Ofuri long novels | ナノ
35
三橋は冷静に思った。
これが『恐怖』なんだと。
恐怖と阿部は紙一重だった。
目の前の阿部は冷たく三橋を見つめながら、手から血を流したままでいた。
その阿部の目には無から怒りが浮かんでいた。そんな阿部自身から感じる色んな感情や雰囲気。そして、まだ三橋は阿部の心の奥底を知らなかった。
阿部くんはただピリピリとした恐怖を俺に与えてくる。
そんな恐怖を圧し殺して、阿部くんの手を見た。「治療しなくちゃ…」そんなことを今の状況の中で考える自分に驚いた。
そして、阿部くんの手を掴もうと手を伸ばしたら、阿部くんが俺の手を掴んできた。
「三橋…止めないで、くれよ…」
小刻みに震える阿部くんの今の姿からさっきの恐怖を感じなかった。寧ろ、怯えて、目からは涙が落ちた。
「やめる、なんて…言わないでくれよ……」
「阿部、く……」
「お前しか、いないんだよ…お前だけしか、いないんだ……俺が、心を許せるのは…離れないで、俺から…ずっと、いてくれ…三橋…くっ……」
阿部くんは半狂乱に俺に掴みかかった。そして、そのまま俺は押し倒された。
上に乗ったままの阿部くん。胸部分の服は、阿部くんの涙でぐしゃぐしゃ。
俺はどうしたらいいのかわからないまま、両手は宙で何かを掴むように手は舞っていた。
「ぁ…あ、阿部くん……」
「三橋…俺を捨て、ないで……」
「捨、てない、よ…」
「本当、か…?」
「う…ん……」
涙と鼻水で汚れた阿部くんの顔は、いつものかっこいい阿部くんとは全くの別人で、とても怖かった。
そこにいたのは、汚れた男。
うん、と呟いたあとに見せた嬉しそうな阿部くんの顔はどこか気持ち悪いものだった。
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