本音(後)
本編ではログアウトしちゃったラフ君がいます。




他のみんなに余計な心配はかけたくない。
なまえは暫くの間流れていた涙を拭って、共用スペースに足を向けた。途中、洗面所で顔を洗う。鏡を覗き込むと、目の端が少し赤くなっていたが、きっと大丈夫だ。ごまかせる範囲。一度鏡の中の自分に微笑むと、そこを出た。

ところが、戻ったそこにはラフとビーだけしかいなかった。


「ラフ、ビー。他のみんなは?」
「あっ、なまえ!良かった遅いから心配してたんだ…なんだか目が赤くない?」
「b〜…」

心配そうに二人に覗きこまれて、思わず微笑む。この二人はいつだって優しい。


「ごめんね、戻ってくる途中で目にゴミが入っちゃって。水で洗い流してたんだけど、擦り過ぎたのかな…」
「そう…ならいいんだけど…。みんなはディセプティコンが動いたから出動したんだ」
「bb〜(ラチェットも一緒にね)」
「…ラチェットも?」


聞こえたその単語にずきんと胸が痛んだけど、それよりも今はラチェットのあの状態の方が気になった。積極的に前線に出ていこうとするなんて益々おかしい。


「やっぱりラチェット、いつもと違うよね」
「うん…僕もそう思う」
「b〜(おいらも…)」


やっぱりあのスーパーエネルゴンは、力や速さを増幅させるだけではない。今のラチェットは与えられた力に酔っているし、その分今までの鬱憤も表に出てきているんだろう。

その時、モニターからオプティマスの通信が聴こえた。


「バンブルビー、帰りのゲートを開けてくれ」


指示に従いレバーを下ろすビー。
ところが、暫くしても誰も帰ってこない。
おかしい、そう三人で顔を見合わせると、オプティマスからビーを呼ぶ通信が入った。急いで出ていくビー。


「どうしたんだろう…」


不安そうなラフと身を寄せあって待つ。何分かして、ようやく戻ってきたメンバーを手すりから身を乗り出すようにして見た。…ラチェットがいない。


「オプティマス!ラチェットはっ!?」


しかし、なまえの叫ぶようなその声に返事は返ってこない。代わりに、困惑したような視線が返ってきたのを見て、嫌な予感がした。


「オプティマス…!」


ラフやボケやビーが驚いているが、そんなことが気にならないほどに焦っているのだろう。焦燥感いっぱいの顔をするなまえに、オプティマスは手を差し出した。
ためらうことなくそこに乗ったなまえに告げられたのは、ラチェットがどこかに行ってしまったというものだった。なまえが驚いてオプティマスの指を握りしめると同時に、帰って来るや否やすぐさまトランスフォームしてモニターで何かを捜していたアーシーが声をあげた。


「ラチェットの居場所が探れない」
「スーパーエネルゴンが生命反応を変質させたのか」
「とにかく捜し続けてくれ。…ラチェットはメガトロンに挑むつもりだ」


聞こえたその言葉になまえの体が強張った。





「オプティマス!ラチェットが見つかった」


オプティマスの指にすがりついてじっと黙っていたなまえが、顔を上げた。モニターを見つめた後、オプティマスを見上げる。オプティマスがゆっくり頷いた。


「なまえ、大丈夫だ。ラチェットは私が必ず連れて帰る」
「…うん」
「バンブルビー、留守を頼んだ」


そっと下ろされると、ラフがぎゅっと手を握ってくれた。
グランドブリッジを通って出ていくみんなを見送る。少しの間、黙ってラフの手を握っていたなまえだったが、徐に手を離した。


「なまえ、」
「…大丈夫。ごめんねラフ、心配掛けちゃって。ビーも」
「b―…」
「ここで立っててもしょうがないものね。とりあえず、念のためリペアの準備をしていよう」


いつもの笑顔でそう言ったなまえ。空元気なのは、ラフもビーもわかっている。それでも、なまえが笑ってそう言うなら。三人で準備をして待つ。
なまえにとっては永遠とも思える時間が過ぎた。


「バンブルビー、ゲートを開けてくれ」


聞こえた通信に、ビーがグランドブリッジを作動させる。

帰ってきたラチェットは意識がなかった。腹部にはヒビとへこみ。
それを見たなまえは一度ふらりとよろけたが、すぐに持ち直してオプティマスに声をかけた。


「オプティマス、リペアの準備はしてるよ」
「ありがとう。アーシー手伝ってくれ」


すぐさま、怪我のある脇腹にチューブが繋がれた。なまえは邪魔にならないように、手すりを握りしめて見守る。

暫くして、ラチェットの閉じていた瞼が上がった。起き上がろうとするラチェットを押さえて、優しく声をかけるオプティマス。
それを見て、なまえはほっと息をついた。もう、大丈夫だ。





