ゆるやかに、かつ大胆に
(…ボイン、かあ)
西安京。貴族街へと続く屋敷の庭の片隅。そこに一人の少女が物憂げに佇んでいた。
あの重苦しい霧がすっかり消えて、西安京も賑わいを取り戻して来ているというのにそれとは正反対の状態だ。
屋敷を出たなまえは、思わず自分の胸に手を当てていた。思い浮かぶのは彼女の豊かな胸。
…比べるまでもない、のに。
世に言う貧乳。まな板。貧乳。その胸のあまりの対比に、同じ言葉を二度繰り返したのにも、悲しすぎて彼女は気付いていない。同性の自分でも思わず凝視してしまう。
一体、何をしたらあんな巨乳になれるんだろ。いいな…。
はあ、とため息を吐いた刹那、がばっと背後から誰かに抱きしめられた。
「!!?」
「やあなまえ!ユーに会いに来た…って、随分元気がないみたいだけど」
異国語混じりのその喋り方に、見知らぬ者かと跳ねた心臓が再び正常になりだした。本当に、この人は神出鬼没すぎる。
「う、ウシワカさん…!びっくりするじゃないですか…!なんで後ろから」
「驚かせないと意味ないじゃないか」
だってユーが驚いた顔ってキュートだからね。
とんだ嗜虐趣味だ。だけど、後ろから抱き着いたら意味がないのではないか、とかそんなことを考える余裕はなまえに無かった。ウシワカが耳元で喋り出したからだ。
「それで、元気がない理由はなんだい?」
「いや…あの…別に」
「そんなことないだろう。ずっとため息ついてたじゃないか」
「見てたんですか!?」
見てたさ。クスクス笑いながらそう言われて、頭はぐちゃぐちゃだ。見てたの?…待って、じゃああの―
「ボイン、かあ―」
「ひっ!」
フッと吐息が耳にかかり、聞き覚えのある言葉が聞こえた。
「や、やっぱり聞いて…!!」
焦っておたおたするも、ウシワカは離してくれない。彼は追い討ちのようにくすくす笑って更に言葉を重ねようとした―時だった。
「心配しなくても…ミーが大きくしてあげるぐふっっ!」
(るぐふ…?)
突如、謎の声を上げてウシワカが宙を舞った。消えた圧迫感に安堵しながら、事態についていけなくて半ば呆然とする。何が起きたのか。その時、聞き慣れた声が聞こえた。
「ったく。ちょっと目を離したすきにこれかよォ」
「ワン!!」
「い、イッスンとアマテラス…?」
「ぽやぽやしてんなよなァ。お前といいアマ公といい」
そこには、西安京探索に出ていたはずの彼らが居た。そして尻尾を振るアマテラスの下にはウシワカの姿。触れるべきか触れないべきか。迷っているうちに目の前にはイッスンの姿があり、意識はそちらに持っていかれた。
「色々探索するって言ってたのに早かったんだね」
「実はまだ途中だったんだけどよォ、アマ公が急に走り出して…」
「ワンッ!」
「まあ、結果よけりゃあ全て良しか」
「え?」
呟くイッスンに聞き返せば、何でもないと返された。
「そういやァ、旨そうな団子屋があったから食いに行こうぜィ!」
「え、ほんと?じゃあ食べにいこっか。えっと…ウシワ」
「あのやろうはアマ公と話があるから後で来るってよ!」
「ワンワン!」
振り返れば、より一層尻尾を振るアマテラス。久しぶりに会えたから嬉しいのかな。それなら、邪魔するべきではないだろう。
「じゃあ、先に行って待ってるね」
「ワン!」
ゆるやかに、大胆に
結局、ウシワカさんは急用が出来たとかでお団子屋には来なかった。