退屈な日

今日は仕事が無いので一日中ひっそりと自室に籠ることにしよう。我が作品の威力を人に見せつけることができないのは退屈だが、たまには何もせずだらだら時間を送らせるのも良いと思った。要はダルいのである。

「誰だって何もしたくない日くらいある…うん」

呟きは誰に聞かれること無く部屋の壁に吸い込まれて消えた。正に自問自答だった。
オイラは簡素なベッドに自身の身体を仰向けに投げ出し、天井を半開きの眼で見つめた。枕に擦れる額当てが鬱陶しい。前日までは今日の日程に任務が入っていたので、早起きして額当ても黒い衣も身に着けたのだ。しかし先程リーダーに「任務は角都が遂行することになったからいい」とかなんとか言われ現在に至る。無意味に早く起きたオイラは必然的に眠い。

「ふぁ」

ほら、欠伸もこぼれたことだし、睡眠タイムに入ろう。世間一般にいう間隔の空いた二度寝だ。


瞼で視界を遮断し、夢の世界へ突入しようとしたその時。

「あれ、寝てるみたいだよ」
「サッキ起キタバカリダロ」

付近の壁から二つの声が降ってきた。オイラは飛び起きてベッドから離れた。寝ぼけ眼は今やパッチリだ。

「起きたよ」
「俺達ガ起コシタヨウナモノダ」

なにやら一つの口で二人が会話しているが、こちらに謝罪は無しらしい。オイラは幾分高まった心拍数を一蹴するように舌打ちした。

「人の眠りを邪魔するな…ゼツ。殺すぞ」

そう言うと、奴の白い方は困ったように笑った。

「言う事がサソリに似てるね」

黒い方も「"先輩"二ナルト変ワルナ」などと相槌を打っている。二人で会話を楽しみたいならわざわざオイラの部屋に入って来るなよ。話のネタなどオイラでなくともいくらでもあるだろうに。

「オイラは任務が入ってねぇんだ。寝たって文句無ぇだろ、うん」

オイラの不機嫌オーラを全く気にしない能天気な食虫植物…いや食人植物は「文句は無いよ」とニコニコしている。

「リーダーにアジト奥に位置する倉庫の掃除をしてくるよう頼まれたんだ」

壁と一体化したまま白ゼツは言った。
黒ゼツは「長年ノ塵ヤ埃ガイッパイダ」と淡々としている。

「…だからなんだ?うん」

もしここでゼツに「手伝って」と言われたら、オイラは断る理由が無かった。直前に自ら"暇である"と述べてしまったのだから。
自分だけのペースで今日一日を過ごすつもりなので、掃除の手伝いなど嫌だ。絶対に嫌だ。個人的にも掃除は得意ではない。頼む、オイラに手を求めるな。

…あ、まずいぞ。先程オイラは"だから何ですか?"と会話の続きを催促してしまった。そうではなく"頑張って下さい"と言うべきだったのだ。そうしておれば会話は終了し奴も一人で掃除せざるを得ない流れとなりオイラは寝ることができた。いや今からでも遅くないかもしれない。今"頑張って"を言えばオイラは助か……

「オ前モ手伝ッテクレ」


―――――――――――――――


暁のメンバーは世界各地のアジトを転々と移動するものなのに、なぜ倉庫があるのだ。収納する物品などあるものか。どうせどこかの忍の死体の骨でも転がっているに違いないのだ。くそっ。

「ずっと愚痴ってるよ」
「無視シロ」

オイラはやむなくゼツに続きアジトの最深部へ歩を進めていた。他のメンバーは出払っているだけあり、通路は静かだった。オイラ自身こんなに自室から離れた場所まで来たのは初めてかもしれない。

倉庫の扉は鉄製だった。取手は触れると錆が付いた。オイラが横開きを重々しく動かすと中から埃が舞って来た。

「リーダーノ話デハ、最後ニ使ッタノハ五年前ラシイ」

咳き込むオイラを見ながらゼツは中に踏み込んだ。オイラも入ったが灯りが無くて足元が不安だ。古びた書物や木材につまづいてしまった。しかしこの床に手をつけることは避けたい。サンダルだけでも大量の埃の犠牲になっているのだ。

