彼の無意識

「先輩、」

トビはアジトのすぐ外、大きな岩に一人腰かけている青年に声をかけた。彼はトビをちらりと見て「なに」とつっけんどんに応える。機嫌が悪いのだろうか。

「疲れてるんすかっ?」

トビはデイダラの横に跳ねるように座り彼の顔を覗き込んだ。すると彼は更に不機嫌になったのか口を固く閉ざした。その眼は何かに迷った後、トビの仮面の穴を見つめた。トビは急に目が合ったことに少し驚いた。

「…先輩?」

トビも前屈みの体勢でデイダラの眼を見つめ返した。すると彼の蒼のそれは逸らされ、再び前方に向き直った。ついでにトビは頭を叩かれた。

「オイラを見るな!うん」

デイダラはフンと鼻を鳴らし語尾を荒げた。
そんな理不尽な。そっちだって見てきたではないか。

「人に注目されんの好きじゃないすか先輩」

トビが困ったように肩を竦め座り直すと、デイダラは横で押し黙った。

「…いや…そうじゃなくてよ」

口をモゴモゴさせて、なんだか要領を得ない。トビは「ハッキリして下さいよ!」とデイダラの背中を叩いた。瞬時に仕返しがきたことは言うまでもない。
岩から転げ落ちたトビが座り直すのを見届けた後、デイダラは喋り出した。

「お前の眼さ、」

「あ!珍しい蝶が飛んでるー!」

しかしそれを遮ったトビは、目の前を通過した青色の蝶を追いかけ始めた。岩の上を軽やかに跳ねて蝶を追う長身の男の姿は、微笑ましくもなんともない。可憐な少女がしているなら良く見えるであろう場面なのだが。

「………」

デイダラは溜め息を吐いた。


「あ、先輩あそこあそこ!」

と、蝶と戯れていたトビは突然何かを発見したらしく、指差しして示している。デイダラがその指の方向を見渡すと、木陰に一人休む者が。

「何だ?死んでんのか、うん」

トビは「寝てるんすよ」と即否定した。彼等の目線の先の人物は三メートル程度の高さの木に背を預けて座っている。俯いているので顔は見えないが、ここは暁のアジト。組織のメンバー以外がいるはずも無い。そして漆黒の髪を後ろで束ねた姿は言わずもがな。
デイダラは岩から降り地の土を擦りながら歩き出した。

「先輩なにするんすか」

トビも慌ててついてくる。デイダラは木陰まで来ると漆黒を覗き込んだ。

「呑気だな…イタチ」

イタチは本気で寝ているようだった。デイダラがしばらく睨んでも状態は変わらない。

「先輩や僕のこと信頼してるから寝てるんすよ〜」

トビは立ったまま漆黒と金髪を眺めて言った。

「舐めやがって…」

デイダラはその一言を聞いた途端舌打ちし、腰の鞄から少量の粘土を出した。掌の口で咀嚼し小さい蛇を出した。それを指で摘み、イタチの口元に近づける。

「デイダラ先輩なにしてんすか」

イタチは目を瞑りながらも顔をしかめ、口元の蛇を鬱陶しそうにしている。正直これで起きないのは犯罪者としてどうだろう。

「鼻からでも良いぜ?うん」

デイダラは憎き相手に悪さを働きたくて必死だ。しかし地味というか幼稚というか。

「全然起きないっすね」

トビは仮面の下でなんともいえぬ表情を作る。イタチの不注意さに対してか、デイダラの必死さに対してかはわからないが。

と、またトビの前を先程の蝶が通った。羽を大きくヒラヒラと動かし、予測できない方向へ進んで行く。

「トビ、あの蝶をイタチの口に突っ込め。うん」

楽しそうに舞う蝶を眺めるトビに向かってデイダラは凄い発言をした。何が凄いのか具体的に言うなら、そのやっつけ感だ。"時は来た"とばかりにイタチになにかしらの害を加えたがる。規模はどうでも良いらしい。呆れて彼の眼を見れば、若干の濁りをも感じる。

「蝶は美味しくないと思います…」

やんわり制止の声をかけるトビにデイダラはしかし鋭い視線を送る。トビは早急に蝶を捕まえるしかないと判断し、困ったように承諾して駆け出した。デイダラはその姿を見届けてからイタチに向き直り、その場に胡座をかいた。
そのまま数秒。
変化が無いのでデイダラはイタチの後れ毛を引いた。触れた髪はサラリと指の間を流れる。それだけだった。

「ん」

いや、それだけではなかった。
髪に触れたことで頭皮の刺激を感じ取り、イタチは目を覚ました。まあ正確に言えば中途半端に開いた目はまだ覚醒しきっていない。しかし意識を取り戻した彼に、デイダラは僅かに焦った。トビが蝶を捕らえて来るまで待機している予定であったのに。

「………」

イタチは黒い瞳を動かし焦点を合わせる。その視界にデイダラを確認すると、瞳は停止した。

「…………」

デイダラはイタチが本当にはっきり覚醒したか判別が出来ず、その眼をまじまじと見つめてしまった。

互いに静まる。

「違ぇし。オイラ落とし物探してただけだ、うん」

デイダラは真顔で凝視するイタチから逃れるべく急いで立ち上がった。イタチの視線もつられて上がる。

「俺は何も言ってないぞ」

覚醒しきったらしい彼の目はしっかり開かれている。デイダラは顔をしかめ、焦り墓穴を掘ったことに後悔する。
そしてイタチが目を覚ましてしまっては終わりなので、立ち去ることに…。

