海藤くんは制服姿のまま立っていた。
俺は突然の海藤くんの登場にとても驚いた。
包丁を握っていた手が震えていた。
「お疲れ様です、小川さん。」
低いトーンで囁かれるような声にゾクゾクとした。
そんな動揺を隠そうと、「…お疲れ様、海藤くん。」とワンテンポ遅れて答えてしまう。
「海藤くんこそ、今まで何してたの?もうみんな帰ったんじゃない?」
「僕は、今日の反省とお復習(さらい)をしていました。」
「お復習?」と聞くと、海藤くんは毎回バイトが終わると、その日の反省と、その日に学んだことを実践しながら復習しているそうだ。
今日は、お客様への対応と皿の置き方の復習をしていたそうだ。
「そうなんだ、海藤くんは真面目だね。」
誉め言葉のつもりで言ったのだが、海藤くんは少し眉を潜めて怪訝な表情を浮かべた。
俺は何でだろうと首を傾げてみせた。
「…あなたは逆にマイペースなんですね。」
「そうかな?俺自身はそう思ったことないんだけど…」
「マイペースですよ、今何時か知ってますか?」
言われて時計を見ると、針は夜の12時を誘うとしていた。
「そういう海藤くんこそ、遅くまで…」
「僕のことはいいんです。僕は若いですし。」
最後の一言は、遠回しに俺が老いていると言っているのだろうか…。
「まったく……ほんと、自己管理の出来なさそうな人だ…」
「ん?今何か言った?」
「いいえ。」
海藤くんに何か言われた気がするが、まあ気にしないでおく。
それより、目の前の彼にドキドキすることの方が大きい。
それにしても、今の海藤くんのいつもの雰囲気とは少し違うようだった。
なんか、クールというか冷たい雰囲気が。
「…小川さん、仕事はまだですか?」
「いや、もう終わりかな…」
「じゃあ、一杯付き合って貰えませんか?体力は大丈夫ですよね。」
「え、あ、うん…」
……彼は、今なんと言った?
俺は目を点にさせて海藤くんを見つめていた。
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