強がり 1

このアジトは大きい。 各国に複数あるアジトの中でかなり大きい方だ。
メンバーが集合し、会議などする時、この大きいアジトの中のたくさんあるスペースの中心となる部屋は天井の岩まで地面から何十メートルもある。
高い、高い。
奥行きも十分にある。
広い、広い。
造りは岩のような、コンクリートのような。冷たく固い素材。
固い、固い。
そして明かりは、頭上よりかなり高めの位置に、あちこち蝋燭がある程度。
暗い、暗い。

デイダラはその部屋の隅で壁に背を預け、だらしなく座り、いつものように創作活動に励んでいた。
作りかけの粘土やら、完成しているが本人にしかわからない造形の粘土やらが、彼を取り巻くように転がっている。
その彼はというと、非常に不機嫌そうな顔をして掌で粘土を潰したり叩いたり。
集中できないのか、手に乗るそれをボールの形状にして一人キャッチボールを始めてみたりしている。どれだけ力を込めて上に投げようが、怪力でない限りボールが天井に当たることはないだろう。

この行動にも飽きたちょうどその時、廊下からこの部屋へ繋がっている扉が古めかしい音を立てて開いた。扉は木製だ。

「飛段、鎌を磨くならこの部屋にしろ。俺の部屋でされては邪魔だ」

扉を開けた男はそうボヤくと、その後ろについてきていたもう一人の男を引っ張り、この部屋に入れた。

「押すなっつの!ったく」

引っ張り入れられた男はブツブツ言いながら、鎌を振り回し部屋を進む。その後ろでもう一人の男は言う。

「任務は一時間後だ。それまでに終わらせろ」

バン、と勢い良く扉は閉められた。
「角都の奴、雑だなぁホント」とかなんとか、これまた不機嫌そうに言って部屋の中央にそれは座った。
そこで初めてデイダラの存在に気づいたらしい。

「あ、」

デイダラは彼等二人の一連の流れをずっと見ていたので、その対象に「よぉ」なんて言われたが反応に困った。こっちはさっきから居たし。そう言いたい。

「飛段お前、武器磨くだなんて動作するんだな、うん」

馬鹿にした。
デイダラは飛段が好きではなかった。はっきり嫌いとまではいかないが、自分のことをコケにしてくる態度が嫌いなのだ。
だから自分も相手をコケにする。
基本的に他人をこき下ろすことが多いデイダラは、そこまで意識せずにメンバーをも馬鹿にする節がある。
正確に言えば、己が一番なのだ。
周りは己より一段下、平凡かそれ以上だが己よりは。己よりは劣る。そういう思考だ。
こき下ろすというのは誤りかもしれない。

「おめぇはなんだ、粘土遊び?」

ケッ、と唾を吐くように言う飛段はここに入ってきた時より僅かに、しかし確かに怒りが増している。

「………遊び、だと?」

デイダラも沸点が大分低い。そして最近は特に思うように作品が完成しないことでイライラしていた。
飛段も飛段で短気な性格。デイダラに喧嘩をふっかけられて黙っている彼ではない。

お互い殺気立ってきた。

デイダラはおもむろに立ち上がり、数メートル先に座る相手に見えないよう後ろに隠しながら粘土を掌の口に含ませる。

「オイラの芸術でバラバラになりたいのか?うん」

つとめて冷静に言った。
するとダルそうに飛段は眼を細める。口がへのじになって眉間に皺が寄る。

「俺さぁ鎌を磨きにここへ来たんだよね。だから磨き終わったら相手してやっからちょっと待っ」

デイダラは最後まで聞いていられなかった。粘土を飛段の顔面に投げつけ、そのまま印を結んだ。
派手な音を立てて粘土が爆発した。
しかし顔が吹き飛ぶという残酷なものは見えず、飛段の罵声のみ飛んできた。
どうやらデイダラが爆破させる直前に顔から剥がした様子。彼の左手は土煙と共に真っ赤に染まっている。

「いってぇなオイ……糞餓鬼が舐めやがって!!!」

デイダラは、"まさかコイツに餓鬼呼ばわりされる日が来るとは思わなかった"と眼を見開いて憤慨している。
怒りはもう押さえることができそうにない。それは向こうに佇む男も同じだろう。

