移ろう時の中

今日もアジトは爆発音に包まれている。
ペイン曰く「やめてくれ」。いや、"曰く"と大層に言う必要も無い小さな願いだ。
身を潜められる広い洞窟、などというものはそう簡単にどこでもあるわけではない。つまりアジトが減ってしまうから「やめてくれ」なわけだ。

「やはり誰かがいなくなると少なからず環境が変わるな」

ペインは自室にいた。今から雨隠れに監視に向かうところなのだが、その前にこの爆発だけはやめさせようと思う。扉を開けた時、また爆発が起こった。爆心地はこの部屋から大分離れているはずだが、爆風が通路を通り扉を揺らした。木製はデリケートなのだ、壊れるだろうが。

これは、リーダーとしての威厳を見せなければならない。

ペインは通路を歩き出し早々と爆心地へ向かおうとした。しかし曲がり角で早速中断させられた。

「おわ、クソリーダーじゃん」

灰色の髪を後ろへ流し、衣の下に信仰せし象徴のアクセサリーをぶら下げた男がペインと軽くぶつかった。他の六道は雨隠れにいるので今のペインの視野は人間一人分である。それと、リーダーという代名詞に何か付け足されたが触れないことにした。

「すまない飛段」

ペインは飛段と呼ばれるその男に詫びをした。謝る、という動作はこの空間で貴重だ。なぜなら暁に"礼儀正しい人間"は少ない。

「急ぎか?」

飛段は小首を傾げペインに問うた。背丈にそれ程は差が無いので、互いに見上げたりするような姿勢にならずに済む。

「この爆発音が聞こえぬようにしたくてな」

ペインは相変わらず単調な声で答えた。飛段は納得したように頷きながら、特徴的なペインの眼を見ていた。

「角都の野郎も部屋を若干壊されたらしい」

そして面白そうに笑いながら相方の被害を訴えた。

「つまり…、」

ペインが呆れるように結論を述べようとした。しかし飛段が続けてくれたのでその必要は無くなった。

「デイダラの奴、角都を怒らせた」

これまた愉快そうに笑いながら。


―――――――――――――――


バタバタと狭くやたらと長い迷路状の通路をデイダラは走っていた。横に面妖な仮面をつけた男を添えて。

「先輩、今からでも謝れば許してくれますよ。謝りましょうよ」

仮面の男は、少し前を走る金髪の男に視線を寄越しながら喋った。

「先輩ってば!」

しかし金髪を揺らして迷路を走り抜けるデイダラは返事をしなかった。

そして二人の数メートル後ろからはカツ、カツ、カツ、と一定の速度で追ってくる足音。曲がり角を何度も通ったので姿こそ見えないが、魔の手が迫り来る気配を隠しきれない程感じる。

「角都さんを撒くなんて無理な話っすよ」

「元はといえばてめぇがオイラを苛立たせたのが悪いんだよ!うん」

急ブレーキをかけてデイダラは拳を固め仮面を殴り飛ばした。グットタイミングといったところで角都が角を曲がってきた。彼は眼前まで飛んできたトビにこれまた拳をぶつけた。「ぅぎゅ」と絶妙な声を発し、トビは床に伏した。死体のようになった。

「デイダラ…貴様は俺を怒らせるのが得意のようだな」

角都は頭巾の隙間からおよそ人間とは思えない色合いの眼でデイダラを睨んだ。腕からは黒い触手が獲物を欲している。

「アンタ忘れたのか?オイラは爆弾狂なんて言われる人間だ。爆発を起こして何が悪ぃんだよ!!」

デイダラは握ったままの右手で壁を叩き、角都を睨み返す。

沈黙になる。
しばしその状態が続いた後、角都が口を開いた。

「これ以上暴れて迷惑をかけるようならば、貴様を殺す」

かなりの低音が鼓膜に響いた。
するとトビが勢い良く起き上がり、デイダラと角都の間に立つ形となった。

「すいませんでした!殺さないで、お願いだから!」

トビは「先輩今イライラしてて、でも悪意はないんすよ、」と一人弁解に励んでいる。角都はトビを一瞬見た後すぐに背を向け、来た道を戻っていった。
トビは安心するように溜め息をついた。

「先輩、」

デイダラはトビを睨む。喋るな、と言いたいような視線だ。

と、そこへペインが現れた。ペインはデイダラとトビを交互に見て「済んだのか」と呟いた。ペインの後ろには飛段がいた。「あれ?角都いねぇ」と軽く落胆している。

「お二人さん、すいませんね何か」

トビはペインと飛段に向かって頭を下げた。デイダラは「オイラがお前の後輩みたいに見えるじゃねーか!」とトビを殴った。


「デイダラ…、駄目なのか?」

ペインが急に喋り出したことで場が静かになった。ペインは咎めるようではなく、しかしはっきり答えを求めたがる表情をした。いや、顔は無表情だが声がそれなのだ。
デイダラは眼を逸らした。

「わかんねぇ。うん」

トビはデイダラを見つめてクエスチョンマークを浮かべている。話がわからないという意味だ。確かに他人が今の話を聞いてもペインが何を言いたいのか知り得るはずもない。そんなトビの横で、飛段は眼を細めてデイダラを見ていた。