「使ってねぇなら掃除も必要無いだろ…。いっそ爆破してやろうか?うん」

壊れた傀儡なんかも散乱していて不気味だ。五年ぶりに人が入ったことに慌てているのか天井の隅の蜘蛛が忙しなく動いている。

「まぁまぁ。もしかしたら大事な物を見つけることもあるかもしれないじゃないか」

そう言うゼツは、ロマンのある言葉とは裏腹に不愉快そうな顔で何かが詰まった木箱を睨んでいる。

「大事な物…ねぇ」

表面的なゼツの台詞にオイラも同じように返しながら、本棚を漁った。あまり高くない天井にピッタリ張り付くように本棚は立っていて、オイラは一番上の棚に手を伸ばしたが届かなかった。苛ついたので袖に付いた埃を乱暴に払い、力任せに本棚を蹴った。

「わっ」

本棚は大きく揺れ、先程手が届かなかった辺りの巻物や本が降ってきた。派手な音を立て思わずその場に尻餅をついたオイラをゼツは離れた場所から笑った。

「馬鹿だね」
「馬鹿ダナ」

もちろん降ってきたそれらは埃だらけであり、直撃したオイラも頭から足まで埃にまみれた。呼吸器に異常を来す程の塵埃はマスクをしたところで無駄に終わるだろう。

「げほッ」

過呼吸になるまでオイラが咳をした後、ゼツが傍に来て本棚を見回した。

「難しい本がいっぱいだね」

見回すだけで触りはしないらしい。
オイラは床に尻をつけたことでヤケクソになり、本を手当たり次第に物色した。ページを開くたびに埃は出て来るが、もう知らん。

「いらない物は捨てろってさ」

オイラの動作を傍観しながらゼツは思い出したように言った。オイラは目を通し終えた本を後方に投げて、「全部捨ててやる」と吐き捨てた。

そうして時間を進めていたが、ある巻物を開いた時にオイラの手は止まった。

「デイダラ?」

小さく灰色になったその巻物は、サソリの旦那の物だった。"物造りとは何か"を書きつらねた品で、オイラは一度奴から借りたことがあった。内容はかなり退屈だったが、オイラに貸した本人が興味深そうに所持していたので何も言わなかった。

「こんな所にしまい込んでたのか。うん」

あれから五年以上経つのかと思うと不思議な感じだ。
ゼツは知らないことなので、巻物から目を離さないオイラを少し見た後、別の箇所を探索し始めた。

「…字がよく読めないな、こりゃ…」

オイラは独り言を呟き紙面を撫でた。

"いいか…作品は一つ一つ丁寧に造れ"
"完成した時の喜びはお前も同じか?"
"お前にはまだわかんねぇよ…"
なんて…旦那の些細な会話の切れ端を思い出した。生き生きした声で言っていたのを思い出した。笑った顔を思い出した。

「…………」

気づけば巻物を握る手に力が込もっていて、少し紙に皺が入ってしまった。それを消そうと紙を引っ張っていたが、オイラは記事の最後に記された文字を見つけ再び手を止めた。

「旦那の字…?」

そこには巻物の著者の字体とは異なる文字が並んでいる。破れかけた紙面を繋ぎ止め掠れた字を読んだ。


『尽きる日は我が芸術と共に』


それ以外何も書かれていない。オイラは無表情に文字の意味を考えた。

「"自分が死ぬ時"が必ず来ると確信してやがる」

永遠など無いと散々言ってきたオイラだが、本人から聞くと落胆してしまうのが現実だった。

「我が芸術と共に……」

しかし良いアイディアだ。オイラも同じこと思ってるよ。


全身の埃を叩き落としオイラは巻物を丁寧に綴じた。

「デイダラ、その巻物捨てないの?」

いつの間にかオイラを見つめていたゼツがそう訊いたので頷いた。

「さっさと掃除終わらせようぜ、うん」

ヤケクソに物を触ったが、一刻も早く清潔な場所に戻りたいことに変わりは無かった。ゼツの了解の返事を境に、掃除は着々と進んでいった。


―――――――――――――――


日が沈む直前にオイラは自室に戻ってくることができた。ゼツは「今日はさんきゅ〜」と挨拶して去って行った。
オイラはベッドに朝と同様、仰向けに寝転がった。やっと寝られる。埃まみれの身体は洗うべきなのだが、ひとまず休もう。
あれだけ嫌がった掃除も、一つの収穫があったので今は気分は悪くない。
オイラは手に持っていた巻物を頭上へかざした。

「旦那ー、」

今日は暇なんだ。
今から寝るのだけれど、夢で話し相手になってはくれないだろうか。

オイラは巻物を枕の横に置き、目を閉じた。

「暇なんだ…、」

だから、ちょっと会いたくなった。






…同時刻のゼツ…

「そういえばリーダーがさ、デイダラに渡してほしい巻物があるとか言ってなかったっけ?」

「知ラン」




fin.


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