しりとり

本日の任務は、普段のように殺人をしたり人柱力の情報を集めたりすることは無い。しかし代わりと言ってはなんだが、草隠れに位置する我等暁のアジトに赴き処理活動を行わなければならない。リーダーには「跡形が無くなるまで焼いてくれないか」とだけ言われた。

「何を処理するんすか?」

いつものように粘土製の鳥二羽にそれぞれ乗り、草隠れへ飛んでいた。トビはオイラに疑問を投げてきたが、その考えはオイラの中にもあったもので…。つまりオイラだって何を処理するのか知らない。

「もうすぐ着く、うん」

だから、到着してから自分の眼で見て確認しろ、と訴えた。

大きい橋に近づいたところで地に降り立ち、徒歩数分。渓谷の傍に小さな穴があり、そこからアジトに入れるようになっていた。

「何であんな変な所に入り口あるんすか!」

トビは崖の端ギリギリまで足を進め、「川に落ちちゃう」と足下を見つめている。

「そこからジャンプすりゃお前なら届くよ。うん」

オイラが適当に会話をしてやるとトビは「あぁ僕足長いですしね」と本気で言っているのか冗談なのかわからないコメントをした。

「これ使うか」

崖っぷちで狼狽えるトビを押し退けオイラはロープ付きクナイをポーチから取り出した。アジト入り口である穴より上の岩壁にクナイを突き刺し、ロープにぶら下がり身体を宙に浮かした。運動エネルギーを利用してすんなり穴に着地できた。

「その手があったか!さすが先輩!」

そしてトビも同じようにクナイを引っ張り出し、同じように入り口に着いてきた。満足したかのように一息ついた野郎だがしかし、アジト内部から漂う臭いに直ぐ様「うげ」と小さい悲鳴を上げた。

「なんすかこの臭い…」

トビを待ってその臭いをずっと嗅いでいたオイラはすっかりしかめっ面だった。

「進むぞ…うん」

内部は、入り口からは昼間にも関わらず暗くて何も見えないが、一本道の階段の進行は楽だ。しかし進めば進むほど悪臭はキツくなってゆき、鼻がおかしくなってきた。

「くさっ」

オイラの後ろで階段を降りるトビが不満を漏らしているが、仮面で空気を遮断できるてめぇと違いオイラは直なんだぞ。


「扉っすよ」

ひたすら階段を突き進んだオイラ達の前には狭い通路にピッタリ隙間無くはまった木製の扉。
オイラがトン、と叩くとそれは向こう側にバタリと倒れた。

「………」

「…………」

扉を開けるはずだったオイラの右手は浮いたまま放置された。横でトビが「怪力っすね」と呟いた。その腹を殴った後、速やかに中に突入した。空間は円の形に作られていてかなり広い。そしてその空間の中央には…

「死体だ」

衣服を剥ぎ取られた老若男女の亡骸が山積みになって置かれていた。先程からの臭いの原因はこれだとすぐにわかる。

「うわー無理!きもちわる!!」

トビはでかい図体をオイラの後ろに隠し騒いでいる。気持ちはわからなくもない。というか正直オイラも気分が悪い。
ああ、リーダーが言う"処理物"はこれなのだと理解するしかないのだ。

「デイダラ先輩、しりとりしましょ」

死体の山に近づくオイラを離れた場所から傍観していたトビは急にわけのわからないことを言い出した。

「トビ、火遁」

オイラは奴を無視し、死体を燃やすよう指示する。

「こんな天井も高くない室内で火なんかつけたら僕達も死にますよ」

確かに酸素の少ないこんな洞窟のような所で物を燃やせば一酸化炭素中毒であの世逝きだ。しかし起爆粘土で空気穴を作ろうとすればたちまち岩壁は崩れ、自分達に降りかかってくるだろう。

「でも階段戻るの面倒だろ、うん」

この空間まで至る階段は少しばかり距離があった。そして階段というのは下りより上りの方が疲労が溜まるもの。再び歩きたくなかった。
オイラは処理物の前にしゃがみ、目を瞑る赤ん坊を見つめた。

「先輩しりとりしましょ!」

トビは尚も離れたままこちらに向かって先程と同じ台詞を吐いてきた。空間の中で最も死体から遠い地点にいたいらしく、壁に張り付いている。

「トビお前、壁汚ぇぞ。死体から何が出るのかは知ってるだろうが。うん」

死体は放置すれば勿論腐り出す。微生物は細胞を食らい、肉体からは体液やらが滲み出る。硫黄なんかが含まれているからこれ程にも臭うのだ。壁だけでなくオイラ達の衣服や髪は腐敗臭に汚染されていることだろう。

「そんなこと言うなら、死体の間近にいる先輩の方が汚いっすよ」

トビは肩をすくめた。
確かに死体にこれ程近距離で接するのは衛生的によろしくないかもしれない。しかしオイラの忍術がら"腐った死体"などあまり出ない。爆発により人間が大地に油のみを残す様ばかり見て愉しんできたのだから。
近くで観察したい気があった。