「………殺す…うん」

大きな眼を瞬きすらさせずに、デイダラは飛段から距離を取り大量の粘土を投げた。
対抗する飛段は相手の血を取るためにデイダラとの距離を縮める。
上下左右で爆発、爆発。
部屋に影響が出てくる。
飛段はデイダラにスピードは劣るものの、幅広い三連鎌を振りながら爆発を避け、目標を追った。

飛段が鎌を振り回してくるものだから粘土の鳥に乗る暇がなく、デイダラはひたすら走ったり跳んだりして攻撃をかわそうとした。
しかし腰のバッグから粘土を出そうと右手を突っ込んだ時、足を引っかけられ転ばされた。

「!」

左手を地につけ足を蹴り上げた。飛段の鼻先をかすめる。
デイダラはそのままバッグ転し、また飛段から距離を取った。

「デイダラちゃんよぉ、息切れしてるぜお前」

そう。体術は飛段にかなり劣る。自然と体力の限界も早かった。
飛段は見た目からして筋肉がしっかりついているし、我が身を敵前に投げ出す戦法だ、まだ息切れなどしていない。

「調子に乗るな…、うん…」

呼吸を整えて、言う。

「てめぇは不死だからって理由だけで暁に入れた!だがオイラはオイラの芸術を評価されて暁に入った!違いがわかるか?…強いのはオイラだ!」

まくし立てる。
飛段はただ耳を傾けている。
なぜそんなに落ち着いて話を聞いていられる!
デイダラは更に怒った。話は確かに聞いてほしいが、今はそうではなく、なぜあの飛段が、飛段などが自分より冷静に戦闘をしているのか、ということだ。

「ふざけんな!うん!!」

怒りに任せ掌の粘土にチャクラを込めた。
C2のドラゴンを煙と共に巨大化させる。
それを高く飛ばせたかと思うと、デイダラはそれには乗らずクナイを構えて飛段の正面に立った。

「真っ直ぐ来るってのか!?ゲハハァァ!!」

飛段の左手はぶら下がったまま動かない。先程の爆発で使えなくなっているはずだ。

飛段がデイダラに向かって一直線に突進してきた。眼が血走っている。心底この戦いが楽しいというように笑いながら。

デイダラはすぐさま印を結んだ。飛段の真後ろにC2ドラゴンが吐いた小振りなドラゴンが飛んでゆき、爆発した。
飛段はドラゴンのことなど忘れていたらしい。直撃して悲鳴を上げた。
デイダラも側にいたので爆風で飛ばされる。
アジト全体に振動が響き渡っている。部屋が崩れかけてきた。
蝋燭の火が消え、更に薄暗くなった部屋の中心にデイダラは着地した。暁のシンボルである雲模様が入った衣があちこち破れている。飛段の飛び散った血液が顔や身体について血まみれだ。

「クク……飛段、死んだか?」

睨みをきかせ煙の中に話しかける。

やはり奴は不死身なだけだ。弱い。
デイダラは一人ほくそ笑えんだ。
ざまあみろ。
スタスタと部屋を出る扉に向かって歩き出したその時だった。

「………っ」

デイダラは脇腹を押さえ苦しみだした。
「なんだ?」と喋ったつもりが口からはゴボッと血が吹き出た。
押さえる右手を見てやると、その手も真っ赤だ。
暁の衣は生地が黒いのでわかりづらいが、その黒も今、赤に変わってきているらしい。
デイダラが振り返るとそこには、白黒の模様が身体中に刻まれた飛段が奇怪なマークの上で佇んでいた。
いやらしい笑顔を浮かべた彼の右手の鎌の一連は、その身体の、脇腹に突き刺さっている。

