02.序章:従兄弟とストーカー



朝の準備ほど大変なものはない。

パティシエという職業を憧れる人は多いけど、みんなこの仕事の大変さを理解できていないんだと思う。技術は勿論のこと、自分がどんなお菓子を作りたいか、そしてそのお菓子をどうお客様に喜んで貰えるかの試行錯誤、そのお菓子にどの材料を使うか、どれだけの費用がかかり、いくらで売ろう、どうディスプレイに何個並べようか、なんてなんて考えただけできりがない。朝から夜まで、一日中こんなことを考えている。

高校時代は、毎日をぼーと過ごしていた俺も、社会に出ればこういうことも考えるように成長?した。
俺が店を出すと鈴木や佐藤に言ったら、彼らは凄い顔で驚いていたな。

「ふぅ…」

下準備を終えて、店のシャッターを上げて開店。

「平介。」

呼ばれて振り返ると、爽やかに微笑んだ愛しい彼。

「ああ、あっくん。おはよう。」

「おはよう、平介。」

「今から学校?」

「うん、部活。」

「そっか、がんばってね。」

「ありがとう、また夕方に寄るから。」

「待ってる。」

あっくんは小さく手を振って学校のほうへ歩いていった。

あっくんとは従兄弟同士、男同士という厚い壁を無視した関係、恋人同士だ。
初めて会ったのはあっくんが赤ちゃんの頃で、数年経ってあっくんが幼児、俺が高校生の時に再開した。最初は少し距離感のある兄弟のようだったが、あっくんが中学生になった頃に告白された。

『へーすけが…好き。』

当時俺は二十代後半。
その告白を聞いたとき、何かの間違えかと思ったが、あっくんは本気だった。
なんと言っても、従兄弟同士で男同士、それに加えて十歳以上の年の差。何個の犯罪を犯すのだろうという勢いだった。

『俺、本気なんだっ…わかってる、平介困ってるの…でも、』

あっくんは泣きながら俺の胸元を掴んだ。

『好き、なんだ…』

そんな必死の告白に心を奪われた俺は、気が付いたら付き合って数年が経っていた。
別に体の関係とかそんなねっとりと甘ったるいものではなく、昔とそんなに変わらず互いを詮索せず、甘酸っぱい?といった感じかな。俺はそんな関係で満足している。あっくんもそのようだ。でも、好きな気持ちには変わりない。

「…先輩、おはようございます。」

はっとして、振り向くとそこには癖の強い髪が見えた。

「あ、一年生くん。」

「相変わらずですね、その呼び方。」

彼は海藤くん。俺の高校からの後輩で、今では俺の店の常連さん。
高校時代ではよく海藤くんに絡まれたりしていたが、海藤くんも年を重ねれば落ち着いてきて、今では普通に会話が出来る。

「秋くん、元気ですか?」

「うん、元気だよ。」

「そうですか、あ、コーヒー飲んでいってもいいですか?」

「いいよ、少し時間かかるけど大丈夫?」

「はい、今日は昼からなので。」

海藤くんは店の近くの大学の院生だ。理系で、とても優秀らしい。

「そっか、じゃあどうぞ。」

「ありがとうございます。」


(…今日も、かわいいな…先輩。)


「ん?何か言った?」

「いいえっ、何も言ってませんよ!」

そんな俺とあっくんと海藤くんの関係が壊れていくだなんて、この時は全く予測できなかった。




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