「先輩、しりとりしましょ…」

「うるせぇな!うん」

そしてオイラは聞き飽きたのだ。

「さっきからてめぇは何なんだコノヤロー」

しゃがみ込んだ姿勢のまま肩越しにトビを睨んだ。オイラの現在の思考は"トビ死ね"が六割、"臭い"が四割だ。

「場所が場所じゃないすか。だから気を紛らわしたくて………リンゴ」

沈黙が起こった。

え?何、リンゴがどうしたのですか。

オイラの眉間の皺は深くなる一方だ。トビは会話をすると共に勝手にしりとりを開始し出したらしい。ふざけている。

「やっぱ火遁使え。オイラはアジトの外に出てここの天井に穴空けるから。うん」

オイラはトビにそう告げると立ち上がり階段を上る。はずだったが、急いでこちらに走って来たトビに手を掴まれた。

「さりげなく自分だけ安全圏に入ろうとしてますよね。あまつさえ僕を瓦礫の山に埋めようなんて考えてる!」

ポーカーフェイスを気取ったつもりだが、腹は読まれているようだ。

早くこんな所から出たい。新鮮な外の空気を吸いたい…。

「しりとり続けて下さいよ。リンゴ!」

こいつを殴りたい…。

「………ゴミ」

オイラは出来る限りトビに向かって単語を吐いた。しかし本人はそんなことは気にせず、「"ミ"かぁ」と唸った。
なぜしりとりに参加してしまったのだオイラは。

「とりあえず二人でここから出ますか!上空から先輩の粘土で一帯を粉砕させて、その後僕が瓦礫ごと死体を燃やします」

そしてなぜお前が指揮っている。
トビの案は実に一般的で最初に思いつく内容だった。事態が進行するなら何でも良い、とオイラは適当に頷いた。全く…死体処理だけの任務、行動に至るまでこれ程に時間を費やすとは…。

「で、えっと。ミミズ」

二人仲良く来た道を戻りながら、しりとりは突然再開する。オイラは「ミカンにしねぇか?」と素敵な誘いをしたがトビは「嫌です」と一蹴。しばらく終わらせない気だ。
ならばこちらが終わらせるまでのこと。

「図鑑」

オイラが真っ直ぐ小さい出口だけを見て階段を上る横でトビは「ああー!」と喚いた。
フン、残念だったな。


「じゃあ始めから。リンゴ」

オイラは段を踏み外し転けかけた。膝を角にぶつけたところで踏み止まったが、痛みは半端無かった。膝を擦り悶絶するオイラは、横から「大丈夫すか?」との声を聞いた。

「調子に乗…」

オイラは怒りを口から押し出しかけた、が、トビが階段下を凝視していて、思わず言葉を止めた。一体どうしたというのだろう。オイラも今まで自分達が居た空間を見下ろした。しかし奥は暗いので何も見えない。

「先輩、何か下から声聞こえません?」

トビは耳に手をあてがう仕草をし、階段下に注目している。オイラはその姿を睨み、否定の声を発した。

「聞こえますって!赤ん坊の泣き声…」

そこまで喋るとトビは口を塞いだ。

静寂。

いや、静寂ではないかもしれない。オイラの耳にもそれが聞こえた。

「…………」

そして突如トビは爆走して階段を駆け上がっていってしまった。砂煙が狭い通路に舞った。

「トビてめぇ!」

つられてオイラも走り、闇からの声は遠ざかっていった。



出口を飛び出すと、下は谷なのでオイラは直ぐ様鳥型の粘土を出し空へ上がった。崖に降り立つとトビが駆け寄ってきた。

「あー怖かった。しりとりなんかやってたから反応しちゃったんすかね」

オイラは溜め息を吐いた。トビの奴、先程の奇声を完全に幽霊の類いだと考えている。

「いいからさっさと死体処理しちまうぞ…うん」

オイラは今乗っていた鳥をアジト付近まで操り、爆破させた。横でトビは印を結び、たちまち死体と瓦礫の混ざった山は火をつけた。

「死体が完璧に灰になるまでは任務完了とは言えないからな。うん」

両腕を頭上に組んで伸びをするトビに忠告して、オイラはその場に腰を下ろした。そして人体が燃える臭いは相当にキツいので鼻を摘んだ。

「灰になるまで暇ですね。先輩、リンゴ」

トビもオイラの隣に座り、火の山を見つめた。しかもまたリンゴだ。

「あ゙ー……ゴマ」

今は仕方ないのだ。決してトビと愉快にしりとりをして遊びたいのではなく、死体焼却まで時間があるだけだ。

「マリモ。………あ、また聞こえる」

トビは再び耳を立てる。
確かに火の中から笑い声のようなものが聞こえなくもない。しかし気のせいだ。

「もしかしたら、しりとり、好きだったんすかね?」

トビは妙なことを言った。

「さっき泣いてたのは、先輩がしりとり中断したから、とか」

オイラは鼻で笑った。まあ鼻は摘んでいるから変化は僅かだが。

「馬鹿。お前のふざけた態度にお怒りなだけだ、うん」

「僕は場を和ませたいだけっすよ!」と反論しているが無視だ。
瓦礫を見れば、死体を包む炎は油分により一層激しく燃えた。かろうじて人の姿を成していたそれ等はみるみるうちに骨になり、塵となっていく。腐敗が進んでいた分、焼けるのは速いらしい。後は黒く変色した岩のみ残った。
灰として空を舞う彼等、生前はどれ程の笑顔で日々を生きていたのだろうか。知る術は無かった。


「戻るぞ…トビ」

オイラは腰を上げ粘土を生み出す。トビも立ち上がった。

「デイダラ先輩、今しりとりの続きしました?」

そして面白そうに笑っている。"先程自分が言ったマリモの続きだ"と嬉しそう。

「知るか!うん」

またやりましょう。
そんな言葉は聞こえないふりだ。




fin.


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