心と身体

サソリは、"ヒルコに入っている間は自身の足を使う必要が無いので楽だ"と、くつろいでいた。本体も造った身体なので疲労というものは無いが、要は気持ちの問題だ。
任務中サソリはもちろんヒルコの中でそのようにしている。しかし、サソリは最近気になることがあった。
相方であるデイダラも、起爆粘土で作った鳥に乗り移動しているのだ。それも任務中での移動、ほぼ全てだ。つまり、自身の身体を使っていないのである。

「デイダラ…戦闘時だけ身体動かすんじゃ鈍るぞ、あちこち」

サソリはいくら怠けても鈍りはしない。しかしデイダラは普通の人間、日々の積み重ねがなければ肉体は腐る一方だ。

「…ヒルコの中で楽してる奴に言われたくねぇ、うん」

デイダラもその事実がわかってはいるが、同じように怠けているサソリに指摘されるのが気に入らなかった。
サソリは自分の横を低空飛行する鳥を睨み、デイダラをまじまじと見た。

「………。デイダラてめぇ、…太ったな」

これは本当に、感じたままの素直な感想だった。サソリが傀儡であるヒルコの中から見ているので、デイダラからは彼がどこを注目して見ているのかいまいちわからない。しかし、そのサソリの発言で己の身体や顔を見ているのだと確信したのだった。

「……太ってねぇし」

沈黙を作り出しては負けだ、と意味不明な判断をしたデイダラはサソリに反論した。
サソリもサソリで頑固な性格ゆえ、それに反論し返すのだ。

「服脱いで鏡見てみろ。もともと少ねぇ筋肉がもれなく脂肪に変わってるぜ」

デイダラのこめかみに青筋が立つ。相当きているようだ。

「太ってねぇっつってんだろ、糞オヤジ」

そしてサソリも苛立ち出す。

「てねぇの身体なんざどうでもいいがな、任務に支障きたされると俺が迷惑なんだよ糞餓鬼が」

デイダラは大変ご立腹だ。しかし、意見としてはサソリのものは正しいのだ。鈍った身体で任務を続けてはいつ何が起こるかわからない。

「何で最近そんなに怠けてる。…今この瞬間からでも自分の足で歩け」

サソリが冷静な口調でそう言えば、デイダラは舌打ちをして粘土の鳥から飛び降りた。その鳥を上空に飛ばせ、爆破させた。


「うぜぇ…。死ねばいいのに…うん」

本人に聞こえないよう爆発音に紛れさせて、デイダラはサソリへの悪口を言った。実際にそれを願っているのかは不明だが。
サソリはといえば、やはり同じくヒルコに隠れて舌打ちをするのだった。

「デブ」


───────────────


次の日デイダラはサソリに言われたことを根に持ち、粘土も用意せずに走ってアジトを出ていった。
サソリはその行動が理解し難かったので近くのメンバーに尋ねた。

「私の任務だったんですがねぇ…」

鬼鮫が答えてくれた。デイダラは鬼鮫に当たっていたはずの任務を奪い、"素手で勝つ"と意気込みながらひたすら徒歩で向かっていったらしい。
…馬鹿なのか。

ちなみにサソリは鬼鮫に「お前もアイツが太ったと思うだろ」と聞いてみたが、鬼鮫は少し黙った後「いいえ」と答えた。




その日の夕刻…、
デイダラは出発した時同様しっかりと自分の足で歩いて戻って来た。
サソリは自室でヒルコのメンテナンスをしていたので知らなかったのだが、通路から部屋の扉が開閉した音を聞いたので
"帰って来たのか"と顔を上げた。実際、その扉の音がデイダラの部屋のものなのかはわからなかった。ただなんとなく、サソリにはそれがデイダラだと、思わせた。
そして数分後、案の定サソリの部屋の扉が勢い良く開け放たれた。

「おいオヤジ!」

開けた扉を閉めもせずにデイダラはズカズカと部屋に踏み入り、サソリを呼んだ。親不孝者な息子のようなセリフで。
サソリは返事の代わりに溜め息を吐いた。

「オイラの体術はアンタよりよっぽど優れてるぜ、うん!敵の奴等なんざ秒殺よ、秒殺」

デイダラはやたらと大声ではしゃぐように自慢してきている。身体は鈍ってなどいない、と言いたいのだ。
だがサソリは見つけた。デイダラの右足に、クナイか何かで刺されたような深い傷があった。布を何重にも巻いて止血をしている。

