身体と心
今まで生きてきて、何度もというわけでは無いが少しは想像していた。
俺には絶対あり得ない。
そう思っても心のどこかでは実に客観的に、冷静に、想像していた。
しかしいざ実際にそれがおとずれた時、
「何か、あっけない」
感想はそれだけだった。
ガシャ、と辺りで音がした。誰かが傀儡を蹴りやがったような音だ。
視界は無い。地面を向いているから、ということでもあるが、既に本来の機能自体も停止している。
喋ることは無い。それも視力と同じく、機能していない。
しかし聴力は。この耳は、まだ聞こえる。先程からずっとここには俺しかいなく静かだったのに。ガシャ、と誰かが傀儡を蹴った音を聞いた。
ふざけるなよ、俺の大事なコレクションを蹴るなど。殺すぞ。…あ、でも俺の物ではない傀儡もあるのだった。そっちを蹴ったのかもしれない。いやそれでも、傀儡師として作品を蹴るという行為は見逃せない。見えないことには確認できないが、この身体が動けば、殺してやるのに。
そいつはあちこちに散乱している傀儡を蹴散らしながら、俺の方に近づいて来ている。地面を踏む音が段々と傍に来ている。
なんなんだてめぇは。殺されたいか。
ザッ。
と、音がしてから辺りは再び静かになった。気配が近い。そいつは俺の頭の傍に腰を下ろしたらしい。
しかし何もしない。
全く動かない。
何をしているのだ、一体。
俺に何の用がある。
お前は誰だ。
自分自身動けないし目も見えないと思うと歯痒くて、些細な疑問も気になり出したら頭から離れない。
そう思っていたら、疑問はそいつの声で解消された。
「聞こえてるか?…うん」
…………
お前は、何をやっているんだ。
何故ここへ来た。
俺に用は無いはずだ。
と、また違う疑問が浮かぶ。
"デイダラ、何故俺の前に来る?"
しかしこの口は動いてはくれないのだ。
デイダラが呼吸を整えるように溜め息をした。あの人柱力にでも傷を負わされたのか、その気配は疲労の色を見せているようだ。
「何か…あっけねぇんだな」
そして俺の方をおそらく見ながら言った。それ、俺も先程思った感想だ。
「…特に言いたいこと、出てこねぇな…」
デイダラはそう言ったきり黙って動かなくなった。
何だ?どうなってる?奴は何をしているのだろう。
空で鳥が鳴いている。
「……あぁ、そういやオイラ、また1キロ太った。ハハ。アンタ気づいただろ?…指摘してこなかったのは、オイラが怒ると思ったからか?うん」
おもむろにデイダラが喋る。
「今は両腕無ぇからその分軽くなったかもな」
お前、両腕が無いのか。
術が使えない状態だというのによく生きているものだ、と感心した。
そして奴の言い方では"俺はよく奴の身体を見ている"らしい。そんなつもりは別に無いのだが。
デイダラは喋る。
「でも今オイラが思ってることはわからない、だろ?」
以前もそのようなことを言っていた…が、他人の思考などわからないのが普通だろうに。
「んで、口で言われねぇとわかんねぇんだろ?」
その通りだ。逆にお前はわかるというのか?
「本人の口から言わせるなんて酷だぜ…うん。さっきここでアンタをウロウロ探してた時のオイラの気持ちとかよ……、表現できねぇけど」
俺を探すお前の気持ち?
まさに説明が必要だ。
「なぁ、アンタの隣にいるのって例の両親か?アンタもしかして今幸せな状況だったりすんのか?両親のこと大切そうだったもんな、うん」
デイダラは自問自答している。まあ俺が喋れないから仕方ないことなのだが、何か…、違う。
全てを諦めたような言い方に聞こえるのだ。
……………。
お前、俺に失望している?
"永久"を求める俺がこの有り様で、そしてお前を置いて大切な存在である両親と仲良く眠っている。
そう思っている?
「いいな。勝手で」
どうやらそのようだ。
デイダラの声は一段と低くなる。
「……もういいよ、うん」
デイダラはそう言うなり立ち上がった。再び足音を立てて動いていく。
今度は、俺から離れていっている。
「じゃあな、サソリの旦那」
音が、離れていく。
デイダラ、待て。
何が言いたかったんだ。
怒っていたのか。
悲しんでいたのか。
喜んでいたのか。
デイダラが見たい。話したい。
何故立ち上がらない、俺は。
何故喋らない、俺は。
"何故"………?
