オイラは朝から身体がダルかった。瞼も重い、喋ることが面倒臭い。
そして今さっき、この倦怠感から抜け出したいがために旦那に怒りを八つ当たりしてしまった。旦那は"なんなんだ"とオイラを睨んだ。

「今日の任務は俺一人で行く」

オイラは旦那が八つ当たりされた苛立ちからそのようなことを言ったのだと思った。だからオイラも怒った。旦那はそれを無視して任務に向かって行った。

(八つ当たりしたのは悪いと思うけどよ)

なにも置いていかなくても。

「だったらオイラだって単独任務行こうっと、うん」

アジトにいても暇なので、そんなセリフを吐いた。すると偶然傍に居合わせたイタチがオイラを見た。

「部屋で寝ていろ」

何だよてめぇ、とオイラはイタチに反論しようとしたのだが、視界がぐらついたのでやめた。重心が傾き身体もそれに従った。イタチが支えてくれなかったら石の床に頭を打ちつけていたかもな。


その後の記憶が無いのだが、いつの間にか閉じていたらしい目を開ければ自室のベッドにオイラはいた。

「目が覚めたか。ちょうどいい」

ぼんやり天井を見ていれば扉が開かれイタチが入ってきた。そしてベッドの近くに椅子を引き寄せ腰掛けた。手に何か持っている。

「この薬は食前に服用するものだから、今飲め」

半ば強引にオイラの上半身を起き上がらせ、水と薬を差し出してきた。

………ていうか、なに?

オイラがいぶかしんでいるとイタチは呆れながら言った。

「熱を出したんだ、デイダラ。言葉がわかるか?ちゃんと聞こえているか?」

何か馬鹿にされている気がするが…、イタチの言葉通りオイラは風邪を引いたらしい。暑いから衣服を脱ぎたいし、寒いから布団を被りたいという体感温度もよくわからない状態だった。

「寒いかと思ってその衣そのままに寝かせたんだが…脱ぐか?寝づらいだろ」

と言われて、コイツはオイラが先程倒れた時からずっと看病してくれていたことを知った。
とりあえず両腕のみ衣から出し、肩に掛ける形をとることに。

そして奴が出していた薬を飲んだ。不味すぎて吹き出しそうになった。

「この薬が一番効くんだ、味も一番堪えるがな」

イタチはオイラを見て楽しそうにそう言う。随分と飲み慣れたような口振りだ。
「お前の私物か?」と訊けば「あぁ」と奴は頷いた。
なんだか凄く迷惑がかかっているのだとわかり少し申し訳なかった。

「…………わ、悪ぃ…うん」

珍しく謝ればイタチは「気にするな」と立ち上がり部屋を出ようとした。しかしオイラが突如激しい咳に見回れたので、奴はUターンしてオイラの背中を静かに撫でた。
本当に申し訳なくてオイラは眉を下げた。

「イタチ、オイラ大丈夫、ゴホッあの…寝ればなおっゲホッ」

イタチは「喋るな」と言い、オイラの背中を撫で続けた。


咳が落ち着いてきたと同時に、キィと扉が開き鬼鮫がひょっこり顔を出した。

「イタチさん、そろそろ任務ですけど…来れそうですか?」

"来れそうですか"とは随分遠慮がちな言い方だ。鬼鮫一人でも遂行できるような任務なのだろうか。
それにしたってオイラのためにメンバーが任務を休むなど、こちらが恥ずかしいし情けないだけだ。
「……デイダラ、どうだ?」なんてイタチが訊いてくるものだからオイラは物凄い剣幕で「心配ねぇし!!」と叫んだ。そして咳も出た。

イタチは部屋を出る直前にオイラを見たが、何も言わず鬼鮫と任務に向かった。
オイラは起こしていた上半身を布団に埋めた。頭痛がするし少し吐き気があった。まあ寝れば治まるだろう、と目を瞑った。
静かな昼時だった。


───────────────


何か、手に違和感を感じる。オイラは目を開けた。かなり寝たようで部屋は暗くなっている。そして違和感を感じる手に目を向けてみれば、握っていたのだ。旦那の野郎が。

「起きたか…。熱はまだ下がってねぇみてぇだな」

とにかくオイラは驚き、握られた手を引っ込めてしまった。旦那はしかめっ面になった。

「てめぇ俺の好意を…」

「わっ悪ぃ旦那ああああの、あの」

頭が回らないのだった。

「てめぇ頭大丈夫か?」

旦那が引いた。
しかし、本当に旦那がする行動とは思いがたかった。手を握るなど…。
話を訊くと、オイラが寝ている間に旦那の任務は終了し、その後はこうして傍にいたらしい。

「お前のことだから、単独任務にでも行くんじゃねぇかと思ってた」

(オイラもそのつもりだったさ、始めは)

イタチに看てもらっていたことは伏せる予定だったが旦那はわかったようで「良い薬をもらったな」とオイラを見定めた。

「朝のお前の症状からして……、処置無しのままだったら今頃ぶっ倒れて点滴ってとこかな…クク」

旦那の奴、オイラの体調が朝から悪いこと知ってたのか!言えよコラ!