デイダラは呆然とその様を見ていた。

「俺の血……いつ…?」

一人称が"オイラ"から"俺"に変わる彼に余裕などもう無かった。
腹から床に血が滴っている。膝が震えている。

飛段の忍術は風変わりな、しかし不死身だからこそ成せる技。

「さっき…爆風の中で鎌ぶん回したらてめぇの腕にかすったんだよ」

言われて腕を見れば、左腕がほんの少し、本当にほんの少し斬れている。
爆風の衝撃で気づけなかった。

「ま、俺がてめぇの血を舐めたのは爆発の後だったからな。…良かったな、被爆しねぇで済んで!」

そう、彼が爆発前に血を舐めていたらデイダラ自身も爆破していたのだ。
飛段の身体は火傷の跡だらけで、原爆被害者のようだ。下忍やらが見たら吐くだろうおぞましい姿だ。

良かった。自分の身体はまだあの状態程ひどくなくて。

なんて、考えてしまった。

「今、俺が優勢に立ってるってことでオッケーか?おい」

飛段はニヤニヤと大声で勝ち誇っている。
確かに彼の術の贄になればもう後は無い。

飛段は鎌をグリグリと、己の身体にねじ込んでいく。

「…ぅ……」

デイダラは低く呻いた。両手で傷口を握るように押さえたが意味は無い。
必死に歯を食い縛り痛みに耐えようとしている彼のもとに、飛段は走る。

鎌を腹から抜き取り、勢いをつけて彼を蹴った。

デイダラは避けたつもりだったが、できていなかったらしいことを床に背中を打ちつけてから知った。

「ごほッ」

デイダラは変な咳を血と一緒に出した。肺が一瞬止まった気がする。

仰向けに倒れたデイダラに飛段はどっかりと乗った。面妖な身体中の模様は消えている。
乗られた本人は意識が朦朧としているのか無抵抗だ。
飛段はじっと自分の下で倒れる彼を見た後、彼の穴の空いた脇腹に指を突っ込んだ。

「ぐっ…」

デイダラは顔をのけ反らせた。腰も浮きかけたが上に乗った重さに負ける。

「面白ぇなあ人間の身体ってよ?」

飛段が体内に入った指でなにか臓器を引っ張ろうとしている。

「…ゃめ…」

その手を離そうとするデイダラの手は実に非力になっている。
飛段はデイダラの長い金髪を力任せに掴んだ。顔を近づけさせる。


「お前の芸術とやらは、俺に負けたんだ、デイダラちゃん」


その一言は言わないでほしかった。無意識的にわかってはいたが、負けなど認めたくなかった。
デイダラは唇を思い切り咬んだ。血が滲む。

飛段の指が食い込んできた。痛みでわけがわからなくなりそうになる。
吐血した血が仰向けであるせいで喉で逆流し、気管に入った。
咳が止まらない。喉がキリキリと痛む。

「大丈夫かぁ?」

飛段がデイダラの髪を掴んでいた手で今度は彼の首を掴んだ。
その手に力が籠りかけた。
が、急に扉が派手に開いたことで飛段の手はひるんだ。隙をついてデイダラは飛段の腹を蹴り返した。
ぐっ、と飛段は唸って後ろへひっくり返る。
そこから距離を少し取ったデイダラの金髪はぐちゃぐちゃになっている。

扉を開けたのは角都だった。

「アジトを壊すつもりか、貴様等」

尋常ではないチャクラを放出しながら腕の触手を伸ばしている。キレているようだ。

「このデケェ部屋、戦闘用にあんじゃねぇの?角都よぉ」

角都は部屋中を睨む。
被爆し忍服ごとボロボロな飛段。
口から腹から多量の血液を流し、眼が虚ろなデイダラ。
半壊した壁。
血だまりのできた床。

「………飛段、貴様。そのナリで任務に出向くつもりか」

鎌を磨くつもりが、どうしてこうなる。と、角都は相方を軽蔑している。

「なんだよ、てめぇだってすぐ俺を殺そうとしてくるくせによぉ!!」

などと二人が罵り合っている側をデイダラは脇腹を押さえながら走って横切った。
部屋の出口を通ろうとした時、角都がデイダラの腕を掴んだ。

「貴様が飛段に喧嘩を振っかけたのか?」

問いつめる視線と腕を掴む手を払いのけ、目線を合わせずにデイダラは自分の部屋へ残り少ない全力で走っていった。

角都はその背中を静かに見続けていた。







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