薬の記憶

アジトの俺の部屋、扉には"立ち入り禁止"の板をぶら下げた。まあ誰も侵入しはしないのだから、そのようなものに意味は無い。それに俺には仲間意識も無いので周囲のメンバーを気遣っているわけでもない。ただ部屋に入られると俺のメンテナンスへの集中力が切れてしまう、というのが理由だ。
メンテナンスといっても単純に傀儡を切ったり繋げたりするわけではなく、様々な薬品が登場するのだ。一般的な生活で使うような薬品もあれば、少量嗅いだり触れたりしただけで命に関わる薬品もある。このような部屋に居られるのは身体が傀儡になっている俺だけだ。
メンバーは俺の部屋から遠ざかるように自室に籠っていく。何故なら薬品の臭いは誰もが歩く通路まで及んでいたのだ。任務から戻った者は足早にアジト内を移動する。

(暁に属する奴等が毒でくたばるのも恥だしな)

俺は呑気にそう考えながら、仕込み作りに勤しむのだった。





「サソリの旦那ぁ、暇なんだけど」

ギィ、と音を立てデイダラの奴が俺の部屋に入ってきた。
……入ってきたのか?

「おい…扉の板見てねぇのか」

俺は物凄く嫌そうな表情を作って奴を睨んだ。しかし奴は「見たけど?」と首を傾げる。

「アンタが薬品の臭い撒いてんのなんざ日常茶飯事だろうが。いちいち注意してらんねぇよ、うん」

うざい言い分だ。
俺は別に意図的に薬品の臭いを撒いているわけでもない。それに今回のメンテナンスは普段より危険な薬品を多く使用しているのだ。だからわざわざ扉という目に入りやすい所に人避けを作ってやったというのに。
そして実際、お前が近づかないために板をぶら下げたようなものなのに。

なんて、考えていたら。

「う…」

デイダラが僅かに呻いた、と思ったら途端にその場にガクリと膝をついてしまった。床に手を落とし頭も下がる。

…………。
まさか早速劇薬にやられたのか。

「デイダラ、どうした」

俺はあえて知らない素振りをしながらデイダラに近づいた。しかし奴も身体の造りはただの人間、毒にやられてもおかしくはないのだろう。俯いたまま返事をしない。
面倒臭い…、そう思っていると、

「旦那…、だんな」

奴が上げた顔をこちらに向け、俺の衣の袖を引っ張ってきた。そして何か…、先程と声音が違う。

「だんな…」

ひたすら俺を呼んでくる奴の眼は、光を捉えていないような、焦点の合っていないものだった。

「何だ?デイ…」

俺は奴の症状を調べようとしたのだが、急に自分の視点は天井を向いた。我が目を疑ったが、どうやらデイダラが俺を押し倒したらしかった。

「おい…何やってんだ」

怒りの含んだ声で俺が睨んでも、「え?」と奴は俺の上でボケッとした表情をしている。こいつ自身、自分が何をしているのかいまいちわかっていない様子だ。

「オイラ、さ……、何か変」

そんなこと見たらわかる。
こいつ絶対この部屋の薬の臭いを嗅いでからこうなったな。
「とりあえず部屋から出ろ」と言っても「むー」と唸って終わる。

(何の薬がこんな効果を持つというんだ)



「だんなー」

そしていきなり、しかしのんびりとしたスピードで俺の口に奴の口が触れてきた。その後押しつけるように体重をかけられた。

俺は思い切りデイダラを蹴り上げた。奴は後方の棚に頭をぶつけ大人しくなった。

「ってぇ…」

何か呟いているが構わずその胸ぐらを掴み眼を見た。

「悪ふざけにしては過ぎると思わねぇか…」

命を奪うような劇物を体内に取り込んで、倒れるならともかく奇行に走るなどおかしな話だろう。そんな副作用がある薬品など俺は知らない。

「うん」

睨みつけたが間抜けな返事が返ってきただけだった。何が「うん」だ。

「だんな、怒ってるか?」

そして飼い主に見棄てられた犬のような瞳でデイダラは聞いてきた。
怒っているといえば怒っているかもしれない、という微妙な心境だった。だから返答に迷っていると、デイダラはフラリと立ち上がり部屋を抜けて行った。

「おい…」

俺は扉を避け通路に顔を出した。デイダラはどこに向かうともなく先へ進んでいる。
と、ちょうどデイダラの前方から鬼鮫が一人歩いて来た。奴等は普段なら軽く挨拶をして互いを通りすぎるのだが今はデイダラが変なので、そうはならなかった。