「…俺は行く」

ペインは煙をまいて姿を消した。
トビは衣服をあちこち叩いて砂埃を取り払っている。


「おい。暇ならちょっと来いよ」

残された三人の空間に声をかけたのは飛段。彼の目線の先にいるデイダラは不機嫌そうな顔をして「はぁ?」と返事した。飛段は角都が去って行った方向とは反対の通路を歩き出した。背負う鎌が壁に触れて小さく金属音を立てた。

「待て。オイラはお前に従う気はない。要はトビがいなければいいんだろ、うん」

飛段は立ち止まった。

「トビ」

デイダラはトビに目でこの場を去るように訴えた。

「え?なんすか二人して」

「怪しい〜」と妙な声音で仮面の男は身体をくねらせた。デイダラが睨みを聞かせて再び呼んだ。

「…トビ」

殺気が露だったので、トビは素早い逃げ足で角都が去った方向に消えた。


デイダラは壁に背を預けて飛段を見た。その片手は腰の鞄の中だ。

「やる気は無ぇぞ」

飛段はデイダラのその手を睨みながら言った。デイダラは「別に手をどこに置こうがオイラの勝手だろ」と鼻を鳴らした。
飛段もデイダラの正面で壁に凭れ、腕組みをした。

「クソリーダーがな、"最悪な事態にならなければいいな"とか言ってた」

飛段は自分の眼をだるそうに瞬きさせ、デイダラの青い瞳を見つめる。青いそれは瞼の中に隠れた。

「オイラがアイツの後追いをする、か?」

デイダラがそう補助すると、飛段は無反応だ。それが肯定を意味する。

「リーダーはオイラを馬鹿にしてるのか?うん」

デイダラは嘲笑い、その場にいないペインを脳裏に浮かべ恨んだ。最も、自ら答えを出した時点で己にその案があったと言っているようなものだが。

「仲間想いなんだろ」

飛段はくだらないと言わんばかりの顔をしてそう言った。

「お前もそんな風に思ってんのか…うん」

デイダラは閉じていた瞼を開き、飛段の桃色の瞳を睨んだ。片手はそのまま。

「思ってない」

飛段は組んだ腕を動かさずに首の柔軟運動を始めた。骨が鳴った。

「ただ、てめぇもすぐ死ぬんだ」

そして、前から考えていたかのような口振りでデイダラをけなした。いや、けなしたのだろうか。純粋にこの行く末を述べただけに聞こえた。だからデイダラも苛立ちの前に疑問を浮かべる。

「…後追いと何か違いがあんのか、それは」

眉間に皺を寄せて訊ねるデイダラに飛段は言う。

「てめぇの意思なのかそうじゃないのか、だ」

ここで飛段は愉快そうに口角をつり上げ、片方の手を背の鎌に触れさせた。

「後追いはてめぇの意思じゃねぇだろ。闘って死ぬのがてめぇだろ」

鎌を掴んでいた手を離し、それでデイダラの腕を叩いた。飛段が近寄ることで少し警戒したデイダラだったが、相手に殺気が無いのを知り溜め息を吐くだけで終わった。

飛段は、デイダラが自分と闘うことを放棄したあの日から、デイダラへ殺気を込めるのをやめていた。デイダラもそれはわかっていた。

「サソリの奴と何年一緒だった?」

ペインの思考を伝えるためだけに飛段はデイダラを呼んだのだが、いつの間にか続いていた会話をそのまま継続させようと思った。

「さぁ…。暁に入った瞬間からツーマンセル組まされたから……えーと」

とにかく長かった。

「あのトビって野郎はその記録を更新できっかな」

飛段は妙な作りの仮面を想像したがデイダラは首を横に振った。

「無理」

飛段が小さく笑った。


―――――――――――――――


雨隠れは湿気が多い。というか雨が止まない。ペインが常に見張っているのだから。

「アンタも来たのか…」

ペインは斜め降りの雨が包む外を見てコンクリートの床に腰を下ろしていた。その背後から、面をつけた男がどこからともなく現れた。

「先輩に"失せろ"って」

「言われたのか」

ペインは男の言葉に続いたが、解答は違った。

「睨まれた」

男は肩をすくめた。ペインは「眼で通じ合っているんだな」と若干面白そうに言った。男は横目で睨みながら隣に座った。

「あの餓鬼は好き嫌いが激しい」

そして胡座をかいた膝に肘を乗せた。

「餓鬼と言うと怒るぞ。イタチや飛段と同じような歳なんだ」

ペインは雨粒の数を数えるように空を見回して言った。どんよりと薄暗い。

「なんと。今日一番驚かされた事実だ」

男は心底驚いたという顔はしていない。むしろ当然知っているかのようだ。

「"トビ"も若い設定だろ」

ペインは男の仮面を指差した。無表情は仮面から覗く瞳を見据えている。

「あれはまだ"トビ"を警戒しているな」

男は空で飛び回る数羽の鳥を見つめながらそう呟いた。


「時間が、解消してくれる」

ペインが答える。
両手を天にかざし、太陽から灰色の雲を退かした。
「サソリのこともか」と男が訊けば、

「トビがどうにかしろ。今はお前がパートナーだ」

と返る言葉に男は元気に手を上げた。

「…あぁ。じゃなかったな。了解っすー」

二人の会話は雨音に紛れて消えた。




fin.


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