くさまくら

サソリとデイダラが今歩いている町は治安がとても悪かった。

任務で霧隠れ付近に行くことになったのだが、予想以上に敵となるような存在の忍達が辺りにうようよと部外者の影を探っていたので、時間帯を少しずらして再び赴くことになったのだ。
そこで一旦宿探しをしようというわけで、目的地から二、三キロ離れた霧隠れの上層部公認の荒んだ町に向かった。なんでもその町に住み着く人間に忍はいなく霧隠れの里の者でもないらしい。里の許可なくしては住めないのだろう。霧隠れは他国との交流をあまり好まないところだ。
そしてその町も、周りと関わりを持たないようにしているようだった。通りをサソリ達が歩くと傍にいた町人等は物珍しそうに見つめていた。

「何か暗ぇ町だな、うん。霧隠れに影響されてんのかね」

デイダラは周りの人や建物をジロッと睨む。

「忍じゃないこいつ等は暁の存在をほぼ知らん。この衣を脱ぐ必要が無いのは好都合だ」

気にせずサソリはヒルコを引きずり広い通りを突き進んだ。周りの目などどうでもいい。"暁"という正体を隠せて休息できることが重要だ。
デイダラもサソリについて歩いたが、横からの囁きが耳についた。

「前を歩く奴は人間?あの体型は何なのかしら」
「連れの奴も変わった感じだな…」
「まぁ霧隠れの者ではないだろう」
「許可無くこの町に来ていいのか?」

サソリとデイダラを隅から隅まで観察しながら町人達は老若男女問わず部外者を追い出したい口振りだ。
デイダラは「ホント閉鎖的だな」とぼやいた。すると町人の一人がデイダラの前に立ちはだかる。ぼやきを聞き逃さなかったらしい。デイダラに指をさして挑戦的な言葉を発した。

「俺達が根暗だと言いたいのか?」

その男は見た目は三十代程で体格の良い奴だった。

「閉鎖的にさせたのはお前達だ。どこの国の人間か知らないが、俺達を公認してくれた霧隠れの人間以外、危険なだけだ!」

デイダラは、自身の目の前に指を出し突如怒り出した男にわけもわからず苛立った。
無視して歩き出そうとすれば男はデイダラの肩を急いで掴んだ。デイダラはビクッと反応した。

「んだよ、」

「行き場がなくなってしまったんだ、俺達は。この町に住む人間全員な」

デイダラは対抗しようと声を出したが男がまくしたてる。

「俺の妻は忍だったが死んだ!殺されたんだよ、よくわからんが"犯罪者ども"に!」

デイダラはそこで息を止めた。

「ここの住人は皆大切な人を亡くして行き場を無くした!」

サソリがデイダラを呼んだ。彼はといえばデイダラ付近の人だかりの少し先に留まっていた。「来い」とデイダラに目配せしている。デイダラは小走りでその場を通り過ぎたが後ろで男は呟いた。

「お前も大切な人を奪われたら否が応でも根暗になるだろうさ」





大分人混みを抜けたところでサソリは喋り出す。

「いちいち関わるな…面倒臭ぇ」

だるそうに溜め息を吐いているが、デイダラだって好きで関わったわけではなかったので何だか疲れた。それに、男の言葉を思い起こすと…。

「旦那、アイツ等の家族やらを殺した"犯罪者ども"ってのは…」

デイダラは尋ねるがサソリは「黙って歩け」と会話を終わらせた。デイダラも溜め息を吐いた。



その後、料金的にも丁度良い宿屋を発見し案内された部屋に移動してからサソリはヒルコから出てメンテナンスを始めた。辺りが暗くなったら襲撃しに行く計画となったので、それまではメンテナンスを続けるのだろう。「時間までは大人しくしてろ」と一言デイダラに言った後はサソリのみの世界に入っていた。デイダラもC3を一つ作り始めることにした。

しばらくすると、部屋中がなにやら消毒液のような臭いに包まれ出した。デイダラは鼻を摘まんでサソリを睨む。「ただの塩素だ」とサソリは全く気にしていない。

「起爆粘土がおかしくなりそうだ…うん」

不満を口に出してみたがサソリは無視だ。しかしデイダラからいつまでも視線を感じるのが鬱陶しかったサソリは傀儡から目を離して言う。

「外に行けばいいだろう」




デイダラは外に出た。
何故自分がいなくならなければならないのだ、とサソリを恨んだが、宿屋でじっとしているのも暇なので町を徘徊することを選んだのだ。

(居心地は悪いけどな…)

低速で、先程歩いた道とは違う道を進んでみる。やはり町人はデイダラを見てくる。なので真っ直ぐ前のみ見ていた。
するとちらほら人が歩いている中、幼い少女が地面に座って泣き喚いていた。デイダラは少女を少し見たが、視界に入れないよう通り過ぎた。少女の鳴き声が一層大きくなった気がする。しかし周りの人々は少女を見もしなかった。

(皆、自分が可愛いからな)

一度でも少女を手助けすれば今後ずっと面倒を見なくてはならなくなる、と人々は考え、見て見ぬふりをするのだろう。大方あの男の話からして少女も家族を失いこの町にいるはずだ。
こういう孤児はこの少女の他にもいるのだろうか…、などとデイダラが考えていると、

