まだ甘い

任務に赴くためトビと共にアジトを出発した。夕刻には終了するだろう、なんて呑気に考えていた。
今現在は空高い場所で粘土製の鳥に乗り、目的地を偵察している。経費削減のため、オイラはトビと一緒に一つの鳥に座していた。真後ろで「高いなぁー」やら「先輩後ろから見ると女っすね」やら、やかましく騒ぐ野郎は一人楽しそうで…こちらとしてはかなり不愉快だ。死ねばいいのに。

「見張りが減ったらこの鳥から小型の鳥を出すから、お前も同時に下に降りろ。うん」

地上から二十メートルはあるこの場から飛び降りると、恐らく人間は死ぬ。しかしトビがそのような一般的な身体の持ち主とは思わないし、第一奴が死のうが助かろうがどうでもいい。とにかく、少なくなった見張りを素早く始末するにはトビを早めに向かわせるのが妥当なのだ。

「高いですって!もっと低空飛行して下さいよ」

黙れ。
「大丈夫、お前なら着地できる」と激励するふりをしてオイラは受け流した。

「見張り片付けたらオイラに合図しろよ、うん。ここで滞空してるから」

そう締めくくると、奴は渋々「はい」と言った。
そして、さあいよいよ見張りも減り良い頃合いになった、そんな時。


『任務中悪いが、急遽別の仕事をしてもらうことになった』


リーダーからオイラの脳に微弱な電波が届いてそう言った。
どこに居ようが無線のようなシステムでリーダーのペインと会話ができるメンバーはその命令にしばしば振り回される。

"今やっている任務を中断するのもなんだか区切りが悪い。もうすぐ終わるから、その後そっちをやる"

とオイラは伝えたが、リーダーの返事は冷めていた。オイラが基本的に任務をすっぽかす人間だということは重々知られていたのだ。逃げ道を作り両方の任務を放棄するというオイラの作戦はバレバレで、「区切り悪いから」などと嘘を吐いたところでそれはリーダーの神経を僅かに逆撫でさせるだけだった。

『やれ』

やむなくオイラはそちらの任務をすることにした。舌打ちをしておいた。

『ちなみにトビには今している任務を続けさせろ』

リーダーは最後にそう言って通信を切った。
つまり、今からトビもオイラも単独任務に入るわけか。

「先輩なにブツブツ言ってるんすか。ねぇ、そろそろ降りていいっすかね?」

急に話しかけられて「え?あぁ」とオイラはとりあえず返事をした。
そうだな、見張りがやっと減ったところだった。

「トビ…今だ行け!」

「はい!」

小型の鳥と共にトビは、先程より少しだけ高度を下げてやった鳥から勢い良く跳ねて行った。



木々を抜けトビの足は見事に土の上へと着地を決めた。トビは見張りの数人を予定通りなぎ倒した。横で小型の起爆粘土も人を蹴散らし爆発した。そして後は指示の通り、空を仰ぎ合図をした。

「せーんぱーい、おっけーっす………」

が。

空に今の今まで浮いていた鳥が持ち主ごと消えていた。

「…………あれ?」


―――――――――――――――


リーダーの話では、どうやら先程まで行なっていた任務より少し厄介なものらしい。しかし具体的な内容は聞かされておらず、難易度がわからない。突然の単独任務に対し随分な扱いだな、と文句も言ったが、リーダー自体も詳しく説明できないらしかった。
…なぜ"リーダー"という一団の長が指令の詳細を知らないのだ?

(考案者はリーダーじゃねぇのかもしれねぇな)

そうだ、小南なんかが手を出してきたのかもしれない。彼女はいつ何どきもリーダーの傍を離れないから、リーダーのすることに対し意見の一つや二つ述べてもおかしくない。

まあ、そのようなことはどうでも良いか。この任務だって今日中に終わる。いや終わらせる。

『岩隠れに向かえ』

どこだろうと、手の下しようは同じだ。





先程までトビも乗っていた鳥型の起爆粘土を岩隠れまで飛ばし、視界に入ってくるえらく懐かしい景色を一瞥した。
付近まで来たところで地に降り、鳥は縮小させて腰の鞄に押し込んだ。そして見飽きた集落を見つめた。ゴツゴツとした岩に囲まれるように里はある。

「砂隠れ程じゃねぇが埃っぽいよな、ここも…。うん」

デイダラは里の正面入り口から真逆の地点にいた。あまり多くない緑に身を潜めながら、ふと首を傾げた。

(リーダーの野郎…。ここへ来た後オイラはどうすれば良いんだ)

詳しく知らないリーダーを恨んでも仕方ないのだが、こちらとしてもただ"目的地に行け"とだけ言われても困る。
と、デイダラが顎に手をあて唸っていると、近くの草木の茂みから人影が現れて来た。

「何者だ!」

クナイを構え威嚇している。デイダラが警戒しながらそれを見やると、その顔は辺りの景色と同じく懐かしいものだった。里でうごめく忍どもと等しい岩隠れの忍服を纏ったその男は、デイダラが里にいた頃よくつるんでいた知人だ。