「本当に無傷か?」

サソリはわざと彼の足の怪我に気づかないフリをし、デイダラに訊いた。デイダラは「当たり前だ、うん」と鼻を鳴らして威張った。

「てめぇオイラに謝れよ、うん」

デイダラはサソリに前言撤回してほしかった。しかしサソリはそんな気はさらさら無かった。

「調子に乗るなデブ…」

"デブ"という言葉にデイダラは再び怒り、反論しようと口を開きかけた。しかしサソリはそれよりも早く言葉を発する。

「他人にとやかく言われただけで自分の忍術も置き去りに敵に向かっていくことがどれだけ愚かなことかわかるか!!」

デイダラは目を丸くさせ驚いた。普段のサソリからは想像もできないような怒声に呆然としていた。そしてその後すぐに眼を細めた。
サソリは続ける。

「怒りに身を任せ周りが見えなくなればどうなるか……?…あるのは"死"だけだ」

サソリは言い終わるとまた目線を傀儡に向け、部品を弄りだした。

部屋中が、しん…とした。

するとデイダラは更に部屋を進み、サソリの目の前まで来るとしゃがみ込んで彼の胸ぐらを思い切り掴んだ。
サソリはデイダラを睨む。

「旦那、アンタって勝手だよな…うん」

サソリの衣を掴み引っ張る彼の手の力は相当なものなのだが、反対に声は静かだった。

「オイラ、アンタの言葉いちいち気にしちまうんだぜ。すげぇ影響されちまうんだぜ」

サソリは無表情だ。

「自分の言いたいことだけ言って、すぐそうやって説教たれてよ…。オイラの気持ち少しは…考えろよ……うん」

デイダラはずっとサソリの眼を見て話した。だからサソリもその眼だけを見ていた。

「俺、口で言われねぇとわかんねぇな。…てめぇの気持ちなんざ」

デイダラの顔が歪む。

「…じゃあオイラが今てめぇをどう思ってるか、ってのもわかんねぇのか?」

その言葉にサソリが頷けば、デイダラの手は小刻みに震えた。


「…っざけんなよ……」


デイダラは吐き捨てるように言った後、サソリの部屋から静かに出ていった。

入ってきた時は元気だったのにな…

そう思いながらサソリは閉められた扉を見つめていた。





デイダラは自室の扉を乱暴に開け、中に入った。そして乱暴に扉を閉めたので指を挟んだ。地味に激痛だ。その場でうずくまる。

「……ムカつくんだよ…」

足の痛みを必死に顔に出さぬようにサソリに会った。この身体が鈍っていないことを証明した。勝ち誇ってやった。
しかしそれが全て、サソリの逆鱗に触れた。

また認めてもらえなかった。

「アンタが言ったから、」

デイダラはサソリに矛盾を感じた。

「何が"愚か"だよ…!そうさせたのはアンタだろうがっ……」

デイダラの相方であるサソリは、任務中ずっとヒルコの中にいる。デイダラは自分だけ足で歩くことが嫌だった。
他のメンバーは全員、ツーマンセルで歩く時は共に自身の足を使うのに。サソリだけは傀儡を引きずる。
他のメンバーは全員、疲れる時は共に疲れるのに。サソリだけは疲れない。
デイダラだけが、一人で疲れる。

「…………太りもするっての…うん」

デイダラの体重は実際に少し増えていた。しかし筋肉は衰えておらず、付いた脂肪は僅かだ。他人から見てもわかりはしないレベル。しかしサソリにはわかるらしかった。

彼はデイダラをいつも見ているという確かな証拠だった。

「…身体の変化はすぐ見抜くくせに……心は見抜いてくれねぇんだな、旦那」

扉に挟んだ指が、ジンジンした。


───────────────


サソリはまたいつものようにヒルコの中で任務をする。
最近気がついたことは、デイダラが粘土の鳥には乗らず、地を自身の足で踏み進んでいることだ。
身体は、痩せて今まで通りの体型に戻った。

「自分で歩く気になったみてぇだな」

サソリがそう言うとデイダラは目を瞑り答えた。

「二度とデブって言うなよ、うん」


心は、伝わらないのだろう。




fin.





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