「おねえちゃん、おねえちゃん!」

少女が泣きながら誰かを呼んでいる。家族の存在を欲している。
…デイダラは方向転換し少女の前にしゃがんだ。

「てめぇも"おねえちゃん"のところへ行かせてやろうか?うん」

少女はデイダラを見てピタリと鳴き声を止めた。デイダラは少女の黒く大きな眼に冷たい眼差しを送る。口角が上がった。

「オイラからの贈り物だ…うん」

デイダラは嫌な笑いをしながら掌の口から小型の鳥を出した。少女は少し驚いたような反応を示した後、それを受け取った。鳥は少女の小さな両手の中で翼をはためかせている。

「ありがとう」

泣き腫らした目で鳥を見つめて少女は笑った。デイダラが無表情になった。
周りが少しざわついている。"部外者"の行動が気になるようだ。
デイダラが立ち上がると少女も立ち上がった。

「その鳥がお前を家族のところへ連れていってくれるんだよ、うん。ずっと"おねえちゃん"と一緒だ…」

デイダラがそう言うと少女はコクンと頷き、一人走っていった。鳥と戯れる元気な笑顔は、泣き喚いていた彼女のものとは思えない程明るかった。デイダラはその後ろ姿を黙って見つめた。
そして、

(…喝)

印を結んだ。


周囲が騒ぐ。叫び声を上げている者もいる。だが誰もデイダラの犯行などとは知らない。忍でない人間にはわからない。
しかしデイダラはその場にいる唯一のよそ者だ。不安や恐怖の入り交じる視線は全てデイダラに向いた。

「きっとアイツの仕業だ」
「おい部外者!町から出ていけ!」
「恐いよお母さん!!」

皆が皆叫ぶので言葉がぐちゃぐちゃに耳に飛び込んでくる。その中でもデイダラの耳に残ったのは、

「もう爆発は嫌だ!父さんが死んだあの時を思い出す…!!」

一人の青年の叫びだった。
デイダラは薄笑いを浮かべてまた歩いていった。


あの町人等の"大切な人"を殺した犯罪者はデイダラだ。
以前任務で軽い戦闘になった時に多くの忍達を爆破した。サソリも居合わせたが殺人をしたのはほぼデイダラである。しかしデイダラにとってあの戦闘など記憶に残らない程些細なものだった。人生の旅の一貫、というような暇潰しだった。あの男の"妻"も、あの少女の"おねえちゃん" も、デイダラにとっては小さく弱い命だった。

「クク…嬢ちゃんよぉ、驚嘆したか…?」

地面の血溜まりを踏んだ。





デイダラが宿屋に戻ると部屋中の塩素の臭いは大分抜けていた。サソリが部屋に入って来るデイダラを睨んだ。

「爆発音が聞こえた…」

先程の騒ぎを聞いたらしく、呆れたように言う。

「あまり注目を浴びるな。この町に来たのは目的地にいる敵の奴等に気づかれないようにするためだ」

デイダラは頭を掻いた。「外歩いただけで注目浴びちまうし」と文句を言うと「隠密って言葉を知らねぇのか、てめぇは」とサソリは更に呆れたようだ。

「オイラはこの芸術を教えてやりたいだけだ、うん。芸術家として生きる上で他人の感覚は大事だろ?」

デイダラは、ヒルコに入ろうと動いているサソリを見ながら芸術論を語る。するとサソリはデイダラを見ずに呟いた。

「なんつうか……。お前は"人の死"というものを理解してねぇよな」

そしてサソリが中に入ったことで今度はヒルコが喋り出す。

「理解した後で初めて芸術は語ってほしいんだよ…」

デイダラはヒルコを睨んだ。

「"人の死"って何だよ?そんなに気にすることか?うん」

サソリは少し黙ってから「あの男が言ってたよな」と続ける。

「大切な奴が死んだら根暗になる、なんてよ。当たってるっちゃ当たってるよな…クク。…………まあ俺が言いたいのは、てめぇは誰かが死んでも何も変わらなさそう、ってことだ」

そして「別にそれが悪いことだとは思ってねぇがな」と付け足した。話は終わった、とばかりにサソリはズンズンと部屋を出ていく。

「任務、少し早いが行くぞ」

デイダラは慌ててサソリを止めるように尋ねた。

「悪くないなら…、変わらない、って良いことか…?うん」

サソリは止まらずに答えた。

「知らねぇよ」

ヒルコを引きずる音が聞こえなくなるまでデイダラは部屋で一人突っ立っていた。

「……わけわかんねぇ…うん」

これから任務でまた人の命を奪う者が、何故あのようなことを言うのだろう。
"人の死"がなんだと言うのだろう。

デイダラは、自分の"己の命は芸術より価値が無い"という考え方は周りとは少しズレているらしいことを今知った。
そして、"大切な人を失った"時の自分の変化など、興味は無かった。芸術を作り上げる際に支障をきたさなければ、どうなったっていいのだ。


彼は任務が終わった後この町も爆破してやろうと思った。町人全員を我が芸術で絶望させてやろうと思った。それは快感だが、時が経てば怯えた顔も泣いた顔も忘れる。だからまた絶望させる。繰り返しなのだ。

しかし、あの少女の笑顔は脳裏に焼きついたままだった。
決して根暗ではなかったように思える。




fin.


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