、悪かった」

本当は謝るなどという行為は性に合わないだろうに、しかし"申し訳ない"という態度は十分に感じられた。
一時期本気でアンタのことを忘れようとしていたなどとは言えない(まあそれも煩い後輩に「忘れないで」と言われたからやめたのだが)。

「…で?アンタはどうなんだ、うん」

アンタとオイラの今の距離は、手を伸ばせば届く程度。オイラはいつでもアンタに触れられる。
だから誘え。

「同じようなもんだ」

アンタは優しく微笑んだ。

もういいだろうか、触れても。
と思っていたら向こうから来た。

「久しぶり。」

オイラはきつく抱き締められた。
凄く温かかった。


―――――――――――――――


俺はしばらく走り続けてやっとアイツを見つけた。やっと会えた。
だから目一杯抱き締めた。
体温を感じる感覚に懐かしみを覚えながら、アイツに触れる感動を思い知る。

こんな白い空間にいつからか独りで、俺は本当に、寂しかったのかもしれない。

すぐ傍から鼻をすする音が聞こえた。

「……泣いてんのかよ、うぜぇ」

少し離れて奴の顔を見れば、雫はこぼれていないものの目には涙が溜まっていて。なので俺は簡潔な感想を吐いた。

「悪かったな!うん」

俺の言葉に憤慨して奴は喚く。そして乱暴に涙を拭い取っている。なんだかその姿が愛しかった。

「なぁデイダラ、まだ生き足りないか?」

俺がそう言って回した腕を解放すると、奴はうっすら笑った。

「今更遅ぇよ、うん」

口調は少し悲しげだ。

「芸術家、終わりだな…うん」


確かに、俺もお前も終わったんだ。
お前の身体に起爆粘土を含める口は無いし、俺の身体は普通の人間。

しかし俺はお前の気持ちを理解した。お前が今涙を流す意味もわかる。
この空間にいて、まだ話していないことを話したい。

「一息つこうぜ…」


またお前の隣に座って。




fin.


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