「鬼鮫、」

デイダラは鬼鮫を見上げ奴の衣の袖にくっついた。鬼鮫はというと頭上にクエスチョンマークを浮かべ「どうしました」などとデイダラを見ている。

…嫌な予感がするのだが。

俺は扉の陰から二人を監視しながらある考えを浮かべた。今の今までデイダラは俺にすり寄るように近づいてきて、わけのわからない行為をしていたのだ。鬼鮫に寄るあの動きも同じだ。ということは…

「きさめ」

奴は鬼鮫の大きな身体に腕を回しだした。抱きつく、というやつだ。
俺の予想は的を獲た。今のデイダラに"相手"などどうでもいいのだ。辺り構わず手を出したがっている。
いよいよ薬品の影響であると確信せざるを得ない状況になってきた。あの無駄にプライドの高いデイダラが他人にあからさまな甘えを出すことなど本来ありえないのだ。

(止めた方がいいよな)

青い顔を更に青くさせた鬼鮫は、近づく俺を見るなり身体に纏わりつくデイダラを引き剥がしこちらに投げるように渡した。

「頼みますよ、パートナーでしょう」

そして俺をじとっと見てそそくさと自室に閉じ籠った。
急にデイダラを押しつけられたので俺は思わずその肩を支えたが、奴が気を良くしたのか今度は俺に抱きついてきたので弾き飛ばした。

「デイダラてめぇ、正気に戻った時に必ず後悔することになるから、その辺にしておけ」

と、忠告してやったが、奴は俺を見るだけで反応をしない。そればかりか話を真逆に変えた。

「オイラ、きすしたい」


―――――――――――――――


俺はリーダーの部屋を訪れていた。
解毒する以前にそもそも何の薬品で被害が出たのかわからなかったので、いっそリーダーのなにかしらの術を施してもらおうと考えたのだった。

「お前だって脳を操る術を持っているだろう」

リーダーにそう言われたが、なぜかデイダラ相手に発動することが嫌だった。

「まぁ…、考えてみるが。デイダラ本人はどこだ?」

リーダーが俺の周りをキョロキョロと見た。しかしいくら探そうと、俺は今一人でリーダーの部屋に来ているのだから無意味だ。デイダラは先程俺からその脳天に渾身の一撃を喰らい、部屋に押し込められたから暫くそのままだろう。

「あんなアイツを見るくらいなら俺はアイツを殺す」

俺はそう嘆いたが、リーダーは困ったように「好きにしろ」と目線を逸らした。


―――――――――――――――


数時間後、デイダラは無事いつも通りに戻っていた。リーダーが奴をどう処理したのか、その場に居合わせなかったので知らないが、俺が通路を歩いていると恐らく正常であろうデイダラが厠から出てくるのを目撃したことでそう判断した。
結局原因が何なのか明確にはわからないまま事件は幕を閉じたのである。

「なんだよ旦那、ずっとこっち見て…」

凝視する俺を不思議そうに奴は見た。己のした行為に全く記憶が無いらしい。都合の良い奴というかなんというか…、俺だけ記憶しているのは気に食わない。気に食わないので、奴の胸ぐらを掴みかかった。この行為はもう何度目だろうか。
そして俺は顔を引き寄せ奴に軽くキスをした。

「この唇は覚えてねぇか?」

脳は忘れても身体は覚えているものだとよく聞く。今回も良い例ではないかと、俺は含み笑いをした。
されるがままだったデイダラはここで初めて態度を一変させこちらを睨みつけた。

「オイラがアンタにキスしたのか?うん」

ただ睨んでいるのではなく、その頬は真っ赤だ。黄色の髪にはあまり合わないが、新鮮なそれは俺にとって快感だった。

「そうだ。俺を押し倒してな」

俺が真実を教えれば教える程、奴は口をへの字に曲げていった。

「旦那にしては珍しい冗談だな」

口振りは冷静に聞こえるが、照れているのは明らかだった。

「青二才が」

俺はニヤリと笑いながら奴を罵倒し、再びキスをした。

気を遣って俺は薬品からお前を遠ざけたのに、近づいてきたそっちが悪いのだ。俺の配慮を無視した罰として、もう少し楽しませてもらおうか。

「キスしたいって言ったのは確かにてめぇだぜ」

「そんなこと知らねぇよ」などと奴は言って、微かに俺の袖を掴みキスを受けた。




fin.


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