呼んでくれた日
他のメンバーがパトロールや遊びに出かけてしまって、なまえとラチェットしかいないオートボット基地。静かな基地に時折響くのは、先日ボケが壊してしまった機械をラチェットが直す音と、なまえが本をめくる音だけだ。

もともと沈黙が苦にならない二人だったので、最初に比べて気心も知れてきた今では、その静かさも気にならない。
他のメンバーがよく外出するタイプで、この二人だけが基地に残ることは多々あったし、最近のラチェットとなまえの関係もどこか緩やかなものになっていたから、以前のようになまえが気を張る様子もなくなっていた。



ただ、今日のラチェットは落ち着いていなかった。

時折、ちらりとなまえを見たり、眉間にしわを寄せたり、ため息をついて手を止めたり。初めは気付いていなかったなまえも、暫くすればラチェットのそのそわそわした様子に気が付いた。

実は、今日だけじゃなくここ2・3日ずっとこんな状態なのは、この二人以外には周知の事実なのだけれど。


「ラチェット?」
「、っ!な、なんだ?」


声をかければ、それはもうわかりやすいくらいにびくりと震えて目を向けるラチェット。その目が思いっきり泳いでいるのがなまえにもよくわかった。


「どうかしたの?さっきからそわそわしてるけど…」
「いや、その…」
「?」
「な、何でもないから気にしないでくれ」



そう言われても、どう考えたって何かありそうだ。今だってもごもごと口が音にならない言葉を発している。
以前は、こうなってしまえば取り付く島もなくて、なまえも黙って「そっか」と言うだけだった。

でも、私だってボケとミコ、アーシーとジャック、ビーとラフのように、ラチェットとパートナーなのだ。もっと仲良くなりたいなんて、言えないけどいつだって思っている。

言いたくない事ならしょうがないけど、他のことなら話してもバチは当たらないよね。
さっと読みかけの本にしおりを挟んでソファに置く。立ちあがって、ラチェットの近くに駆け寄った。


「ラチェット、そっちに行っていい?」


手すりから見上げて名前を呼ぶ。ラチェットが困ったように眉を寄せているけど、それは見ないふりをして、手招きをする。しぶしぶといった風に寄ってきたので、続けて手に乗せてくれる?とお願いした。寄せられた手に、するりと飛び乗り腰を下ろす。


「やっぱり、高いなー。ミコもラフも怖くないのかな」
「…怖いのなら降りたらどうなんだ」
「やだ。特等席だもん」
「なんだそれは…」


呆れたような声が降ってくる。それになまえは、幸せそうな笑みを浮かべた。


「だって、ラチェットが会話して掌に乗せてくれてるから…。嬉しいなーって」




瞬間、ぴたりとラチェットが固まった。というよりもぴしり、かもしれない。おまけに、ぎゅるると何かの機械が忙しなく動く音が聞こえてきてきた。
見上げたその顔が、徐々に赤く色づいていく。

ぽかんと、口が開く。心なしか、腰かけている掌の温度が上がっている気もした。なまえの乗っていない方の手が、頭を抱えるような仕草を見せて、それからすぐにアイセンサーを覆った。

「えっ、ラチェット…どうしたの!?」


こんな様子のラチェットは見たことがない。どうしていいのかわからなくて名前を呼ぶと、ゆっくりと、震える声が話しかけてきた。



「なまえ」
「!」
「…その、」
「…」
「わ、私は「ただいまーー!!」うわああああ!!?」


がしゃん、ばたん、


いきなり聞こえたミコの声に、狼狽えたラチェットが掌を傾けてしまい、滑り落ちかけるなまえ。
弾みで踏んだのか、足元には先程までラチェットが構っていた機械がまた壊れて転がっていた。


「あれ、ラチェット。なんかすごい音がしたけど」
「なんだ、ラチェット。これ踏んだのか?」


「…何故……」
「「え?」」
「……何故帰ってきたんだー!!!」
「「はああああ!?」」



もういい!もうたくさんだ!憤然とした様子で、なまえを置いて立ち去るラチェット。
後に残されたのは、何故怒鳴られたのかわからないと言った顔のミコとボケ。

「何!?なんなの!?」
「さ、さあ…俺何かしたっけ…」


そして、ほんのり嬉しそうな顔のなまえだった。




――
初めて名前を呼ばれた日。デレた結果がこれだよ!

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