「それにラチェット。なまえが随分心配していた」


ふいにオプティマスが言ったその名にラチェットが固まった。
どことなく罰の悪そうなラチェットにオプティマスは不思議そうに小首をかしげると、一番心配をしていたであろうなまえに、振り向きながら声をかけた。


「なまえおいで…ど、どうした!」


柄にもなく焦った声を出したオプティマスに、その場にいた全員が振り向く。するとそこには、声を上げずにぼろぼろと涙をこぼすなまえがいた。


『えっ!』


おろおろしながらオプティマスが手を差し伸べると、いやいやと言うようになまえが首を横に振る。埒が明かないので一言断りを入れて持ちあげると、なまえは顔を覆って嗚咽を上げながら本格的に泣きだした。


「うっ、ひくっ…うううう〜…」
「な、泣くななまえ。ラチェットは無事だ」


ほら、と言って指し示したラチェットはというと、初めて見るなまえの泣き顔に動揺して口をぱくぱく開け閉めしている。とりあえず、そっと手を開けて、慌てるラチェットの掌の中に入れた。


「なまえ、その、」
「〜っ、か、」
『?』
「っラチェットなんか、ラチェットなんか…ラチェットの、ばかー!!!!」
『!?』


名前を呼んで、何かを言おうとしたラチェットだったが、なまえのその叫びに大いにショックを受けて再び固まった。


「うっ、ひっく…だからだい、大丈夫なのってき、聞いたのに…っ」
「す、すま…」
「謝ってすむなら警察いらないっ」
「うぐっ」
「うっうっ…それ、それに、パートナーいらないならもっと早く言ってっ」


そうしたら私も変に期待せずに済んだのに…。
嗚咽で途切れながら言われたその言葉に全員瞠目する。そして集まるじっとりした視線。勿論、ラチェット以外の者からラチェットに向けてのものだ。身に覚えがあり過ぎるなまえのその言葉と周りからの視線。これにはラチェットもさらに焦った。


「ち、違うあれは…」
「ちょっとラチェット。あなたなまえに何言ったのよ」
「まさか、パートナーなんかいらないとか言ったんじゃないだろうな…あのきっつーい感じで」
「bー…」
「…ラチェット」
「…あっ、もしかしてそれでなまえの目が赤かったんじゃ…」


続いたラフの発言に、集まる視線がさらに険しくなる。
早く謝れ。込められた思いは言われなくともよくわかった。


「違うんだなまえ、その、あの時の私は少し調子に乗っていたというか…その、」
「…っ、う、」
「…〜っ!し、し、嫉妬していたんだオプティマスにっ」
「…ぐすっ…しっと……?」
「……」


思いもよらなかった言葉に伏せていた顔を上げるなまえ。
ラチェットは暫く恥ずかしそうに黙っていたが、やがてゆっくり口を開けた。


「確かに私はお前のパートナーだが、私のこの性格もあって最初のころから私よりもオプティマスと仲が良かっただろう。…最初は、別に気にしていなかった。パートナーなんぞいらんと思っていたからな。その…だが…」
「…ぐすっ……?…」


ラチェットはそこで一度口を閉じると、ごくりと唾を飲み込むようなしぐさをして、掌に込める力をさっきよりもほんの少し強めた。


「なまえや他の子供たちと接しているうちに、最近は、パートナーもいいものだと、そう思い始めていた…」


そこまで言うと、ラチェットは一気に苦しげな顔になる。


「だが、いつまでたっても関係を変えられない上に、オプティマスとなまえは相変わらずそっちが本当のパートナーなのではないかというくらいの仲で……。…すまない、完全に私の八つ当たりだ…」


言い切ってぐったりと項垂れるラチェットを見て、なまえはじっと黙っている。
ようやく素直になったラチェットに周りは呆れ半分安堵半分だが、なまえの返事の行方だけはまだわからないままだ。一体なまえはどう返事をするのか。
今まであんなにそっけない態度を取られ、そして今はこんな状態だ。

もしや、もう愛想を尽かしたのでは…各々がそんな考えにとらわれ始めた矢先だった。



「…じゃあ、私まだラチェットのパートナーでも、いいの?」



そっと呟かれた言葉に、ラチェットが一瞬止まる。しかしすぐに、ラチェットはその掌を目線まで待ちあげた。


「私は…こんな私でも、君が許してくれるのなら…パートナーでいさせてくれ」


なまえはその言葉にぽろりと涙を零すと、そっと手を伸ばしてラチェットの頬に手を当てた。



「…私のパートナーはずっとラチェットだけよ」




柔らかく微笑んだなまえのその顔を、ラチェットはおそらく一生忘れない。

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