わかっているのだ。
でもまだ、嫌だ。
デイダラ、顔が見たい。
デイダラ、その声と話したい。
デイダラ、まだ共にいたい。
そこで辺りの音が聞こえなくなった。
ブツリと、思考も停止した。
俺は、死んだ。
―――――――――――――――
砂利を蹴飛ばし道を歩く。
アジトに向かって二人、仲良く歩く。
仲良く、ではないか。
自分は長い足を絶え間無く進ませているが後方の彼は違った。上半身にあるはずの両腕が無いことでバランスが取りづらいらしく、あるいはその状態であちこちを移動したことからの疲労で、重そうな足取りだった。自分がたまに後ろを振り替えれば、彼は目線を合わせず斜め下を睨みながら進んでいた。
「遅いっすよ先輩。頑張って!」
文句と激励の言葉を同時に投げてはみたものの、返事が来ないことは予想していた。対面したのは本当につい先程だが、それからはこうして一緒に行動しているのでなんとなく彼の思考がわかった。
「肩でも貸しましょうか?あ、腕無いんでしたね!」
立ち止まり、彼が横まで来るのを確認してからそう言った。頭を掻きながら笑うと、睨まれた。しかし喋りはしなかった。
最初はもう少し口数が多かったのに、やはり疲れが大きいのだろうか。
「大丈夫っすか?」
真剣な声音を含んで見つめてみた。まあ仮面に覆われた眼は外から見にくいかもしれないが。
「…トビ、うぜぇ」
彼はこちらを見ずに心配の言葉を否定した。とにかく素直な人間ではないらしい。犯罪者としては妥当かもしれないが、一人の青年としては、可愛気が無い反応だ。
「もー、そんな態度は嫌われちゃいますよ」
自分は腰に手を当て呆れる仕草をしてみせた。
「くだらねぇ、うん」
しかし彼は前しか見ていないのでその様子には気づかない。それと、苛立ちが増したからか歩を速めていた。
適当に話題を変えるような口調でその背に言った。
「サソリさん、残念でしたねぇ」
まるで他人事だ。いや、実際他人なのだから仕方がない。後の彼からの返事は、想像以上に淡泊だった。
「あー、そうだな。うん」
それ程棒読みではない。落ち込んでいる風でもない。
「お前も見た?アイツ」
彼は空を見上げながら、生徒が教師に質問するような言い方で疑問を投げた。しかし質問の意味が言葉足らずでわかりづらい。とりあえず「はい」と答えると「ふぅん」と納得したかのよう。
間。
「悲しくないんすか?」
自分の知る限り、彼には初めての"相方の死"だ。感情的な彼はどんな反応をするのだろう、と淡い期待を抱いていたが、案外こういうものなのか。
「つーか…、がっかりした、かな」
彼は、腕があれば今頃頭の後ろで組んだポーズを作っているであろう口振りで感想を述べた。そしてこちらが返事を返さずとも彼は続けた。
「胡散臭ぇと思いつつもオイラはアイツが死なない、と……、信じてた。うん…」
彼は小さく溜め息を吐いて、「裏切られた気分だ」と薄笑いを浮かべた。
「その"信じてた"って気持ち、本人に言ったんですか?」
「………お前に関係無い」
再び、間。
「…先輩っていつもそんな感じなんすか?」
と訊ね、「なにが」と返る返事に「暗いですね」と言えば、顔面に鋭い蹴りが飛んできた。痛い。よくその身体でこれ程の技を繰り出せるなと感心した。
「お前なぁ!」
彼はその勢いでこちらに向き直り、叫び出した。
「誰だってこんな…」
しかし語尾が聞こえなくなったと思うと彼は目を閉じた。受け身の取れない彼の身体を倒れないように即座に支えた。
「大丈夫っすか」
彼は顔を青白くさせていた。チャクラも体力も限界らしい。「大丈夫だ」と言っているが無視する。
「お姫様抱っこしか運ぶ方法無いんすけど、いいですよね」
先程も言った通り肩を貸すことは不可能だし、彼自身を肩に担ぐと血の巡りが悪くなる。おんぶももちろん無理だ。必然的に残された選択肢により、彼は自身の足で歩くのをやめたのだった。抵抗する気力は皆無なので大人しい。身体は思ったより軽い。
「ゼツさんはさっさと地面に潜っていっちゃいましたし…先輩が寝ると迷子になるかもっ」
我が腕の中で眠たそうにしていたので制止の声をかけた。
「…デイダラ先輩。サソリさんのこと、忘れようとしちゃ駄目ですよ」
ああ、やはり、悲しかったのだね。
「…っ…」
途端に顔を歪め唇を噛み締めた彼。その目からぼろぼろと雫が落ちた。
すまない。
いや、謝らなくてはならないのは…。
「旦那ぁ……」
最後まで彼は心が伝わらなかったと判断した。
実際は、どうかな。
自分の足は進み出した。
彼とその人が、共に行くはずだった帰路を。
fin.