「悪いが手を貸してくれないか」

イタチは右手をデイダラに差し出してきた。振り向きざまそれを睨み、デイダラは「え」と呟く。そしてイタチの正体は一人で立ち上がることもできない老人なのだろうかと一瞬考えた。
彼の右手が疲れてしまう前にデイダラも右手を差し出す。手を握り、イタチがデイダラの引く力により立ち上がる、と思った。しかし違った。イタチがデイダラを引いた。

「おわっ」

デイダラは突然引っ張られたことで体勢が崩れ、イタチの身体に倒れ込んだ。イタチは木にもたれて座っているから平然としている。

「フッ」

イタチの胸元に顔を埋めた状態のデイダラの耳に、そんな含み笑いが入ってきた。デイダラはわけもわからず、とりあえず腹を立てた。

「イタチてめぇ…!」

デイダラが上目遣いでイタチを睨むと、彼は寝ていた。先程のように目を瞑りぐっすりと。唯一違う点は、彼はデイダラを抱き枕の如く両手に包んでいる。

「…おい」

デイダラが間近で呼びかけても、彼は夢の中。首がカクリと下がる度に漆黒の髪がデイダラの頬に触れた。
イタチはきっと今まで寝惚け続けていたのだ。一度覚醒したかのように見えた瞳も、会話も、夢遊病か何かの一種だ。
そう思うしかないデイダラだった。
正直、腰がかなり反っているし重心は少しばかり地についた手にかかっていて、つらい。しかしイタチの両手が背を掴んでいて身動きが取れない。
そして…暑い。真夏ではないが真冬でもない今の季節、厚い衣を纏った状態で密着など有り得ない。イタチは爽やかそうに眠りこいているが、デイダラは段々汗をかいてきた。冷や汗も混じっていることだろう。

「トビの野郎遅ぇ…。早く助けてくれ…うん」




二十分は走っただろうか。蝶はどこかへ消えていた。トビは見失ったことに何の落胆もしなかったが、手ぶらでデイダラのところへ戻るわけにもいかないなと頭をかいた。それなりに疲労が出たので草の上で一息。

「まあ…二人にしてやるべきか」

そしてしばらくその場に居ることにした。


―――――――――――――――


鬼鮫は相方を探してアジトの周りを歩いていた。夕刻になり足元の草も頭上の木も橙色に染まり始めている。
薬を購入したので手渡そうと思っていたのだが、イタチはどこへやら。
と、木の間を縫って歩いていると。

「おや」

相方はなんとも平和な雰囲気をかもし出して熟睡していた。

「仲の宜しいことで」

その腕に抱かれる金髪の彼もすやすやと気持ち良さそうに眠っている。
起こしては悪いかと思いそっとしておくことにした鬼鮫は方向転換する。すると前方から仮面の男が駆けて来た。

「あっれぇ、鬼鮫さんじゃないすか!」

「イタチさんを探しに?」なんて訊いてくるトビに鬼鮫は頷く。そして顎で促してやればトビは眠る二人の傍まで寄って来た。

「……」

こんなにくっついてたっけ。

トビは再び仮面の下で複雑な表情を作る。そんな彼の横で鬼鮫は「いつからここで寝てるんでしょうねぇ」と肩をすくめる。デイダラが何か寝言を呟いた。彼の手がイタチの腰に巻き付いているのを見つめながら、トビは「さぁ」と答えた。

「私達が近づけば気配を感じて目を覚まさねばならないんですがね…本来は」

そう言う鬼鮫は、既に彼等にそんな期待は持っていないのかもしれない。

「つかいつまで寝てるつもりっすかね。一発殴れば起きますよね」

トビは拳を叩いて一歩デイダラに接近した。鬼鮫は眉を寄せる。

「珍しいですねぇ。貴方が怒るなんて」

トビは言われてハッとした。己が若干苛ついていることに今気づいたのだ。力めていた拳を背に隠して空笑いした。

「冗談すよ、ハハ…」

すると納得したのか興味が無いのか、鬼鮫は「イタチさんが起きたら私のところへ寄るよう伝えて下さい」と言い残してアジトに戻って行った。
他の人間が入り込む余地無く寄り添う二人とトビだけが夕日に包まれる。

「蝶、捕まえてきたんだけどな…」

トビの衣の袖口からモンシロチョウが舞った。青い羽の蝶は完全に見失ったため、目の前を通った小さく白い羽の蝶を捕ってきたのだ。

「僕がデイダラさんの口に突っ込んでやろうかな…」

蝶はそんなトビを気にせず、木よりも高く翔んでいく。二人きりになどしなければ良かった。


「この眼は嫌い、か…」


先程岩山でデイダラが眼について何か言いかけた時、蝶が目の前を通って助かった、と思わずにはいられないトビ。

「目を瞑れば僕にだって…ねぇ…」


イタチさんズルい。


声に出たかどうかは記憶に無い。





――イタチ起床後

「デイダラ…言っておくが俺はお前と寝る気は無い」

背中と尻が痛いらしく擦り続ける彼と、粘土片手に叫び狂うデイダラがいた。




fin.


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