月の光に飲まれて





「先生」


なまえが小さく声を出した。今にも眠りそうな癖に、必死に瞬きをして起きようとしている。仕草はおもいっきり子供っぽい事にこの女性は気付いているのだろうか。

「どうした?」

髪を梳くようにして頭を撫でると、さらに彼女の瞼は落ちていく。

「私、まだ寝たくありません」

体が傾いて、彼女は俺の肩に頭を預けた。吐く呼吸がだんだん深いものになっている。


「なまえ、言ってることと仕草が一致しないんだがな」


そう言って喉の奥で笑うと、彼女は少し拗ねたように身じろぎをした。

秋の風が、虫の声を運んでくる。確かこの声は求愛のためのものだと聞いたことがある。雄は自らの子孫を遺すために必死に叫ぶ。そして雌に選ばれなかった雄は、生を残すことなく死に絶えるのだ。それは、美しさや情緒だけでなく、動物の持つ本能における執着心や浅ましさも感じさせる。


−しかしそれは自分にも当て嵌まるのだ


彼は深く嘆息した。


「…せんせ、」
「ん、何でもない」
「…そう」





「先生、月が大きいね」
「まあ、満月だからな」

そう返すと、なまえは
「違うの」
と呟いた。

「違う?何がだ」
「月が落ちてくるみたいに迫ってきてる」

「ほら見て」と促すなまえは、どこか浮世離れした表情でじっと月を見つめていた。その瞳に黄色い満月が映る。


「飲まれて消えるのかな」
「、」
「それともあの光に溶けて、かな」


月に向かって伸ばされたその指をただじっと見る。彼女の細くて白い指が、黄色い光でぼんやり照らされて、まるで光に侵食されているようだった。ちらりと彼女が横目で自分を見た。ほんのり朱い目元と黒い瞳が目に映る。


「先生も、溶けてるよ」
「…まだ、溶けられんな」
「どうして?」


心底不思議そうに首を傾げる彼女にはきっとわからない。彼女は、わかってはいけない。


「俺はまだ、溶ける前に鳴かなきゃならんからな」



羽を震わせて月に鳴く

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