(!)シリアス。
三橋が事故にあう→体が不自由になる。
▲ネタバレ有り
雪が降った。
昨日、天気予報では雪はまだだとか言っていたのに、これだ。
家の屋根も、真っ赤なポストも、近所のファミレスの看板も、見渡すばかりの白、白、白。
息を吐けば、その息でさえも真っ白で、空中で静かに消えていった。
「三橋、寒くないか。」
阿部君は、俺の肩を優しく撫でながら聞いてきた。
下から見上げると黒いマフラーに包まれた阿部君は、いつもながらかっこよくて、寒さも吹き飛ぶ気がするほどに体が熱くなった。
阿部君こそ寒そうだ、と言い返したい気持ちはあるんだけど、そうはいかなかった。
「病院についたら、まずは温かいものでも飲むか?こんな天気の中じゃ、体はもう冷えてるだろうからな。寒かったら、指を動かしてみろ。」
指は動かない。寒くない証拠だ。俺は、体が動かない。
あれはね、阿部君、君のせいじゃない、よ?
『あ、阿部君!明日の試合、がっ、がんばろうねっ!!』
夏のとても熱い日だった。
明日は県大会。二年生になった俺たちは、去年よりも強い気持ちでいた。
三橋も俺も、バッテリーを組んで二年目を超えており、最初の時と比べたら絆はとても強くなった気がしていた。
『お前、今日一日、寝るまで絶対に気を許すなよ。』
俺は三橋の手、ピッチャーの手を見つめながら言う。
二年生になっても三橋は最高のエースだった。
どんなに中学で凄いといわれていた一年生が入ってきても、俺はやっぱり三橋の球が一番だと思っていた。
じっとりとした汗が頬を伝う。
目の前の信号は青色。
『三橋、青だ。走るぞ。』
急いだ足は、後ろにいる三橋の存在を踏み潰そうとしていたのではないか、と今思い返す。
ッーーーーーーーー!!!!!!
渡り終わった後の横断歩道には、人だかりが出来ていた。
嫌な蜃気楼が俺の脳内を犯していく。
『み…三、橋……。』
紛れもない、横断歩道の真ん中、人だかりの中で眠っているのは―――――三橋。
事故だった。俺は青の信号が点滅していることに気が付かないで、そのまま渡った時にはもうすでに赤色だったのだ。
車は思いっきりブレーキをかけた様子で、外傷はそんなになかった。だが、当たった後の、頭の打ち所が悪かった。
その後、入院の中で見つかった脳の出血。
そこから、後遺症で右半身の麻痺。重症だった。そのせいで、言葉は上手く話せないし、右半身だけだからといって体はそんなに動かすことは出来ない。
試合には出られずに、控えの一年生が球を投げることになった。
しかし、県大会は三回戦で敗北。
その間、俺は罪悪感で頭はいっぱい。他の奴らには「お前のせいじゃない。」と声をかけてくれたが、そんなのは唯の気休めでしかなかったのだ。
俺は週に一度、病院へ付き添う。
これは唯の罪悪感からの罪滅ぼしみたいなのかもしれない。
「(寒い…。)」
いつ動いて、回復するかわからない三橋の体。
マッサージしても、何をしても、回復する見込みはない。
「(そういえば、明日は練習試合だよなぁ…。)」
車椅子を押す手は、手袋をしても寒くて、痛い。
でも、三橋の体を思えば、こんな痛みなんてことはない。
病院までの道は真っ白に凍って、車椅子を押しにくい。
俺はこの病院までの道に、三橋の名前を呟くんだ。
「………三橋、」
微かに反応する三橋の親指。
「…ごめんな……」
手袋に粉雪が落ちる。
たった一言に、濃い白い息が空に消えた。
『いいんだよ、阿部君。』
そう、聞こえた。気がした。
三橋は首を錆びた螺子を回すように振り向いた。そして、笑っていた。
右頬は下を向いたままだけど、左頬は上を向いて、目は弧を描いていた。
その時に思い出した。
俺が足を怪我して、お見舞いに家に来たときの帰りの、あの笑顔。
「み、みは…し…」
気がついたら、涙が止まらなかった。
雪の上に落ちた涙は、雪とともに溶けて消えた。
「ぃ、ぃい…ん、ぁ…うぁ、うう…」
『いいんだ、阿部君…』
また同じ言葉を繰り返した。
俺は恥ずかしい気持ちになった。
俺は罪悪感に飲まれて、三橋のことを純粋に思う気持ちを吐き捨てていた。
にこ、と笑う三橋は昔のままの純粋。
「ありが、とう…三橋…」
そしてまた、車椅子を押す。
いつ、この罪悪感が全て消え去るかは、わからない。もしかすると、死ぬまで消えないと思う。
でも、俺は、ずっと俺の体が三橋のように動かなくなるまで、ずっとこの車椅子を押して、この道を歩こうと思う。
end
――――キリトリ――――
長いことのスランプの
中で出来た作品。
まあ、うん...←
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