「…デイダラか?」

男はクナイを持つ手を下ろしデイダラを凝視した。デイダラも目を丸くさせた。

「今更この里に用があるなんて言わないよな…デイダラ」

男はデイダラを強く睨んだ。デイダラは顔をしかめる。

男とデイダラは同い年で仲が良かった。しかしデイダラが里から消えたことで関係は終わり、男はデイダラを憎むようになった。

「上司からの命令で来た」

デイダラは男から再び里へと視線を戻した。男を敵として見ていないようだ。しかし、男はデイダラのその発言を聞いて顔を強張らせた。

「…じゃ、じゃあ…、お前が…?」

男はそう呟いた。焦ったように手を空中で彷徨わせている。デイダラは尚更眉間に皺を寄せた。「は?」と返すと、男は答える。

「この前、暁の面をした男に会った。攻撃を仕掛けたが奴は逃げた」

「そんで言い残した」と口を止めた。デイダラは続く言葉を待った。

「"お前の里出身のメンバーが相手をする"…と」

沈黙が起きた。
デイダラはここまでなんなとなく話を聞いていたが、男から発せられた単語一つ一つを反芻してみると、………。


(この任務を仕組んだのは…、…トビ?)


デイダラの僅かに見開いた眼は正面の男を捉えておらず、口も半開きだ。

「お前が暁の一員になったと土影様から聞いた時は信じられなかったが…。この里に来たってことは、戦う気なんだな、俺と」

男は悲しそうに眉を下げながらも、怒気を含めた声を出した。反対にデイダラの闘争心はここに来た瞬間よりも無くなっていた。そのようなものより呆れや困惑が大きいし、何よりいまいち状況が掴めないでいる。

「いや待て。勝手に話を進めんな、うん」

男は一度下げたクナイを目線の高さまで上げ、チャクラを込め出した。デイダラは男と遊んだことはあっても戦ったことは無かったので、彼の忍術はおろかチャクラ性質さえ知らなかった。

「俺は暁を許さない!」

男はそう叫ぶと妙な色のチャクラを帯びたクナイをデイダラに放った。デイダラは疲れたように溜め息を吐き、それをかわした。

「トビの奴、殺してやる…うん」

そしてぼやきながら起爆粘土を掌から出現させた。男はそれを暫し見つめた。

「久しぶりに見た、」

目を細めてそう言っていた。

「昔のままじゃないぜ。オイラの作品は日々進化する…うん」

デイダラが手の上の粘土を巨大な蜘蛛にして不敵な笑みを浮かべた時、男は殺意を消した。デイダラは軽く睨む。

「なんだよ、…うん」

男は困ったように笑い「戦う気が失せた」と自嘲気味に言った。

「憎んでもいるがな………、本当は…」

男はクナイを地面に落としデイダラに近づいた。デイダラは彼が接近してきたことに若干神経を研ぎ澄ませたが、彼の言葉を聞いていた。
男はデイダラの肩に手を軽く乗せた。


「…逢えてやっぱり嬉しい」


そしてニッと、はにかんだ。
その表情を黙って見ていたデイダラは、おもむろに手に持つ粘土を鞄に戻し、まだ形作られていない粘土を取り出した。

「もう行く。うん」

掌からフクロウを出し、肩に乗る男の手を払った。

「オイラのことは忘れろ。それ以上暁に関わればお前を殺す」

男は悲しそうに唇を噛んだ。

「今日ここへ来たのはお前と戦うためじゃねぇし、仮面の奴の言葉なんて聞くな」

デイダラは他にも言いたいことはあったが、そんな気はかき消し、フクロウに乗ると空高く飛んだ。

「デイダラ!」

地で男が必死にデイダラを呼んでいる。しかしデイダラは彼を一瞬見た後、フクロウを加速させ岩隠れから離れていった。

男はデイダラのいなくなった空を仰ぎ続け、呟いた。

「はは……俺、忍向いてない…」


―――――――――――――――


トビは一人で先程からずっと同じ場所にいた。
そしてその上空から叫び声が聞こえてきた。

「デイダラ先輩戻ってきた!」

トビの言う通り、彼の見上げる空にはデイダラがいた。

「トビぃぃィィ!!」

デイダラはフクロウから飛び降り、かなりの高さだが構わず風を切り、トビめがけて踵落としをくり出した。
「ぎゃああ!!」と叫びトビは見事デイダラに潰された。

「てめぇオイラをパシるとは良い度胸だなコラ」

デイダラは、仮面を両手で覆いながら唸るトビの胸ぐらを掴んだ。トビは「お疲れ様っす」とニヤつくばかり。

「先輩があの友達に対してどんな判断をするのかなーと思いまして」

デイダラが睨むが、トビは「殺っちゃったんすか?」と馬鹿みたいな調子で訊いてくる。そしてデイダラが黙ると「え!」と大声で驚いた。

「先輩が人を生かすなんて意外だなぁ!やっぱ尊敬しちゃうッ」

デイダラは口をへの字に曲げ歯ぎしりした。

「ぶっ殺す…!」

粘土を出すデイダラを見たトビは一目散に逃げ出した。
「待てコノヤロー!!」と後ろで叫ぶデイダラに聞かれないようにトビは言った。

「尊敬するというのは本当なんだがな…」

デイダラはまだまだ甘い。
しかしその甘さ、羨ましくもあるのだ。




fin.


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