……ん?…もしや…、

「だから、オイラを置いて任務に行っちまったのか?」

旦那は渋い表情で頷いた。なるほど、疑問が解けた。八つ当たりの仕返しだと思っていた行為は"旦那なりの配慮"だったのだ。


「しっかし…、人間の身体は本当に面倒だな」

旦那は愚痴をこぼした。「傀儡にしてやろうか?」などと愉快そうに勧誘してきたので「死ね」とだけ返した。「お前が死ね」と言われたので言い返そうとしたが吐き気が迫ってきて気分が悪くなった。汗がじっとりと出てきて、衣服が張りつくような感触がある。

「吐くのか?お前が吐いても粘土しか出てこなさそうだ」

また旦那が挑発してくるが、今何か喋ると嘔吐してしまいそうだったので必死に唇をかたく結び喉元に手をあてた。さすがに旦那も真顔になり黙った。

「便所行って吐け。薬はもう消化してるだろうし、胃の中のモン出した方が楽だ」

旦那が勧めて立ち上がったがオイラは布団から起き上がったところで動けなくなった。立ったら絶対吐く。喋っても吐く。何も旦那に状況を伝えられないのだ。

すると旦那がおもむろに背中をこちらに向け、しゃがみこんだ。

「乗れ。百キロまでなら耐えられる多分」

オイラはボケッとその背中を見つめた。

……おんぶなのか、まさか。

理解した途端オイラは全力で首を横に振った。恥ずかしいにも程がある。この歳でおんぶをしてもらうなど。

「てめぇ自分の部屋でゲロ撒き散らすのとおんぶされんのどっちがマシだよ!?」

頭痛がする人の傍で叫ばないでくれ。
そして言葉を選んでくれ。
ゲロとか言うな馬鹿。

いつまでも旦那がオイラを睨むので、おんぶをしてもらうことになってしまった。
オイラは衣に腕を通した後、ゆっくり旦那の背中にくっついた。首に腕を回すと旦那は再び立ち上がった。

「そこで吐いたら殺すからな」

忠告をされたが、言われなくとも人に向かって吐いたりはしない。モラルに反する。

ぼんやりする思考の中、旦那の赤い髪の毛が頬にふわふわと触れて、オイラは心地よかった。

(こんなに柔らかい毛だったんだ)

ほんのりと旦那の匂いもする、と思ったのだが、この匂いはおそらく傀儡の素材のものであろう。
まあそれは置いておいて……、
"人形に乗ってる"という感じがあまりしなかった。

(落ち着く…)

首に回す腕に力を少し籠めた。





便所で一通り胃を空にしてからは気分がマシだったので、オイラは自分で歩いて戻ることに。
自室までの帰り道、旦那は首を触っていた。

「お前の腕力が強くて関節部分がずれた」

そう文句を言いながら、首…というか頭部を上半身から外した。
オイラは嫌そうな表情を隠しきれない。首無しの奴と歩くのはかなり不気味だ。



通路を歩いているとイタチと鬼鮫が正面からこちらに向かって来るのが見えた。任務を終えたらしい。随分早かったな。
鬼鮫が首無しの旦那をしばらく見ていた。

オイラがイタチの横を通りすぎる瞬間、

「もう大丈夫だな」

と、聞こえてきたので振り返ればイタチがニッと笑っていた。オイラはなんだか笑い返すこともできず、手を軽く振った。旦那は頭部を接続しながら鼻を鳴らした。

イタチと鬼鮫は通りすぎた後オイラ達の後ろの方で「あの方、首取れてても話せるんですかね」などと会話していた。

「デイダラよぉお前、アイツに対して気持ち変わったんじゃねぇの」

旦那はそれを横目でチラリと見た後、突然呟いた。「なにを言い出すんだ」とオイラが見つめれば旦那は言葉を続ける。

「殺せなくなるんじゃねぇかって」

真っ直ぐ前を見たまま無表情だった。
オイラがイタチを殺さなくなる、なんて。

「旦那、アンタ寝ぼけてるのか?」

「今実際に寝ぼけてんのお前だろ殺すぞ」

殺意に満ちた眼で睨まれたがオイラも睨み返した。

「ねぇよ、そんなこと」

オイラは絶対イタチを殺すのだ。変わることはない。
しかしオイラが釘を刺しても旦那は微妙な表情をして「そうか」と言った。

自室に到着したので中に入ろうとした。すると旦那が扉の前で止まり喋り出す。

「イタチは面倒見の良い奴だ。面倒臭がらずに他人の世話するんだからな」

オイラはポカンとした。

「何言ってんだ。旦那もしてくれてんじゃねぇか、うん。それにオイラの風邪に真っ先に気づいたしな」

思ったままを言うと旦那は舌打ちをする。

「俺は部屋に戻るからな」

そして歩幅大きくオイラの部屋から離れて行った。


「旦那も面倒見の良い奴だぜ。文句言いながらも他人の世話するんだからな、うん」

オイラは一人ニヤリと笑い、自室の扉を閉めた。


風邪も悪いことばかりじゃない。




fin.


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