あらたまの
「ペイン、いいから雨を止ませて!」
アジトの自室で眠るオイラは、大きな声が響いてきたせいで目を覚ましてしまった。真夜中だと言うのに…なんなんだ。
仮眠用のサイズの大きめの衣服を着たまま部屋から出て、広い通路を歩いてみた。
どこからか風が来たので探ってみれば、最上階…つまり屋上のような所への扉が開いていた。オイラの部屋はその扉に近い場所にあるため、外の気温に影響されやすかった。
(この時間だとリーダーの奴が見張ってるはずだな)
その扉を通り石造りの階段を登った。そこには二人、メンバーが話していた。
「ごめんなさい、少しイライラしていて。貴方に当たってしまったわ」
「疲れているなら休め…」
リーダーと小南だ。
雨が止んでいる。先程まで自室にも雨音が響いていたのに。
「いいえ…ペイン、私が見張るわ…。その身体を休ませてあげて」
と、何かを話し終えたらしくリーダーがその場から去ろうと階段に向かって歩き出した。オイラは目が合ったので軽く挨拶をしておいた。
リーダーが下の階に降り扉を閉める音を聞いた後、オイラは景色がよく見える位置まで足を運んだ。小南が座っていたので横に失礼してみた。
彼女はこちらを少し見たが無表情だ。
「貴方にも謝るわ。私が貴方を起こしてしまったんでしょう?」
前を向いたまま喋っているがオイラに詫びをしているようだ。別に構わないのに。
「見張りならゼツだけでいいんじゃねぇのか、うん。アンタ疲れた顔してるぜ」
オイラは率直な意見を言った。小南は微笑み、「ペインと同じことを言うのね」と返したが、休む気は無いらしく動こうとしなかった。
「今日はメイク、のりが悪いの」
彼女は"全く困ったわ"という口調で不満を洩らした。オイラは「へぇ」と返事をしたが、実際よく知らない。
下の景色をボーッと見ていた。主に木しか無いが。すると何か冷たいものがオイラの両頬を掴んだ。思わず身体が跳ねたが、状況を確認するとそれは小南の手だった。
「いいわね若い肌は…。スベスベ」
彼女の手がオイラの顔を撫でたり引っ張ったり。
「おい…」
「デイダラ、これしてみてもいいかしら」
手を離すよう語りかけるつもりだったのだが、小南は遮った上に懐から何かを出して勧めてきた。
細長く小さいそれを、オイラは見たことがある。
確か…、
「口紅よ」
小南は正解を言ってのけた。
……………つか、
嫌に決まってるだろ!!
オイラは小南から離れて座り直した。
「貴方の顔は化粧映えすると思うのに」
とブツブツ文句を言っているが、嫌なものは嫌だ。
「かつては髪の長い貴方を女性だと思ってたのよ」
この組織は私以外に女性がいないから少し喜んでしまった、と彼女は暴露し出した。少なからずショックを受けたオイラはコメントできなかった。
「まあ、すぐにペインから"奴は男だぞ"って言われたけれどね。言われてなかったら今でも勘違いをしていたかもしれないわね」
フフ、と一人楽しそうだ。知りたくもなかった事実を知ってしまったオイラは"自室で寝ていれば良かった"と後悔した。
小南がこちらに手招きし、傍に来るよう促した。
「手を」
手が見たいのか?と差し出せば彼女は両手でオイラの手を優しく包んだ。
「でも、貴方は男性らしくなったわ。この手は私の手よりも大きいもの」
オイラはてっきりこの奇形な掌が見たいのかと思っていたので、サイズ比べをされたことに驚く。そして小南の手は細くしなやかで、先程頬に触れた時と同様に冷たかった。
「身長は……そうね、まだ伸びると思う」
…そんなフォローはいらない。かえって気にする。これが旦那だったらブン殴るぞ。
「アンタ長身だしな…うん」
リーダーと並ぶと程良く見える彼女の身長はオイラにとっては敵だ…。
「私もこれ程伸びるとは思わなかった。先というものはわからないわね…」
「本当、わからないわ…」と呟く彼女は寂しそうな表情だ。
オイラは、
明日は当たり前に来る
と思い込んでいた。
しかし忍として、犯罪者として、それは貪欲なのだろう。小南がそう言っているように思えた。
「ペインに、私達に着いてきてくれていること、感謝するわ」
彼女の手に少し力が籠められた。
しかしオイラは無理矢理この組織へ入らされた身だ。感謝されるような真似はしてはいない。
でも。
リーダーも小南も仲間意識が強い人間なのだ。自分は今この人間達の仲間なんだと思った。
(ま……悪くない、な)
小南は手を静かに離した。
「睡眠を邪魔してごめんなさいね。ゆっくり寝なさい」
その言葉をもらい、オイラは来た道を戻っていった。
階段下の扉をまた通り、閉めた。外からの風はもう来なくなった。
(目、冴えちまった)
また寝られるだろうか。
ベッドに潜り込み冷えた身体を温めた。
気づけば翌日になっていた。オイラは寝たようだ。
朝からの会議もどきに出向けばメンバーもいて、
オイラは小南を見つけた。
オイラと目が合っても彼女はいつもの無表情だった。
昨日は夢を見ていたのだろうか。
その時ふと、自分の肩で何かが動いた気配を感じた。見てみれば、折り紙で作られた蝶が留まっていて。
彼女を再び見るとやはり無表情だった。
オイラはこっそりと笑った。
fin.