来訪を待つ

不思議の国の片隅で、なまえとチェシャ猫は向かい合って会話していた。
片や物憂げな顔の少女、片やにやにやとした笑みを浮かべた顔の猫が相対している様子はどうにも異様な感じだが、この国ではこんな光景まだまだ序の口だ。


「ねえ、チェシャ。アリスはまだ来ないのかしら」
「さあね。来るときに来るさ」
「…難しいこと言わないで」


そのにやにや笑いが憎たらしいわ。
言いながら、なまえは頬杖をついた。


「俺に聞く君が悪い」
「意地悪」


なまえが睨むと、チェシャ猫は宥めるようにぺたぺたと尾で頬を叩いた。
鬱陶しそうに、なまえがその尾をゆるく掴む。
そんな彼女の一連の動きに、チェシャ猫は目を細めてすり寄った。


「人の尾を握るのは止めてくれないか。そこは敏感なんだ。おっと、俺は猫だったな」
「意地悪する仕返しよ。それに、嫌なわりには喉が鳴ってるわ」
「愛しい君に触れてもらえて嬉しいのさ」
「何それ矛盾してる。もう…」


ため息をつくと、空を見上げた。今は青々とした綺麗な空。
このまま綺麗なワンダーランドであればいいのだけれど、そうもいかないのだろう。最近は、どうも不穏な空気が漂っている。


「まあお嬢さん、先のことを心配したって何も始まらない。それよりもまずは、今日俺と一緒に夜露をしのぐ場所について心配する方がいいんじゃないか?」
「前の場所じゃダメなの?」
「もっと静かな場所を俺は所望するよ」
「…あなたがそう言うのなら」


肩に乗ってきたチェシャ猫をそのままになまえは立ち上がると、憂う表情とは裏腹に軽やかな足取りで歩き出した。


「まあ、アリスが来るまでは、俺と君二人で仲良くこの世界を堪能していようじゃないか。そうすれば詰らなくないだろう?」
「つまらなくは無いけど、アリスとも一緒に堪能したいの」
「あの子も堪能できるさ。ただし、もっとスリリングにだが」


途端、残念そうな声がなまえの口から上がる。


「それじゃあ私は無理じゃない。ふわふわ跳ぶのは得意だけど、きりきり動くのは得意じゃ無いもの」
「そういうこと。だから大人しく俺で我慢することだな」
「…妬いてるの?」
「焼くのは家だけで十分。だが、それにも一理ある」


「俺じゃ嫌かな」と頬を舐められて、なまえは微笑んだ。


「…じゃあ、大人しくあなたで我慢してあげる」
「物わかりのいい子で助かるよ」



ふわり、ふわりとキノコを跳び移って消えたなまえとチェシャ猫の後には、静かな野原が広がるばかり。
アリスが来るのがいつになるのか。それは誰にもわからない。ただし、アリスが来るまで、一人と一匹がこの退屈で可笑しな世界を大いに満喫しながら放浪することは、まず間違いないだろう。





ーーー
マッドネスの少し前の話。

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